後宮のエルフさん ~残念美人と女装侍女の事件簿~

九條葉月

第1話 出会い


 ――大華国の後宮には、数千年を生きる『耳長族』がいるという。


 初代皇帝が欧羅オウロから三顧の礼で招き入れたとも、大華国の建国される以前からこの地に住んでいたとも言い伝えられているが……当時を知る人間は全て死亡し、資料も散逸してしまったので真実は分からない。


 そんな『耳長族』の女性、サラは美しい女性であった。


 髪色は大華国では滅多に見ることのできない銀。穏やかな輝きを誇るその髪は結われることなく腰まで伸びている。


 肌の色は純白。泰山に積もる雪のように深く白い肌は、『後宮』という閉鎖空間において日に焼けることなくその白さを保っている。


 いいや、そもそも『耳長族』が日焼けをするかどうかも分からないのだが。


 国中から美人を集めた後宮内において、なおもその美貌は抜きん出ている。少し垂れ下がった目の色は、髪色よりもなお濃く輝く金。朱色の唇は白き肌の中にあって強烈な印象を残している。鼻の高さは大華国の人間とまるで違うが、人種を越えた美しさの中にあっては美点としかなっていない。


 そして。

 彼女最大の特徴は――横に長く延びた耳であろう。


 人間とは異なる。

 人間より美しく。

 何年も、何十年も、枯れることのない華の美しさを保っている。


 彼女の存在はもはや伝説であり、美と寵愛を競い合う後宮にあっても別格の存在となっていた。――触れるべからず。傷つけるべからず。ただ、ただ、遠くから眺めて愛でるべき。


 そんなサラは今日も自らに与えられた宮(自宅)の二階の窓から外を眺めていた。


 ――長く生きすぎたことを哀しんでいるのだ。

 ――恋仲にあったという初代皇帝を想っているのだ。

 ――いいや、今日も大華国の平和と安寧を祈ってくださっているに違いない。


 女官や宦官たちは今日もそんな噂をしていたが、実際はどうかというと――


「はぁ~、いい。やっぱりいいわねぇ。人間って可愛いわぁ」


 今にも溶けそうなだらしのない声を上げながら。耳長族――自称『エルフ』のサラはニマニマと頬を緩めていた。


 そう、遠くから見るとそれなりに真剣な顔をしているように見えるが、近くで見るとこのだらしない表情なのである。美人は得だ。


「昔は一瞬で老いて行くのが悲しくてしょうがなかったけど……違うわよね! 散りゆく華こそ美しいのよね! むしろこの一瞬を目に焼け付けなければ!」


 年を取ると独り言が多くなるのか。

 あるいは、ただの性格か。


 どちらにせよサラに憧れを抱いている人間にはとても見せられない姿であった。


「――おっと、そうだった。今朝荷物が届いたのよね」


 今思い出したように手を叩くサラだった。朝の荷物を昼過ぎに思い出す。これがエルフの時間感覚だろうか? ……ただ単に彼女がずぼらなだけかもしれない。


 ちなみに荷物を運んでくるのは(サラに失礼があってはいけないので)かなり高位の宦官であるが、サラを恐れ多く思っているので直接やり取りをすることはないし、『お目に掛かるのも恐れ多い』と御簾みすまで設置済み。なので実際の彼女がこんな残念さであるということも知らないはずだ。


「さ~って、今日のお荷物は――おっ、新しい本が入荷したのね!」


 中に入っていた書籍を取りだしたサラは喜びを示すかのように本を抱きながらクルリと一回転した。書いてある内容にかかわらず、新しい本が出版されたら送ってくれるようにと昔馴染みの書店に頼んであるのだ。


 紐で綴じて作った、いわゆる綴じ本。正直『前の文明』の記憶があるサラからすれば古くさいことこの上ないが、これはこれで味があるし、なにより竹簡より場所を取らず読みやすいので気に入っていた。


「いや~、いいわよね~。最近は平和で経済も発展してきたおかげか『大説』だけじゃなく『小説』も出版されるようになってきたし! やっぱり人類は創作活動をしてくれなきゃね!」


 大説。偉い人が国家や政治についての志を記したもの。

 それに対するものとして、とにかく『軽い』内容として発展してきた小説を、サラは特に気に入っていた。


 ひとしきりクルクルと回ったサラは改めてその小説の表紙を確認した。


「ほほぅ! これはもしや、巷で人気だという推理小説かしら!?」


 内容としては後宮で毒殺事件が起こり、女官の一人が解決に乗り出すというもの。こんな小説が出版できるのだから今の治世は中々に『緩い』のだが……サラはそんな政治の動きになど興味はない。


