第30話 高速ターマックに燃える朝
愛知パシフィックラリー2日目の朝。
雲は薄く広がり、上空を灰色に染めている。昨日の雨と霧の喧騒が嘘のように、今は空全体がどこか落ち着いた雰囲気を帯びていた。しかし、路面にはまだ細かな水滴の跡や、あちこちにできた水溜まりが残っており、乾ききらない湿り気が確かに存在を主張している。
サービスパークでの早朝のひととき、徹夜でマシンを修理し終えた愛知工業高校ラリー部の面々は、短い休憩の後に再び立ち上がり、出発準備を進めた。CO-ドライバーの水瀬恵理香がGRヤリスラリー2の運転席に乗り込み、公道区間(リエゾン)を担当する。その隣、ドライバーシートのはずの場所には、高校2年生の少女――高槻亜実が、まるで仮免許の練習生のように座っている。
本来なら亜実が運転するはずの競技車両。しかし免許を所持していない彼女は、公道でハンドルを握ることが許されない。そのため、競技区間(SS)に入るまでの移動は常に水瀬が担当するという、少々風変わりな形でラリーに挑んでいる。
車体には昨日のクラッシュの傷跡がまだ残っていた。フロント部分やバンパー周辺、足回りには徹夜で応急処置を施した跡が痛々しく見える。深夜、何とか動くようにはしたものの、「歪み」が残っていることは明白であり、車の挙動へ微妙な影響を及ぼすだろう。
そんなマシンを携え、ラリー部のメカニックたちは「とにかく完走してくれよ」と祈るような気持ちを抱えながら送り出した。一方、亜実も部員や顧問の佐伯先生、そして最大スポンサーであり教育委員会の委員長でもある円城寺潤(えんじょうじ じゅん)から、「無理は禁物」「昨日と同じ奇跡を追いかけすぎるな」と口酸っぱく言われていた。
しかし――。
アドバイスを素直に受け止めつつも、亜実の心中は複雑だった。1日目の最終ステージ、あの霧と闇の中で叩き出した「トップタイム」は、確かに奇跡と呼ばれるだけの走りだったかもしれない。だが、あれが「自分の本当の力」だったのだと信じたい気持ちと、「偶然が重なっただけかも」という不安が綯い交ぜになっている。
――このまま尻すぼみで終わるのは、絶対に嫌だ。
そう思うからこそ、車体のダメージに足を引っ張られ、満足に攻められないことへの苛立ちが募り始めていた。
午前7時過ぎ、サービスパークからリエゾンへと移動を開始したGRヤリスラリー2。
ハンドルを握る水瀬は、すでにペースノートをしっかり頭に入れつつ、サイドミラーやメーターを確認し、路面の感触を繊細に読み取っている。一方の亜実は助手席で、狭いシートに体を収めながら、時折サイドウインドウの外に目をやっていた。
路面にはところどころまだ濡れた部分があり、タイヤが細かな水しぶきを上げる。昨日の深い霧はもうないものの、湿度は高く、今にもパラパラと雨が落ちてきそうな気配もなくはない。
「大丈夫そう?」
水瀬がちらりと亜実の方を見やることなく声を投げかける。
「うん、まあ、ね。車体……ちょっとフラついてるように思えたけど、公道速度じゃ問題ないかも」
亜実は背もたれに体を預けながら答えた。内心で(競技区間になったら、この微妙なフラつきが気になって仕方ないんだろうな)という不安がよぎっている。
「そうね。高速ステージになるとどうなるか……慎重に見極めよう。わたしも気を張るから、あなたも落ち着いて」
水瀬の言葉は優しく、しかしどこか冷静だ。
