ユキの魔法

第1話

　五月にしてはやけに冷え込んだ夜だった。

　冬のような寒さは一人暮らしの部屋と、私の心を寂しくさせた。

　エアコンのスイッチを入れベッドに入る。

　私の脳裏ではなぜかあの頃のことが思い出されていた。

　高校二年生の冬。

　冬休みに入る直前、私は同じクラスの勇助（ゆうすけ）に告白され付き合うことになった。

　お互いに長い間意識しあっていたのは気付いていた。

　当時は自分から告白するなんて考えられなかった私は、いつ勇助が告白してくれるのかを今か今かと待っていた。

　そして雪が降った十二月のあの日、勇助に付き合ってと言われた私は二つ返事でオッケーをした。

　勇助はクラスでも明るくてみんなに好かれていたしとにかく優しかった。　

　私は幸せいっぱいだった。

　私の初めての彼氏。

　一緒に帰ったりデートをしたり、手を繋ぐのもキスも何もかもが初めてだった。

　初めてが勇助でよかったと心から思っている。

　(勇助どうしてるかな)

　私たちは大学で離ればなれになってしまうからと別れを選んだ。

　嫌いになったとかではなくむしろその逆だった。

　お互いに寂しがりやな私たちは会えなくなる日々に耐えられない。

　勇助は私に寂しい思いをさせるのが辛いと言い、私も会えなくなって不安になったりそれを勇助のせいにするのが嫌だと言った。

　話し合いの結果、私たちは雪が降る卒業式の日にさよならをした。

　大学生になって、もちろん新しい出会いもあったし新しい恋もした。

　それなりに楽しかったけれど、気が付くと無意識のうちに勇助と比べてしまっている自分がいた。

　そのせいなのか長くお付き合いできた人はいなかった。

　そんなことを思い出しながら、眠りにつくまでなぜかずっと勇助のことを考えていた。

　勇助に会いたい。

　ただそれだけを願っている自分がいた。

「寒っ」

　朝、あまりの寒さに目が覚めた。

　何事かと思いながらカーテンを開けると外は一面の銀世界だった。

「嘘だ」

　五月だというのに雪なんてあり得ない。

　慌ててテレビを付けるとどのチャンネルも季節外れの雪のニュースばかりだった。

　気象庁もこの異常気象の原因はまだわかっていないとのこと。

　私はとりあえず急いで支度をして家を出た。

　就職して都会に出てきたばかりだったけれど、こういう時は都会の電車はすぐに止まってしまうということはすでに経験済みだ。

　案の定、駅のホームは人であふれていた。

　運転を見合わせておりますとのアナウンス。

　運転再開のめどはたっていないとも。

　私は会社に連絡を入れてからしばらくホームで様子を見ることにした。

　やむ気配のない雪。

　ホームにまで降り注いでくる白い結晶。

　徐々に減ってゆくホームの人々。

　消えてゆく音。

　寒さに震えながら私は冷たいベンチに座ってどうするべきかを考えていた。

　その時だった。

「ユキ？」

「え？」

　名前を呼ばれて横を見るとベンチの端に座っていた男の人がこちらを見ていた。

「やっぱユキだ！」

　私の心臓は一気に加速した。

「は？　勇助？」

「ふはっ、ユキ、変わってないな」

「え、いや、てか、ビックリしたぁ！」

「俺もっ！　ハハッ」

　勇助は相変わらずの優しい笑顔でまるで子犬のようにすぐに私の隣にずいっと近寄ってきた。

「四年、五年ぶりか？」

「うん、そだね」

　あれから五年、まさかこんな所で会うとは夢にも思っていなかった。

　少し男らしさが増したように見える勇助はやっぱり今見てもカッコいいと思った。

「ユキもこっちで就職？」

「うん、勇助も？」

「そう。すげえよな。こんな都会でまた会えるなんてさ」

「うん」

　嬉しかった。

　勇助に会えて心の底から嬉しいと思っていた。

「うぅ、寒いな。五月に雪ってあり得ないよな」

　肩をすくめる勇助。

「ほんっとに。ビックリしちゃった」

「でもさ、おかげでユキに会えた」

「アハ、そだね」

「ねえユキ、覚えてる？」

「なに？」

