第2話
「別に夢叶えんでも、今のままで十分自信持ってええと思うけど……」
私が聞く耳を持たないので、茜は独り言のようにぼそりと呟くと、視線を川へと移した。
ぼんやりと眺めながら表情を一変して、茜らしくない心細そうな声を出す。
「あのさ、今週の金曜日、塾の後また泊りに行ってもいい? お母さん、今週の金曜も夜勤じゃって」
そう言ってから何か思い出したように、
「あ、ごめん。土曜日の朝って、老人ホームでボランティアじゃったっけ? じゃったら無理か」
と、付け加えた。
「ううん、今週の土曜日はないよ。じゃけん、大丈夫」
微笑むと、茜はほっとしたような顔をしてから、また茜らしい明るい声を出した。
「さゆりは偉いよねー。ボランティアとかして」
「ぜんぜん偉くないよ。ただ好きでしようるだけじゃし……。おばあちゃんとかおじいちゃんの喜んでくれる顔見るのが好きなだけ。でも、普通皆そうじゃない?」
「いや、そうじゃない」
「え? うそー」
「嘘じゃないって。老人の世話が好きで、困っとる人を放っておけんで。そんな高校生って珍しいと思うけど? でも、じゃけん、さゆりのことが好きなんじゃけど」
笑みを大きくしながら続ける。
「そんなに優しいんじゃけん男子にもモテそうなのに、なかなか告白してこんよね、うちらの学校の男子。なんなん、アイツら」
一人で勝手に怒っている茜が可愛くて、優しさがうれしくて、微笑んだ。
「おじいさんにはモテるけどね、私」
「そりゃそうじゃろ」
二人で笑いながら自販で買ってきたジュースとウーロン茶を出して飲んだ。
「じゃぁ、明日ほんまに泊まっていい?」
茜が顔色を伺うように言う。シングルマザーの茜の母親は仕事を二つ掛け持ちしていて、夜勤の時はだいたいうちに泊まっている。だからいつものことなのに、未だに申し訳なさそうにする茜を見ているといたたまれなくなった。元気づけたくて、声のトーンを上げて言った。
「うん、もちろん。録画してあるビデオ一緒に観よ!」
「うん。じゃ、ロンバケ観たい!」
「いやだ。ビバヒル」
「ええぇー、またぁ?」
口では嫌そうだけれど、目は嬉しそうに笑っていた。
キムタクが好きな茜はこの間始まったばかりの月9のドラマにハマっている。
私はというと、海外ドラマが好きで、特に今はアメリカの高校生の日常が描かれているビバリーヒルズ高校白書にハマっていた。
「いいじゃん、ビバヒルで。英語の勉強にもなるし」
「テレビ観とる時くらい、勉強のこと考えとうないわ。なんでさゆりはそんなにビバヒルが好きなん?」
「え? だって、面白いじゃん。可愛くてカッコイイ人らが、あんな素敵な街で高校生活しようるの見るの」
真顔で言うと、茜は思い出したように、
「そうじゃった。さゆりは都会に出て、キャリアウーマンになりたいんじゃったもんね。しかもバイリンガルの」
笑顔でそう言う茜をしっかり見つめて、頷いた。
「うん」
「さゆりじゃったら大丈夫! 英語の成績ハンパないし、第一志望の東京の大学も絶対入れるよ!」
そうだ。来年の今頃は東京の大学に通っていて、茜は広島の短大に行っているはず。茜と離れることを思うと寂しかったが、まだ後一年ある、と奮い立たす。
そして、その向こうは夢への道。
――夢。
絶対に叶えたい。
この街を出て都会に行って、夢に描く自分になれたらきっと自信がつくはず。
そうなれば、きっと人から愛される自分になれる。
目の前でさざ波を繰り返す川面を見ながら、遠い将来に思いを馳せた。
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