助手席から見える景色は、徐々に市街地から郊外へと変わり、やがて山や畑を遠巻きに望む地帯へと入っていく。ここからほどなくして、2日目朝一番のスペシャルステージのスタート地点に到着するはずだ。
亜実は、胸中で昨日の霧ステージを思い出す。あのときも足回りのダメージを抱えていたはずなのに、アドレナリンと水瀬のナビのおかげで、信じられない集中力を発揮できた。今日もまた、そういう“奇跡”が起こるだろうか――。
「……甘いかな」
心の中で小さくつぶやく。奇跡に頼っていては、ラリーを戦い抜くことなどできない。世界を目指すと言いながら、そもそも2日目のステージを無事に走り終えられるかどうかも怪しいのだ。
リエゾンを経てやってきたのは、長いターマック区間の入り口。ここから先が、いよいよスペシャルステージのコースだ。チームや観客、オフィシャルが入り混じるスタートエリアには、既に多くのラリーカーが集結している。
亜実たちが到着すると、オフィシャルが車検書類を確認し、「OK、これでスタート準備に入って」と声をかける。彼女たちはその指示通りに車をスタート地点の待機列へ移動させ、水瀬が運転席から降りて亜実と席を交代した。
亜実がドライバーシートに身体を滑り込ませる。まだ午前とはいえ、気温はそこそこ高く、湿度も高いのでシートに座るだけで少し汗が滲む。ヘルメットをかぶり、シートベルトをしっかり締める。
周囲を見ると、いくつかのチームが整然とスタート順に並んでいる。その中には、昨夜から焦りを抱えているTeam Infinity Speedの姿があった。ドライバーはまだ若いが、トップドライバーとしてのプライドを背負い、車から降りて少し屈伸運動をしているようだ。昨日の霧ステージで思い通りのタイムが出せず、きっと今朝はリベンジに燃えているのだろう。
また、地元強豪のNagoya Spirit Rally Teamが改造ランエボを控えめにアイドリングさせている。ベテランドライバーはスタッフと小さく笑いながら話しており、「焦らずに最後に勝つのが俺たちだ」とでも言わんばかりの落ち着きだ。実際、昨日はその堅実な走りで堅調なタイムをマークしている。
見ると、Rising Star Racingのマシンは車体の一部が補修された形跡がある。若手エースドライバーが今朝のブリーフィングで憤慨していたという噂を聞く。あの高校生のGRヤリスなんかに負けられない、などと口走っていたらしい。
そして――。
「藤田さんのチーム、まだ上位のほうにいるんだよね……」
亜実が小声で言う。水瀬はノートを確認しながら、「そうね。FUJITA Suspension Rally Teamは昨年の優勝チーム。このステージもきっと安定して速いと思う」と頷く。
スタート順の関係で、藤田拓郎の姿は今は見えにくいが、どこか前列のほうで淡々と出走準備を進めているはずだ。昨日から“あのレジェンドがいる”というだけで、亜実は胸が高鳴る。憧れとも恐怖ともつかない複雑な感情。
ほどなくして、オフィシャルが亜実たちに向けてスタート位置へ移動するよう合図を出す。ブリッピングでエンジン回転を確認しながら、亜実はゆっくりと前進した。
助手席の水瀬が用意したノートを一度閉じ、ヘルメットのあごひもを確認。相棒同士で視線を交わし、「行けるか?」と水瀬の目が語りかけると、亜実も「うん、やるよ」と無言で頷く。
カウントダウンの数字が少しずつ下がっていく。5…4…3…2…1…。
――GO!
