第一話 尾行

 十年後


 私はハルに会うために、郷まで下りて来た。名前がハルと言うこと以外はわからなかった。だが、山のオコジョが彼のいた場所を知っていると言うのでやって来た。


 しかしハルはここには居ないのだと言う。


 その家の住人にハルの居場所を尋ねたが、個人情報だとか言って教えてくれなかった。仕方がないので、直接彼の霊を覗いた。ハルの居場所はおおよそわかったが、実に遠い。

 歩いて行くには現実的ではないので、この冬の風に乗ることにした。


 びゅう、と北風に乗れば私の居た山はとても小さかった。同時に世界の広さを初めて知った。ハルはこの広い世界の、遠い空の下に居る。


 もっと早く彼に会うつもりだった。私は昨日のことのように彼のことを覚えているが、彼は私のことなんて忘れてしまったかも知れない。そう思うと、何とも居た堪れない気分だ。


「ハル……私のこと覚えてるかな? あの時の私、印象悪かったよなあ……ふにゅん」


 あの時は私も若かったのだ。きっと彼も解ってくれるだろう。少し脅したけど本気じゃないわけだし、最後には笑っていたから大丈夫だよね?


 冬の空は乾燥していてバチバチと静電気が走る。雲の中を抜けるだけで体が帯電してしまうほどだ。私が通った後には雷雲が伸びている。その雷雲の下は稲光がピカピカ光って綺麗だ。




 私はハルが居ると思われる街までやって来た。


 ハルに会える。


 その期待だけで私は浮足立っていた。しかし私は、ハルの家の前まで行くと臆してしまった。彼の家を訪れる理由が無いからだ。

 何か会う理由を作らなければならない。が、何も思い浮かばなかった。仕方なく私は諦めて彼の家に背を向けた、その時。


 ガチャ。


 彼の家のドアが開いた。


 私は逃げた。怖かった。怖くて逃げた。何が怖かったのかはわからないが、とにかく怖かったのだ。


 少し離れたところで角を曲がったフリをして、隠れた。彼の家の方を見ると、家の中から女性が現れた。年の頃は私と同じくらいだろうか。何故か胸の奥がチクリとした。それだけならまだ良かった。

 彼女に続いて男性が現れた。


「ハル!?」


 思わず声に出してしまったが、遠いのであちらには聴こえないだろう。とは言え見つかるわけにもいかず、私はしっかりと身を隠した。

 私は胸が高鳴るのと同時に、心はザラリとした気持ち悪さを覚えた。


 あの女は誰? 誰なのあの女? 誰!? 誰よ!?


 しかし、じっと見ているが、特に何か話している様子はない。女がハルを見送ってハル自身はどこかへ出かけるようだ。


 何故か胸の奥からふつふつと湧き上がる殺意のようなものを感じる。この気持ちはなんだろう?


 私はハルの後をつけた。大きな鞄を肩にかけ足早にどこかへ向かうハル。私は半ば小走りにならないと追いつけないほどにハルは長身になっている。しかし小走りになると明らかに後をつけているのがバレてしまいそうで怖い。しかし見失うわけにもいかない。


 ハルはようやくバス停で止まった。私は何食わぬ顔でバス停に伸びる列へと並ぶ。よく解らない緊張感で心臓がドキドキとうるさい。本当に静かにして欲しい。


 バスはなかなかの込み具合でハルまで距離がある。見失わないように、見つからないように、細心の注意を払いハルを見ていた。


 子供の頃と全然違う。あのあどけなかった顔立ちはなくなり喉仏も出て、身長がある分凛とした感じをうける。か……かっこいい。


 あるバス停で彼が降りたので、私もそれにならって降りた。


 バス停の前には大学のキャンパスが広がっていて、多くの学生たちが降りたので、私はそれらに紛れて彼の後を追った。


 芸術大学?


 キャンパスは広、くいったいどこを歩いているのかわからなくなるくらいだ。


 ハルはここでいったい何をするのだろう? 教室に入って行くハルを遠目に見ていた私は、教室の入口からちらりと中の様子を覗いて見た。


 ……ここは何?


 見ると裸の女性を囲んで彼女の絵を描いている。なんてふしだらな? そしてハルが真剣な目で見てる……うう。なんだかイライラする。ハルにそんな女の裸なんて見て欲しくない。私の心がそう言っている。ん、頭もそう言ってる。あの女、ころ──。


「ねえキミ」


 迂闊だった。今めちゃくちゃ忙しいのに、いったい何だと言うのか。


「はい?」

「キミ、ここの学生?」

「いっ……」


 どうしよう……。嘘をついてもバレそうだし。


「いえ、今日は見学です」

「そう。なら中で見ていったらどう?」

「いえ、もう行くところなので、失礼……」

「そう。残念だね……キミのように美しい人にはなかなか出会えないんだ」


 美しい? この私が? そ、そうなのかな?


「良ければだけど、キミを描かせてはもらえないだろうか?」

「描く?」

「あ、モデル料ならちゃんと払うから、タダでとは言わないよ」

「私、あの女みたいに脱ぐのはイヤだわ?」

「あはは。あれはプロのヌードモデルだよ。キミのヌードも魅力的だけど、普通にモデルになって欲しいだけさ」

「……どっちにしても興味はないわ?」

「そう……残念だよ。でも惜しいな。そうだ、僕の連絡先教えておくから、気が変わったら連絡してよ」

「……」


 男は私にメモ用紙を渡すと立ち去って行った。


 私、美しいの?













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