山の会
海野幻創
第1話
山の会を結成した。山登りをするわけでも山について調べるわけでもない。ただ名前に山の字が入っている連中がその場にたまたま集まっていたから、冗談で言っただけだった。
俺は山本だ。メンバーは他に田山に山川、木山に亀山と被ることもなく色々と揃っている。
職場の喫煙室でそんな話になったのだが、気も合う連中だったから飲みに行こうということになった。
その翌日、喫煙室で顔を合わせた部下の丸山が声をかけてきた。
「私も入れていただけませんか?」
「なんのことだ?」
「その……山の会に」
ああ! こいつも山が入っている。どこで聞きつけたのかわからんが、まあいいだろう。俺は快諾した。
それから日に日に声をかけられるようになった。神山に山田、檜山に山下と、よくもまあこんなに山の字のつく人間がいたものかと感心した。どこかで噂にでもなっているのか、今まで話したことのないやつにも請われるようになった。
終いにはこんなやつらも現れた。
「岩田というのですが……」
「岸辺にも山の字が入ってるだろ?」
「谷岡だ。岡の字に山が入ってる!」
さらにはこうだ。
「名前が崇です。一応山の字が……」
「両太郎と申します。両のところに山がありますよね?」
みなどうしてそんなに山の会に入りたいのか。
その週末の山の会は、つまりはただの飲み会だが、膨れ上がって35人ものメンバーが集まった。
山の会と言っても山の話はしないし、名前の由来を語り合うこともない。ただ会社の同僚として飲む、いつもの飲み会となんら変わりはない。
それでも普段は集まらないメンバーだからか新鮮で、部の違う役職付きの上司やら部下やらが初めて酒を酌み交わして、なかなか楽しい時間を過ごした。
こういう珍奇な会も悪くないと、飲みながら俺はそう思った。
翌週の月曜日、朝から会議があった。寝坊したせいで朝食を抜いていたか腹が鳴り大変だった。時間は早かったが終わるとすぐに社食へ駆け込んだ。会議の議事録は午後にまとめればいい。とりあえず腹ごなしだ。
A定食を頼みトレーに乗せてもらって、俺はテーブルについた。思ったよりも早めの昼食をとるやつはいるようで、空いてはいるが知った顔が何人も食事についている。声をかけられたが俺は固辞して、ゆっくり食べようと誰もいない窓際の席を選んだ。
スマホを見ながらパクついていると、いきなり前の席に誰かが座った。空いていてわざわざこの席を選んだのだから俺に用事がある誰かだろうと、スマホから視線をそちらへ移した。
知らない顔だった。
「山本さん、いになり申し訳ありません。私は中村といいます。一つ後輩で営業部にいます」
山の会への入会かと思ったが、中村じゃ違うな。それともまた崇だの両太郎だの、名前に山の字でも入っているのというのか?
「中村さん、はじめまして。……いかがしましたか?」
一つ先輩だが、体育会系でもない俺は丁寧な言葉を選んで先を促した。
「はい……それがですね、山の会に入りたいのです」
やっぱりそうか。
「はあ、中村さんのお名前は?」
「省吾です。浜田省吾と同じ省吾」
そんな古い歌手の名前の漢字など知らない。曲を聞いたこともなければ、名前もそういえばそんな歌手もいたな程度に聞き覚えがあるだけだ。それを中村に伝えたら、スマホのメモアプリに入力して見せてくれた。山の字なんて入っていないじゃないか。
俺の表情から察したのか、中村は続けた。
「はい。今はまだ山の字は入っていません」
今はまだ? どういうことだ?
おれが考えていると中村はさらに続ける。
「来月結婚するんですが、彼女の名前が山城なんです。彼女の籍に入ろうかと思いまして」
俺は驚いた。そんなことのために名前を変えるのか?
俺が驚いた顔で言葉に詰まっていると、言葉足らずだと思ったのか中村は説明を始めた。
「いえ、それだけが理由ではありません。僕は三男坊で、彼女は一人っ子。以前から自分の籍に入ってくれないかと彼女に言われていたんです。でもずっと悩んでいて……そこで山の会の噂を聞いて、その会に入れるならいいかって。彼女の籍に入る決心がつきました」
そんな理由でいいのか? 俺はそう中村に聞こうとしたが、中村はようやく安堵したといった晴れやかな表情を浮かべている。まあ、本人がいいならいいかと、俺は快諾した。
しかし面白いものだ。たかが名前だけの会なのに、結婚するカップルのどちらの籍に入れるのかを左右したのだ。背中を押すきっかけになるとは、なんでもやってみるものだなと不思議にも満足感を覚えた。
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