亜実はクラッチを上手く繋ぎ、アクセルペダルを踏み込む。調整したターボの音が耳を打ち、車体が瞬間的に前へ弾けるように加速を始めた。
スタート直後の数百メートルはそこまで難しいコーナーがない代わりに、ウェット路面がまだ残っており、タイヤを温めるにはやや慎重に行きたい場面だ。
「まずはタイヤを路面に馴染ませる。焦らず。……次、右4プラス、先が濡れてるから注意して」
水瀬の声がインカムから響く。亜実はそれに答えるようにステアリングを切る。
まだアクセルを全開にはできない。夜の霧ステージでの強引なアタックとは違い、速度域が段違いに上がりそうな予感がある。ここで万一曲がりきれずコースアウトでもしたら大変だ。何せ昨日のクラッシュによるダメージを抱えたままなのだから。
コースは序盤こそ緩いコーナーが続くが、路面にはまだ水溜まりが散在している。亜実はあえて外側のドライラインを拾いに行き、極力水を踏まないようにラインを取る。
しかし、時折タイヤがぬれた部分を通過すると、ステアリングがフッと軽くなる感触があり、足回りの歪みがアンダーステアやオーバーステアを微妙に誘発する。
「…うわ、ちょっと滑る…」
亜実が眉をひそめる。
「大丈夫、まだ許容範囲。タイヤも温まってきたし、次の直線で一度熱を入れましょう」
水瀬が落ち着いた声で促し、亜実はわずかにアクセルを踏み増す。長めのストレートへ差しかかる。
――だが、速度計が100km/h、150km/hと上がるにつれ、車体に小刻みな揺れが生じ始めた。ハンドルを固定していても、フロントが微妙に左右にブレる。
(くっ…やっぱり足回りのダメージが響いてるのかな。こんな感じだと、踏みきれない…)
内心で唇を噛む。昨日の霧ステージでは、視界の不安とナビ頼りの走りがかえって良い集中を生んだ面もあるが、今日のように視界が開けていると、逆に車体のブレや路面のウェット具合が目に入り、どうしてもアクセルを戻してしまう。
「亜実、まだ大丈夫。次、ストレート終わった先に急コーナーが待ってるから、そこで無理にブレーキを引っ張らないように。少し早めに減速して」
水瀬が端的に指示を出す。ラリー用ヘルメットから響くその声は、冷静かつ落ち着きがあり、亜実に“恐怖”を忘れさせるほどの安心感を与えてくれる。
しかし同時に、彼女の胸には「もっと攻めたいのに……」という焦りの火種がくすぶり始めていた。昨夜の経験を思い出せば、もっとスピードを出せるはずだ、と。
ステージ中盤は、いよいよ「高速ターマック」の名にふさわしい区間へと突入する。ロングストレートでガンガン速度を上げ、そのまま緩いコーナーをシームレスに繋いでいくようなレイアウト。
ここで大きなアドバンテージを得ようとするドライバーも多く、車の最大出力を活かせる場面だ。
「行けるところで踏むけど、あまり引っ張りすぎると危ない…」
亜実は自分に言い聞かせながらギアをアップしていく。エンジン回転数が上昇し、ターボの力強いサウンドが車内を満たす。
しかし、時速が一気に160km/h以上に達すると、車体の揺れが大きくなり、ステアリングがビリビリと震えるようなフィードバックを返してくる。
(まずい、ここでクラッシュしたら、もう終わりだ…)
亜実の額からうっすらと汗が滲む。アクセルを抜くべきか、いや、このまま行くか――逡巡の末、結局アクセルを少し戻し、安全側へシフトする。
――“怖い”。
それが今の正直な感覚だった。昨夜の霧よりも視界がいいのに、恐怖心が増しているのは皮肉なことだ。その原因ははっきりしている。車体が壊れているという現実が、頭から離れないのだ。
「次、右5プラス。路面は乾き気味だけど、ブレーキ痕がある場所は要注意」
水瀬のコールに従って、亜実は減速を入れる。タイヤが一瞬スキール音を上げるが、コーナーを曲がりきるまでにはそこまで余裕がない。「もう少し突っ込んで良かったかも…」という思いと、「これ以上は危ない」という理性のはざまで、亜実の右足は迷い続ける。
結果として、ライン取りは悪くないが、ほぼ「無難」に回っただけで終わるコーナーが続いていった。亜実自身もわかっている――これではトップ争いには食い込めない。