「ふふん、とうとう推理小説が出版されるほどになったか~。とはいえまだまだ黎明期。十戒・・とかはないでしょうね。ここはいっそ私が書いてしまってのいいんじゃないかしら? サラの十戒、爆誕ね!」


 かつての人間の功績をさらっと自分のものにする算段を立てながらサラは一階に降りた。そのまま自らの手でお茶とお茶菓子を準備する。


 以前はちゃんとした侍女を付けていたのだが……サラからしてみれば頻繁に代替わりしてしまい、顔と名前を覚えるのが大変なのでいつしか一人で過ごすようになってしまったのだ。


 うきうきとした様子でお茶を淹れるサラ。

 そんな彼女の耳に、物音が響いた。


「あら?」


 物音が聞こえたのは……地下室からだろうか。

 はて、とサラは首をかしげる。


 鼠にしては音が大きすぎる。

 サラの『結界』を破って地下室に侵入できる人間などいるはずもない。

 となると……?


「……あぁ、そういえば。隠し通路があったっけ?」


 数百年前の記憶を思い出すサラ。後宮に隣接する内廷(皇族の居住空間)からこの宮までは秘密の地下道が二本延びていたはずだと。


 内廷から直接延びる地下通路。それを作ると決めた初代皇帝からサラがどれほど信頼されていたか窺い知れるというものだ。いくら『通路を通れるのはサラと皇帝、皇帝の直系のみ』という制限があるとはいえ……。


「そうそう、地下通路があったわよね。そんなものを作ると聞いたときは『まったく邦ちゃんは用心深いわねぇ』と思ったものだけど……数百年経って活用されるのなら先見の明があったってことかしら?」


 その通路は普段閉じられているので子供がイタズラで通ってきたのではなく、緊急事態であるはず。となると内廷で何か騒動でも起こったのだろうか?


「え~っと、今の皇帝はたしか……」


 最近は儀式のときくらいしか顔を出さないので現皇帝の顔すらあいまいなサラ。

 直接見れば思い出すでしょうと軽く考えたサラは階段を使って地下へと降りた。


「う゛っ」


 サラの鼻腔に襲いかかる、カビ臭いニオイ。


「そういえば、最後に地下室に入ったのは何年前だっけ?」


 何年前と謙遜するサラであるが、実際は数十年前である。


「……いやだって、後宮っていつも新しい食事が出るから保存食を準備する必要がないし、エルフは新陳代謝がほとんどないから洗濯や入浴をする必要もないし、服には状態保存の魔術をかけているから消耗もしない。これでは地下室を使わなくなっても仕方ないわよね!」


 自分自身に言い訳しながら、サラは過去の記憶を頼りに隠し通路を探す。

 すると――小さな物音が。


「あら?」


 サラが物音がした方に目を向けると、物陰から少しだけ服がはみ出していた。


 布の質からしてかなり高貴な身分のようだ。

 内乱でも起こったかしらと考えながら、サラは物陰に向けて声をかけた。


「あの通路を抜けられたのだから、皇帝かその直系でしょう? 私は味方だから、安心して出てきなさい」


「…………」


 しばしの沈黙の後、物陰から出てきたのはまだ年若い少年だった。サラは人間の外見年齢の判断が苦手だが、10歳くらいだろうと当たりを付ける。


 なんとも麗しい少年であった。

 皇族の人間にはサラ好みの顔が多いが、この少年はまさにど真ん中。少し大きめな黒い瞳や、一本筋が通った鼻。瑞々しい唇など。いつまで見ても飽きの来ないような美形だった。


 きっと将来は麗人になるわねと期待しながらサラが問いかける。


「少年。名前は?」


「……シン


「真というと……今の皇帝の子供だったかしら?」


「そうだ」


「そうです、でしょう? 年上に対する口の利き方がなってないわね?」


「……そうです」


「あら素直」


 自分で苦言を呈しておきながら感心するサラだった。

 しかし、それも仕方がないだろう。今までサラと交流があった皇族の人間は不遜な人間が多く、サラの助言に最初から耳を貸す人間は稀であるし……中には皇帝という地位を乱用してサラを手籠めにしようとした輩もいたためだ。


 無論、そんな人間には『教育』を施してきたサラであるが……。そんな経験を多くしてきたからこそ、一度の注意で素直に言うことを聞いた『少年』への好感度が急上昇するのも仕方がないのであった。チョロいとも言う。


「少年が通ってきた抜け道は、直系の皇族しか通れないから安心しなさい。まずは落ち着いて、おねーさんに何があったか話してみて?」


 好感度の上昇によって普段より優しめに対応するサラだった。……別に見た目が好みだからという理由ではない。と信じたいところ。


「……わかりました」


 これまた素直に頷いた少年に、好感度がさらに上昇したサラであった。






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