失礼系幼なじみには33の死亡フラグがたつ
嵯峨野広秋
第1話 アンタ
生活保護でパチンコしてる。
それが今のおれの人生のぜんぶ。
(くそ。まわんねぇ~~~っ)
来月で40……いくつだっけ、とにかくまた一つ年をとるわけだ。
知らんけど。
どうせ終わってるからな。なんもかんもが。
(るっせーな。となりのヤツ……)
激アツもきてねーのに、ボタンをバンバンたたきやがって。
しかもここ一パチだぞ? あつくなってんじゃねーっての。
……。
だんだん力つよくなってね?
てか、マジうるせぇ。
おれは立ち上がって、そいつの肩をグッとつかんだ。
「~~~~っ。おいっ!!!」
「くだらないね、アンタの生き方」
――へ?
となりにいたのは、パチ屋にそぐわない、小学生くらいのガキ。
サラサラの長い髪に、フリルのついた紫のワンピース。
この顔……この服……どっかで………………
「あっ!」
「どうしたんだよ、急にたおれこんで。ハラでもへってんのか?」
両手でおれの肩をつかんで、体をゆすっている女の子。
「朝、メシちゃんと食べてきたんだろ」
「あ?」
ひざに手をあててくっしんするように立ち上がり、こっちへ手をさしのべる。
逆光になっていて顔はよく見えないが、ほほえんでいるようだ。
「はやくしろって」
「いや……自分で立てる。大丈夫だ」
「あっそ」
ん? なんか気のせいか、おれの声がおかしかったような。
と、背中にかるい衝撃。
タタタと両手を水平にのばして走っていく背の低いガキ。
「こら! トーマ!」
「へへっ」
女の子がガキを追いかける。
その背景には、うず高くつまれた材木があった。
ここは……。
思い出したぞ、集団登校のまちあわせ場所の材木置き場だ。
めっちゃ近所。実家の。
いや、
もうここは、たしか駐車場になってたはずだが。
二人がおれのほうにもどってくる。
「私がしかっといたから、アンタからはナシね。ま、ランドセルけられたぐらいで怒ることもないか」
「え……あ……」
「じゃあ出発進行!」
右手をあげて長袖のワンピースから細い手首がのぞく。
服の色は紫。フリルがついてて可愛らしいデザインだ。
背中をたしかめるとランドセル。
なんでこんなものを……いや、これってもしかして、
「ミ」おれはあわてて呼びとめる。「ミサか? おまえ、幼なじみのミサ? ミサだよな?」
「何度も名前呼ぶなよ。大安売りしてんじゃないんだから」
まちがいない。
過去にもどってる。
息をのんだ。
なぜかおれにだけ男言葉をつかう、失礼な女。おれの家の向かいの、かなり広い家に住んでいた女。お母さんが美人の女。勉強も運動もどっちもできた女。そして、
とっくに死んだ女。
「どうした? ポチ」
なつかしいおれのあだ名。
ふつう友だちにはつけない、失礼なあだ名だ。
思えば、出会ったときからこいつは失礼だった。
よちよち歩きのころ、おれを指さして、
「かっこよくない」
目をパチパチさせてとまどっていると、
「でもいっしょにあそんだげる」
強引に手をとって、そのまま公園までつれていかれたっけ。
そのころのことは、おぼえてる。
〈そのころ〉だけ、な。
ハタチのときのバイク事故のせいで、おれには小・中・高の思い出がほとんどない。
逆行性健忘症という病気だ。
その事故のあとで家族から「幼なじみは亡くなってる」ってきいた。
おれは実家を出て、両親は離婚して、きょうだいともほぼ会ってないから、それ以上くわしい話をきけていない。
つまりそれが具体的に「いつ」なのか知らない。
ミサが成人する前に死んだことだけを、おれは知っていた。
「おーい、いくぞー! おいていくぞーっ!」
「ま、まてって……」
「はやくこいよ、ポチー」
近所の人とすれちがう。
「おはようございまーす! 今日もいいお天気ですね! あっ、はい、いってきます!」
また思い出したよ。
こいつがやたら
おれなんかなるべく人にアイサツしたくないのに。
第一、他人に「いってらっしゃい」とか「おかえり」って言われたって、どう返したらいいんだよ。
ミサはほんとに……
おれにない部分ばっかりもってやがる。
(そんなに会いたいとも思ってなかったけど)
「信号わたるよー」
(けっこういいもんだな、なつかしくて。たとえ夢や幻だって―――!!!!)