コースを走行している間、他チームの様子は直接見えない。ただ、遠方に見える先行車のテールランプや、ライバルが残したタイヤ痕、あるいはマーシャルからの無線連絡などで、なんとなく彼らの走りを想像できる。
「Team Infinity Speedが凄いタイムを出してるらしい」
水瀬がペースノートの合間に情報を挟む。どうやら、霧がない状況では本来の速さを取り戻したようで、朝ステージの暫定トップタイムを叩き出しているらしい。
「昨日はあんなに悔しがってたから、そりゃ本気になるよね…」と亜実は唇を噛む。
また、Nagoya Spirit Rally Teamも堅実なペースで中上位に留まっているそうだ。あのベテランドライバーらしく、焦らず安全にまとめてきている。
さらに、若手のRising Star Racingがオーバースピードで軽くコースアウトしたという話が入る。大きな事故には至らなかったようだが、マシンにダメージを受けたとか。
――そうした情報が亜実の耳に届くたびに、「自分はどうなんだ?」という問いかけが心を乱していく。踏める人は踏んでいる。結果が出ている。だけど自分は車体のダメージにビビってアクセルを戻している。それでいいのか、と。
「……やっぱり、もっと攻めたい」
亜実が小さく呟くと、水瀬が鋭い声で返す。
「ここは我慢して。次のステージもまだある。今日一日長いんだから」
「でも……」
言いかけた亜実は、ちょうどコース後半の急カーブが迫ってきたのを見て、言葉を飲み込む。
午前ステージの後半は、小刻みなS字セクションや、ほんの少しアップダウンを含む高速コーナーが続く。ここでアタックをかけたい亜実だが、アクセルを踏み込みすぎれば、まだドライラインができていないウェット部分を踏む恐れがある。
「次、左4マイナス、すぐに右5プラス。ラインは外に広く…そう、いい感じ!」
水瀬が短い言葉を次々と投げかける。亜実はそれに呼応してステアリングを切り、ブレーキとアクセルを小刻みに調整。
――それでも、恐怖と焦りが混在する状態では、昨日のような「ゾーン」に入れない。
「もっと行ける…のに…っ」
コーナーを抜けるたびに、亜実は歯がゆさを感じる。背中に冷たい汗が伝っている。クラッシュの記憶がちらつく。マシンの破損が自分を阻んでいる。その思いが苛立ちを増幅させる。
気づけば、最終コーナーへ差しかかっていた。そこを慎重に回り込み、アクセルを踏み直す。ヘルメットの中で自分の呼吸が荒くなっているのを感じる。
「ゴール…!」
水瀬が小さく叫ぶ。亜実はシフトアップのタイミングを測り、ゴールラインを通過。ブレーキをかけ、停止指示のあるエリアまで車を進める。
コースを走り終えた後の指定ゾーンで、オフィシャルがタイムを計測し、情報を渡してくる。亜実はそれを水瀬から受け取り、思わずため息をついた。
「悪くはないけど……トップから遅れてる」
水瀬もタイムを見て、「まあ、こんなものか」と呟く。ここまで大きなロスを出さずに走ったのだから、極端に遅いわけではない。それでも1日目最終SSでの“まさかのトップタイム”を体験した直後としては、物足りない結果だ。
「はぁ……悔しい。結局、普通に走っただけって感じ。攻めきれなかった…」
亜実はハンドルに手を置いたまま、力なく頭をたれる。ヘルメットを外そうとするが、ベルトがうまく外れないほど苛立っていた。
「落ち着いて。クルマを壊してないことが第一よ。むしろ、このステージで安全にまとめられたのは大きいわ」
水瀬がそう言って肩を叩く。しかし、亜実にとっては「安全にまとめる」が喜ばしいことばかりとは思えない。
「わたし、世界を目指すとか言いながら、結局こんなもんか……」
口から漏れる独り言に、水瀬は返す言葉を探すが、とりあえず「次がある」としか言いようがない。
マシンを一旦停止エリアに移し、外で車体を軽くチェックしていたところ、他チームの結果がオフィシャルから伝えられる。
Team Infinity Speedは、霧のない環境で実力をいかんなく発揮し、今朝のステージで暫定トップ。ドライバーが無線で「やっぱり俺たちはこんなもんじゃない。昨日の夜にあんなドタバタしなくても、本来ならこうなる」と高揚しているらしい。
