日記の消失

 確かにそれは困る。

 価格も価格だしそれ以上に……、


「中を見られるとマズいね」


「いいの。中身はどうでも」


 そっけなく言われた。

 色恋沙汰に興味のない杜さんなら見られてもどうってことないだろうけど、他の人は違うだろうに。


「それでね、日記を失くした時のことを話すけど、それは今日の放課後この教室で起きたの。教室にはわたしの他に男子が二人いた。わたしは数学の宿題をやってて、男子は揃って英語の追試課題をしてたの。ほら、ついこの前割られた窓の下に辞書があるでしょ?」


 言いながら杜さんは教室の窓の下を指さした。窓の下には少しくぼんだスペースがあって、そこには高そうな辞書がずらりと並んでいる。日本語以外に英語や韓国語、中国語などが綺麗に整列しており、ここの辞書は自由に使っていい決まりになっている。


「そこの辞書を二冊使ってね、男子たちは作業を分けて、協力して課題に取り組んでたの。あーだ、こーだ言っててうるさかったのを覚えてる。で、そんな中でわたし、宿題を終えて思い出したの。日記を持っていることを。だから今日の出来事でも書こうと思ってカバンから日記を出した。だけど……本当にうっかりしてた。わたし、机に日記を置いたまま廊下に出ちゃったの」


 え?


「ちょっと待ってよ。杜さんは何でいきなり廊下に出たの?」


 ぼくの申し立てに杜さんは困ったように声を静めた。


 そっと、


「……あの、お花を摘みに」


 あら、そう……。


「だけどわたしもバカじゃない!」


 急に杜さんが声を張り上げてきた。

 別にぼくはバカだなんて思ってない。


「トイレに行く途中で日記が机に置きっぱなしなのを思い出したの。それですぐに教室に戻った。だけどその時、ちょうど教室から廊下に顔を出している男子と目が合って……。で、その男子はわたしが戻ってくるのを見るとすぐに顔を引っ込めた。それでね、わたしが教室に戻ると、なんと、なんとだよ。机の上の日記がなくなっていたの!」


 杜さんはイライラをぶつけるかのようにリノリウム張りの床を踏みつけた。

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