一瞬の出来事だった。
ミサが車にひかれた。
点滅もしてない、はっきりと青信号だったのに。
「おい! しっかりしろっ!」
鼓動がはやまった。
そして急速におれの中で理解が進む。
これはフラッシュバックってやつか?
この日このときにあいつが死んだことを、
おれが頭の中で思い出しているのか? リアルな実感をともなって。
(………………)
首がありえない角度に曲がってる。
そんな、
ついさっきまでこいつは、生きていたじゃないか。
「……なんでだよ」
おれはこの先、しょうもない人生をおくるだけ。
できることなら、ここでかわってやりたい。
こいつのかわりにこのおれが――――――!!!!!
「どうしたんだよ、急にたおれて。ハラでもへってんのか?」
え?
いったいこれは……。
「はやくしろって」
「いや……自分で……ああ、やっぱり、手をかしてくれ」
「よっしゃ。せーのっ」
あったかい手だった。
ちゃんと、血がかよっている。
「こら! トーマ!」
「へへっ」
背のひくいガキが、ミサの紫のワンピースのすそをめくって走ってゆく。
華奢で色の白い膝小僧がちらっと見えた。
追いかけっこはすぐ終わった。
ガキにヘッドロックをかけながら、ゆっくりもどってくる。
「じゃあ全員そろったし、いこっか」
にこっ、とおれに向かってほほえむ。
「ちょっ、ま、まてまて! ミサ、今日だけおれに班長やらしてくれよ」
「え? なんで?」
「いいから!」
どういうことなのかわからない。
だが、同じ結果にするわけにはいかない。
さっきはこいつが先頭を歩いていたから事故にあった。
「ちゃんとついてこいよ!」
「どーしたの。急にはりきっちゃって」
これでいい。
おれ、トーマ、あいつの順番。
あの車にさえ気をつければ。
「……おい、はやくいこうぜー。遅刻しちゃうよ」
「も、もうちょっとだけ」
おかしい。
あの信号無視の車はどこだ?
もうどっかに行ったのか?
(そうか。さっきよりはおそいタイミングな気がするしな。きっとそうだ)
「やっとかよ」
「ああ」
おれが一番にわたる。
つづいてトーマ。
「なにじっと見てんの?」
おれの視線に気づいて、あろうことか、ミサは横断歩道の真ん中で立ち止まった。
からかうような表情で、腕を組んで仁王立ち。
「は、はやくこいって」
「あせんなよポチ」
「はやく…………」
一歩ふみだしたそのとき、
視界のハシにあの車がみえた。
(うそだろ!)
まっすぐ、狙いすましたかのようにミサに向かってる。
あぶない。
「え?」
ミサが横をみる。
車に気づく。
とっさのことで体がうごかないのか、石像みたくかたまってしまった。
(くそっ! やるしかねぇ!)
おれが40の体だったら、たぶんダメだっただろう。
元気がありあまる小学生の体だったから、
まに、あった。
「…………」
「いったたた。な、なにがどうなったんだ?」
「ミサ。車は?」
「もういないけど」
体ごとダイブしてミサの上にのってたおれは、ごろんと横にころがった。
仰向けのまま、ミサはのんきに言う。
「あーあ。これお気にのワンピだったのに」
「やすいもんだろ。命が助かったんだから」
「あ。そっか。ってことは、ポチが命の恩人なんだね」
えっ。
おれの手をにぎる。
ふだんどおりの言葉と裏腹に、ミサの手は少しふるえていた。
「ありがと」
ヘンな感覚があった。
なんか白昼夢っていうか。
幽体離脱したみたいにおれの分身が浮き上がって、
そんでもってミサの体から何かを抜き取った。
旗だ。
そしておれの分身は、旗にささる棒をいきおいよく、真っ二つにヘシ折った。
すがすがしい、いい気分だった。
とても。
目をつぶって、すーっと大きく息をすいこむ。
「アンタ」
「え、えっ?」
「どうしたんだい、ぼーっとつっ立って」
おれの前には、台のハンドルをにぎるおばさん。
みなれたパチンコ屋の店内。
これは……。
ミサはどこへ行った?
あいつ、助かったのか?
「や、なんでも。すいません……」
その日を
幼なじみがどうなったのかはわからない。
(まーわかったところで、こんな状況じゃな……)
さすがにあわせる顔がない、ってやつ。
ナマポのギャンブルをやめても、クソみたいな人生は一ミリもかわらなかった。
そこから何日かしてスマホにヘンなメッセージがとどいた。
しばらくしたらそれは自動的に消えた。こう書いてあった。
――「死亡フラグは残り32」――
失礼系幼なじみには33の死亡フラグがたつ 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki
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