Nagoya Spirit Rally Teamは中上位安定。ミスがなく、「確実にフィニッシュしてポイントを稼ぐ」王道パターンを崩さないという評判だ。
Rising Star Racingは焦りからコーナーを飛び出し、マシンにダメージ。何とか完走したが、タイムは今ひとつ。若手エースドライバーが苛立ちを隠せない姿が目撃されているという。
そして、FUJITA Suspension Rally Teamの藤田拓郎は、そつなく速い走りで総合首位争いを維持。朝ステージ終了時点で2番手付近に食い込む形だ。
「ああ、やっぱり藤田さんは速いんだな…」
亜実はその情報を聞いて、改めて己の未熟を痛感する。もし同じGRヤリスラリー2でも、修理跡やダメージによって性能が落ちているとはいえ、藤田であればもっと上手くまとめて、しかもさらに踏んでいるのではないか――そう想像してしまう。
「まあ、気にするなって。1日目にあれだけのトラブルを抱えてなお走ってるんだし、順位がどうであれ完走すれば明日に繋がるだろう」
整備で駆けつけた部長が声をかけてくるが、亜実は形ばかりの笑顔を浮かべるだけ。心の中のもやもやは晴れない。
ステージを終え、次の移動の合間にメカニックや部長らが車体を簡単にチェックする。足回りやエンジン回り、オイル漏れの有無などを見て、異常がないかどうかを確かめるのだ。
「大きなクラッシュはなかったから、まあ問題はない。サスの取り付け部のズレも昨日のままだろうが、このまま行くしかないな」
部長がそう言って、一度ウインドウ越しに亜実と視線を交わした。
「…ごめん、部長。せっかく修理してもらったのに、わたし…うまく走れないや…」
亜実は自嘲気味に言う。部長は「何言ってんだ。うまく走るのはこれからだろ」と即答する。
「そもそも昨日の夜、あんな霧の中でトップタイムなんか取ったのが不思議だ。あれだけでも十分話題になったし、もし完走して今日どこかで好タイムを出せば、なおさら注目される。今は焦らず、無事に走り切れ」
その言葉に、亜実はハンドルの上で指を組んだままうなずく。
「焦るな、無理するな…みんなそればっかり。でも、無理しないとスピードは出ないよ。ラリーって結局そういうものなんじゃないの?」
思わず小さく反発の声が出る。しかし部長は「そうかもしれんが、クラッシュしてリタイアしたら元も子もないからな」と苦笑するだけだ。
一方、水瀬は助手席でノートを読み返しながら、何か言いたそうに眉をひそめていた。だが、ここで余計な一言を加えるのは得策じゃないと感じたのか、結局口を閉ざしてしまう。
簡単なメンテナンスを終え、次のステージへ移動するためのリエゾン区間に出ていく時間となった。
エンジンをかけ直し、水瀬が運転席へ移動。亜実はまた助手席に回る。半ば不満げな表情を浮かべながら、「これが高校生ラリードライバーの宿命だから仕方ない」と自分を納得させる。
出発前、部長や顧問の佐伯、そして円城寺が遠巻きに声をかける。「2日目はまだ始まったばかりだ。次のステージはダート混在だぞ。自信があるんじゃないか?」
亜実は小さく首を縦に振り、「……うん、ダートならRC Fで培った滑らせ方が活きるかも」と、ほんのわずかに光を見出す。
車体が走り始めると、朝もやを抜けて陽光が少しずつ強まってきた。アスファルトを照らし出す陽射しが、濡れた路面を少しずつ乾かし始めている。午後にかけて天候が大きく崩れなければ、路面はドライへ近づいていくかもしれない。
「さて、次の農道ダートステージをどう攻めるかね」
水瀬がアクセルを踏みながら言う。
「……攻めたいよ。わたしの力をもう一度、証明したい」
亜実の声には、朝の高速ステージで得られなかった満足を、午後こそ晴らしたいという意志がこもっていた。
そう、まだラリーは途中だ。午前のこのステージがすべてではない。昨日のクラッシュを引きずっているとはいえ、彼女にはまだ挑むべきステージが残されている――。
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