　勇助は少し照れたような表情で言った。

「ユキに告白した時も雪だった。初めてデートで映画に行った時も初めてうちに泊まりに来た時も、何か大切なことがあるたびに雪が降ってた」

「うん。覚えてる」

「だから俺、今朝雪が降ってるの見て、もしかしたらって思ってた」

「アハ、偶然だよ」

「そうかな」

「あっ」

　その時、私のスマホが音をたてた。

　見ると会社からのメールだった。

「大丈夫？」

「うん。今日はもう会社お休みにするらしい」

「そっか。俺もさっき連絡あって休みになった。ここじゃ寒いからさ、場所変えない？」

「うん」

　私は心のどこかで期待していた。

　できることならまた勇助と一緒にいたい。

　また勇助のぬくもりを感じたい。

　そうだ。

　私はまだ勇助のことが好きなんだ。

　だから昨日もあんなに勇助のことを想って。

「俺ん家すぐ近くなんだけど」

「えっ？　うちもすぐ近くだよ」

「マジで？　そうだよな、この駅で会ったってことは」

「うん、なんか本当にすごい偶然だね」

「本当。あ、俺ん家でいい？」

「あ、うん」

　駅を出て私たちは歩き出した。

　背も少し伸びたのかな。

　勇助の後ろ姿を見つめつつ歩く。

　雪が降り積もった道。

　真っ白な道に勇助の足跡が残る。

　私はその足跡に自分の足を重ねて下ろす。

　突然勇助が振り返った。

「手、危ないから」

　勇助が手を差し出した。

　私はその手をしっかりと掴んだ。

　(あったかい)

　そのぬくもりは私の顔まで熱くさせた。

　もうこの手を離したくない。

　そう思いながら勇助について行った。

「どうぞ」

「おじゃましま、んっ」

　玄関に入り靴を脱ごうとした時、勇助は突然私を抱きしめた。

「ユキ、会いたかった」

　勇助の匂いがした。

　懐かしい匂いにあの頃の感覚がよみがえり胸がいっぱいになる。

「勇助、私も会いたかった」

　私も勇助の背中に手を回した。

「ひどいよ、ユキは」

「え？」

　勇助は私の肩に顔をうずめた。

「あれから雪が降るたびにユキのことを思い出すし」

「ええ～、それって私のせい？」

「そうだよ。ユキのせい。ユキに変な魔法をかけられた」

「魔法？」

「頑張って忘れようとしても、雪を見たらユキのこと思い出すし。また忘れようと頑張っても、また雪が降るし。ユキのことを忘れられない魔法、俺にかけたでしょ」

「ふふ、そんな魔法があったらかけたかったなぁ」

「本当に？」

　顔を上げた勇助と目が合った。

「うん。私もずっと勇助のことが忘れられなかった。だから今日会えて嬉しかった。勇助はやっぱりカッコよくて優しくて、私が大好きな勇助だった」

　想いを言葉にすると私の心が軽くなった気がした。

「ユキ、俺たちまたやり直そう。俺やっぱりユキが好きだ」

「本当に、いいの？」

「当たり前だろ。あ、もしかして彼氏いるの？」

「ううん」

　私は思いきり首を横に振った。

「よかったぁ～」

　勇助が嬉しそうに笑った。

「まだ、私の魔法にかかったままでいてくれる？」

「うん。俺、魔法を解く方法知らないし」

「教えてあげない」

「いいよ。ずっとこのままで」

「あは、勇助大好きっ」

「うん、俺も」

「あっ……」

　勇助は私を抱え上げるとそのまま部屋の中へと入っていった。

　私たちはお互いに会えなかった時間を取り戻すかのように夢中で愛し合った。

　久しぶりに感じる勇助のぬくもりはとても心地よかった。

　いつの間にか、あんなに降っていた雪もやんで、五月の爽やかなお日様が顔を出していた。

　もしかしたら本当に、私が魔法をかけたのかもしれない。

　私が勇助に会いたいと強く願ったから、雪が二人を引き合わせてくれたのかもしれない。

　私は寝息をたて始めた勇助の顔を覗き込んだ。

「そんなこと、あるわけないか」

　でももしも、もしもそうだとしたら、雪が溶けてもどうかこの魔法はずっととけませんように。

　そう祈りながら、私は眠っている勇助の胸にそっと顔をうずめた。

　　　　　　　　　　完