第三章 ~『彫師と画師の対立』~
荷物が少ない分、片付けはすぐに終わる。少しの休息をとると、次は画房に向かうために静かに立ち上がった。
画師としての役目が始まることに胸の高鳴りを感じながら、
回廊を進み、長い廊下を幾つも越えた先に、画房の入り口が見えてきた。
「失礼します」
ゆっくり押し開け、画房に足を踏み入れる。精緻な木彫りの装飾が施された高い天井と柔らかな自然光に包まれた空間が出迎えてくれる。
壁には数々の水墨画が掛けられており、牡丹の華を繊細に描き出した花鳥画や女官たちの姿を写した肖像画など、どの絵にも気品が漂っていた。
(素敵な絵ですね)
「この絵に興味があるの?」
振り返ると、そこには自分と同じ年頃の小柄な女性が立っていた。丸みを帯びた輪郭に、艶やかな黒髪が肩にかかるように整えられている。
淡い紫の上着には銀糸で精緻な刺繍が施されており、その色合いが透明感のある白い肌を映えさせていた。
「あなたは?」
「同僚になる
その言葉に
「私たちは仲間であると同時にライバルでもあるわ。これからは切磋琢磨し合って、互いを高めていきましょう」
「ライバルなんてそんな……まだまだ私は未熟者ですから。勉強させてもらいます」
「謙遜しなくてもいいわ。画師として後宮に採用された時点で、凡夫でないことは保証されているもの」
「本当に私は……」
雪華は謙遜の言葉を重ねるが、それに対して、
「そうだわ、あなたの実力を見せてくれないかしら」
絵を描いて欲しいと望まれていると知り、
「その子鳥は?」
「私の家族のリア様です」
「ではリア様の絵を描かせていただきますね」
繊細な羽毛の質感、柔らかに見える翼の形、そして愛らしい瞳の輝きを一心に描き出していく。
筆が動くたびに、リアの姿が紙の上に浮かび上がっていく。微細な陰影が施され、軽やかな美しさと生命力が見事に表現されていた。
「これほどの才能とはね……
「ご覧になられたのですね」
「あれほどの傑作だもの。まさかあの絵を描いた天才画師とライバルになるとは思わなかったけどね」
「これから一緒に腕を磨いていきましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
「失礼するわね」
冷たい声と共に入室してきたのは、鋭い眼差しをした一人の女性だった。不敵な笑みを浮かべる表情には、傲慢さが垣間見えた。
体格は華奢だが、佇まいに威圧感がある。纏ったその暗い衣装は、冷徹な性格が映し出されているかのようだった。
「相変わらず辛気臭いところね」
「あなたは?」
「私は
「
「聞こえているわよ、
「ついでに地獄耳。だからいつも苦労させられているの」
「まぁいいわ。今日の用件は
「なら何しに来たのよ?」
「新人が配属されたと聞いたから、顔を見に来てやったのよ」
「やっぱり画師の新人なだけあって冴えないわね。改めて彫師の方が優れていると実感できたわ」
「随分な自信ですね」
「紙に描いた絵は脆いもの。でも彫刻は違うわ。石や木に刻まれたものは永遠に残る。皇族の偉大さを後世に伝えていくのに彫刻は最も適しているの!」
「さらに私たち彫師は、彫刻のような鑑賞品以外にも、食器を始めとした生活用品にも美を施してきたわ。絵しか描けない画師とは違う。私たちこそが本物の芸術家よ」
「確かに彫師の仕事は素晴らしいです。ただ絵にも価値はありますよ」
「彫刻に勝っている部分があるとでも?」
「絵は墨の濃淡で動きを表現しやすいですから。風が草木を揺らす瞬間や動物たちの動きをより細かく再現できるのは長所だと考えています」
「その長所は私を招いてくれた太妃の妲己様も理解されているはずです。でなければ、画師を採用するはずがありませんから」
「うぐっ……で、でも……」
「発言が誤っていたと認めて頂けますね?」
「わ、私はあなたを許さないから!」
吐き捨てるように叫ぶと、
「やり返してくれ、ありがとう。スカッとしたわ!」
「私も黙ってばかりはいられませんでしたから」
「あなたとなら上手くやっていけそうね」
「同感です」
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