第四章 ~『蹴られた趙炎』~
事件から数日が経過し、いつもの日常が戻ってきた。朝露に包まれる中庭では木々の葉が風に揺れ、時折、鳥の囀りや女官たちの談笑の声が聞こえてくる。
(
結局、事件はただのイタズラとして処理されたため、
もちろん公的な罰がなかっただけで、ペナルティが何もないわけではない。友人たちからの評価は悪化しただろうし、悪い噂は流れるだろう。
それもあってか
もう二度と
(
ここ数日、
いつものように墨の香りが出迎えてくれるが、
(もしかして病気でしょうか……)
心配になった
(
以前、教えてもらった記憶を頼りに部屋の前まで辿り着くと、
軋む音と共に扉が開かれ、
「
「長らく姿を現さないので、病気なのではと心配になりまして……」
「あなたは本当に優しいわね……廊下で話をするのも何だし、中に入りましょうか」
部屋は広く、天井近くに設置された採光用の窓から光が差し込んでいる。壁際には書棚や寝台が並び、中央には大きな机が置かれている。その上には開封済みの手紙が山のように積まれていた。
「もしかして、体調不良の原因はこの手紙ですか?」
「さすが、
「机の傍のゴミ箱に、怒りをぶつけたように丸めた手紙が捨てられていますから」
だからこそストレスの発生源は手紙であると、
「実はね、この手紙は故郷の村長から送られてきたの……後宮務めなら儲かっているだろうからと、給金をこちらにも渡せと要求してきたの……」
「……故郷の村は困窮しているのですか?」
「まさか。ここ数年は豊作続きだもの」
「ならどうして?」
「ようするに遊ぶ金が欲しいのよ。贅沢するにはお金がいくらあっても足りないもの」
「それは苦労しましたね……私にできることがあれば、いつでも頼ってくださいね」
「ありがとう。その優しさで救われるわ」
「明日からきちんと職場に行くわ」
「約束ですよ」
「ええ、約束よ」
それから二人は他愛のない会話を重ね、
画廊までの回廊は穏やかな空気が流れていた。
だが静けさを壊すように遠くから荒っぽい声が届く。
低く怒鳴るような声と、時折響いてくる笑い声を耳にして、
音の正体を確かめるために足を向けると、数人の宦官が集まり、倒れ込んでいる男性を蹴り上げている光景を目撃する。
(あれは、趙炎様っ)
地面に蹲る趙炎の服には泥がつき、髪も乱れている。周囲の宦官たちは嘲笑を浮かべながら彼を足蹴にしていた。
「待ちなさい!」
「弱い者虐めは止めなさい」
雪華が力強い言葉で忠告すると、宦官たちは嘲笑を深める。
「俺たちは無能に指導していただけだ」
「暴力を振るっていたではありませんか!」
「こいつが口で言っても聞かないからだ」
宦官たちのリーダーと思われる男が肩をすくめて、薄笑いを浮かべる。続くように別の宦官が口を開く。
「もしかして趙炎の恋人だったりしてな」
「まさか。ただの知り合いです」
「なら口出しするんじゃねぇよ」
「いえ、私は理不尽な行いが嫌いですから。これ以上続けるようなら、あなたたちの上司に報告させていただきますよ」
「生意気な女だな」
「よく言われます。ですが、生き方を変えるつもりはありません」
「……ならお前も指導してやる!」
宦官が怒りに任せて拳を振り上げる。だが仲間の宦官が慌てて口を開いた。
「ま、待て! こいつ画師の
それを聞いた宦官は雪華の名前を知っていたのか、バツが悪そうに拳を引っ込める。
「ふん、女に助けられたな」
それだけ言い残して、宦官たちは去っていく。その背中を見送ってから、
だが趙炎はそれを無視して、自力で立ち上がる。土を払いながら、険しい顔で
「俺を助けて、恩を売ったつもりか?」
「恩を仇で返す人にわざわざそんなことしません。不快だったから助けた。それ以上でも以下でもありません」
「うぐっ……」
趙炎は
「お、俺は出世のために耐えていただけで、いつでも奴らを倒せるんだ。だから俺は……クソッ!」
趙炎は拳を握りしめると、顔を隠すように壁に手をつく。その肩は小さく震え、涙が頬を伝っているのが見えた。
「どうして……こんなことに……」
低く漏れる声を聞いて、
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