私を捨てる気満々の王子がむかつくので、預かった聖女を悪役令嬢に育てる。

れとると

第1話 聖女は異世界から召喚された。

 ツイーディアは気づかれぬよう、テーブルの下でそっと両の手袋を奥まではめ直し、拳を小さく握り込んだ。



「ジェイド王太子殿下。それは……どういうことです?」



 無礼とは知りつつも、ツイーディアは会食中に割り込んできた王子の言葉を、聞き返さずにはおれなかった。



「愚鈍なやつめ。お前を聖女ハルの教育係に任命する、と言ったのだ。

 その間、婚約は。ツイーディア」






 ツイーディアは宰相をも務める公爵の娘として、18年ほど前に生を受けた。


 第一王子ジェイドの妃となることを期待され、幼少の頃から厳しい教育を受けてきた。


 母は非常に厳しい人だった。至らぬところがあれば、傷が残らぬように鞭を打つのも辞さぬ人だった。


 ツイーディアは幼いながらも、母の心根の底にある深い愛を感じ取り、信じて己が使命を全うした。


 自分を罰する母の顔が、怒りのそれのように見えて――――目の端に涙が浮かんでいるのを、知っていたから。



 果たしてツイーディアはその甲斐もあり、デピュタントの頃には完璧と称される淑女に育っていた。


 第一王子とは無事に婚約。王族入りを見込んで登城、さらなる教育を受けることになった。


 しかし王宮の講師たちは、誰もツイーディアに教えを授けることができなかった。ツイーディアは教養も完璧に備わっていた。


 国一番の知恵者たちと議論を交わし、淑女たちの茶会への参加を許され、王宮の書庫に入り浸るのがツイーディアの日常となった。



 貴族子弟の学ぶ学園にも6年行ったが、それも王城からの通いであった。


 学園でも学びは少なく、ツイーディアはさる魔法の研究にいそしむ日々を送った。


 少しの自由を得て、ツイーディアにとっては楽しくやりがいのある学園生活となった。



 苦難多くも順調に人生を歩んできた公爵令嬢ツイーディア。


 だが彼女は、知っていた。



 どれほど研究を重ねても、それが日の目を見ることはない――――自分が女だから。


 どれほど教養ある淑女と褒め称えられても、政治に参加することはない――――王妃は口を出すことを禁じられているから。


 そしてそれがどんな理不尽であろうとも。



 より力ある男の言うことには、従うしかない。それがこの国で、生きるということだ。



 この日。


 宰相である父が過労で倒れたと急報を受け、ツイーディアは忙しく駆けずり回った。


 父の容体は重くはなかったが、それ以上の難事があった。第一王子派のケープ侯爵が、宰相代理に就任したのだ。


 ツイーディアのグラジオ公爵家は、第王子派なのだ。父は宰相として、ツイーディアは婚約者として第一王子……王太子ジェイド寄りではあったが。


 どちらの王子が次代の王となっても家が存続するようにとの配慮ではあったが、それが裏目に出た形だ。


 今は代理とはいえ、一度権力の座についたケープを引きずり下ろすことは、非常に困難となるであろう。


 第一王子派の力が強くなりすぎることもあって、弟が継ぐことになっている実家が苦境に立たされる。


 母は弟の補佐に忙しく、ツイーディアは一人王宮に残り、王太子婚約者として宮廷闘争しつつケープの権勢を削がねばならない。


 そう、思っていた矢先。





 ツイーディアは、自分の正面の席に座っている少女の肩に手を置くジェイドを、睨まない程度にじっと見る。



(急に王子が聖女を異世界から召喚した。それも驚きですが、私に引き合わせた上、教育しろ、などと)



 しかも、明らかに婚約自体をエサにして。


 引き受けなければ、即刻王城からは叩き出す、ということに他ならない。


 加えて……聖女として呼ばれた少女への王子の態度が、あまりに馴れ馴れしい。


 ――――ジェイド王子がいずれツイーディアを捨て、聖女ハルに乗り換える気なのは、明白であった。



(引き受ければ、しばらくは婚約者として王宮に出入りできる。ですがその後はお払い箱でしょう。

 引き受けなければ婚約は破棄され、私は放逐される。父は……さらなる苦労を重ねることになる)



 ツイーディアは先ほど見舞った公爵の様子を思い出す。命に別状はなかったものの、憔悴しきった顔をしていた。


 選択肢はない。そう思い顔を上げたツイーディアは、にやつく王子と目が合った。



「ああそうそう。ハルは学園に三年ほど通う。お前はそれを補佐しろ。

 教養・礼法、それから聖魔法をきちんと教え込むんだ。

 ハルには魔王の残した呪いを祓うという、重要な使命が待っている。

 いいな、手を抜くなよ? ツイーディア」


「!?」



 ツイーディアは、苦労して表情を取り繕った。だが王子のにやけ顔を見るに、誤魔化せたかは怪しいところだった。


 学園に通うハルを助けるとなれば、政治闘争どころではない。


 念を押されたところを見るに、手抜きは許さぬということでもあろう。


 それなりに付き合いのあるツイーディアは、この男ならば定期的に監視や干渉を行ってくるだろうとも想像がついた。



(お父さま、お母さま……)



 悩み、少し視線の下がったツイーディアの瞳に、怯えた様子のハルと、彼女の目の前の皿が映る。


 怯える聖女、傲慢な王子、倒れた父、必死に家を支えるだろう母。




 令嬢・ツイーディアの選択は。




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私を捨てる気満々の王子がむかつくので、預かった聖女を悪役令嬢に育てる。 れとると @Pouch

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