俺の雪だけ溶けないんだが?

舟渡あさひ

第1話

「そんなバカな」


 ソウハ・ナランヤローの口から、思わずといった様子で驚嘆が漏れた。


 そんな様子はまるで歯牙にもかけず、目の前の女性は肩口で切りそろえられたブロンドの毛先をいじりながら告げる。


「事実よ。五日前に貴方が降らせた雪が未だに溶けないの」


 彼女はリセ・コモンセンス。

 サッポル第一魔法学院の教員である。


 五日前、学院の卒業試験が行われた。その内容は天候操作魔法の実演。


 そこで試験官を務めたのがリセ。

 そこで吹雪を吹かせ、見事合格を勝ち取ってみせたのがソウハである。


 ――はずだった。


「雪は溶けるものだろう? リセ」


「卒業したとたん調子に乗って呼び捨てにするのはやめなさい!」


 一喝。


 それからコホンと咳払いを一つ挟み、リセは続ける。


「そう、雪は溶けるもの。なのに貴方が降らせた雪は、このサッポルの除雪魔道具を用いてすら一切溶ける兆しも見せないの」


「そんなバカな。サッポルの除雪魔道具だぞ?」


「ダメだったの。魔道具どころか最上位炎魔法を直接ぶち込んでもダメだったのよ。したがって、学院はこの件をこう処理します」


 キッとリセの鋭い視線がソウハに刺さる。


 あまりにもソウハが動じなさすぎて刺さったのだか弾かれたのだかわからないが、とにかく刺さったことにする。


「あなたの生み出したのものは雪ではなかったため、卒業試験で天候操作を偽装した別魔法によるイカサマを行ったものとみなし、合格および卒業認可を取り消すこととします」


「そんなバカな!」


「よかったわね? また一年学校に通えるわよ?」


「待ってくれ! もう超魔導極太プラズマキャノン開発研究室への内定が出ているんだ! 卒業取り消しだけは勘弁してくれリセ先生!!」


 ガバリと床に平伏せ懇願を始めたソウハの様子に、リセはようやく立場を理解したかと頬を緩ませる。


 そして姿勢が低くなったことにより「あれ? スカートの中が見えそうだぞ?」とすっかり目的がすり替わり始めたソウハの様子に気づかず、得意げに話を続けた。


「まあ落ち着きなさい。要はアレがちゃんと溶ければいいのよ。そうすれば学院もアレを雪と認めざるを得なくなるし、卒業認可の取り消しを取り消さずにはいられなくなるわ」


「なるほど……白か……」


「ええそう。あなたは身の潔白を証明し、大手を振って超魔導……なんたらの研究室に就職できるの」


 話が噛み合っていないことには両者とも気づかぬまま、リセは端的に告げる。


「期限は二十日後。来年度が始まるまでに、あなたの降らせた雪をなんとかしなさい」


「フン、面白い。やってやろうじゃないか」


 そしてソウハも不敵な笑みでそれに応じる。


 こうして、ソウハの第二の卒業試験が幕を開けた――!




「ところでいつまで這いつくばっているつもり?」


「もう少し」


「?」


 多分。五分後くらいに幕が上がると思う。




 ❆❆❆




「よくもまあ、ああも綺麗に丸めこめましたね」


「ええ。彼、バカですから」


 ソウハが立ち去った後、密談を交わす二人。


 一人は学院長。とっても偉い人である。


 もう一人はリセ・コモンセンス。


 たっぷり下着を堪能していかれたことに未だに気づいていない、とっても可哀想な人である。


 偉い人はわずかに開けたカーテンから、上機嫌に帰宅するソウハを見やり、そしてポツリとこぼす。


「『再生する炎魔法問題』

 『ショッキングピンクの風魔法問題』

 『マジックミラー結界問題』


 彼が生み出す魔法問題は、今回で四つめになるのでしょうか」


 そして可哀想な人はぷんすか怒る。


「奴はいつもそうです! 本人すらよくわからないままヘンテコ魔法を生み出し問題を起こしては、いつもいつもその解決を他人に放り投げて!」


 魔法問題。


 人類の力ではまだ解明できない、魔法によって引き起こされる不思議現象の数々。


 解明すれば魔法文明は数世代先へ進めると言われ、それを成し遂げたものには莫大な賞金が支払われる難問たち。


 ソウハはすでに学院長が述べた三つの問題を生み出しており、今回解決できなければ『溶けない雪問題』がそこに付け加えられることになるだろう。


「わかっていますね? コモンセンス先生」


「……はい」


 そしてその場合、今回貧乏くじを引くことが確定しているのはリセだった。


「彼は気づいていないようでしたが、あなたの詭弁のとおり本当に卒業させない、なんてことは出来るはずがありません」


「そんなことをすれば大問題になるということは、重々承知しております」


「しかし、みすみす四つめの魔法問題を発生させたあげく、それが『溶けない雪』とくれば、それはそれで大問題になります」


「寒冷地であるこのサッポルではそれだけで脅威ですものね……」


 いくら雪への対策が厳重なサッポルとはいえ、溶けない雪などという異物にまでは対応できない。


 それは都市にとっての大打撃だが、リセ個人にとってはもっと困ることがある。


「そして、その場合責任を取ることになるのは、試験官を務めたこの私……ですね」


 苦渋の表情を見せるリセに頷く学院長もまた、厳しい表情だった。


 リセは若く才能のある、学院の未来を明るく照らす教員である。


 いくらより若く才能があり、魔法界をショッキングピンクに染める存在のためだからといって、おいそれと手放せる存在ではないのだ。


 しかしそれ以上に、ソウハがおいそれと手の出せるような問題児ではないため、誰も、学院長ですら関わりたくないのである。


「くれぐれも、よろしくお願いしますね、コモンセンス先生」


「はい……っ!」


 半泣きであった。


 こうしてリセとソウハは運命共同体となったのである。


 当の問題児本人は、何も知らぬままに。

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2024年12月27日 19:01

俺の雪だけ溶けないんだが? 舟渡あさひ @funado_sunshine

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