愛されたい私は、カノジョのすべてになる

棺あいこ

1 私たちの約束

 時間は夜の八時、私は街灯の下で寂しそうに下を向いている彼女に気づいた。

 女子高生がこんな時間に何をしているんだろう。普段ならそんなことすぐ無視したけど、あの日の私はそうできなかった。うちの制服を着ている女の子が、私と同じ顔をしていたから、きっと何かあると思っていた。


 なぜか、気になる私だった。


「ねえ、あんた城南高校の生徒?」

「…………」


 顔を上げた彼女は今すぐにでも泣き出しそうな顔をして私を見ていた。

 こういうのは苦手だけど、彼女と目が合った時、同じクラスの人だったことに気づいた。しかも、この前に転校してきたばかりの転校生。名前は覚えているけど、一度も話したことない人だった。

 

 でも、一つだけ私が知っているのはすごく明るい女の子だったってこと。


雪乃ゆきの……ちゃん?」


 私の名前知っていたんだ……。


「うん、姫宮ひめみやさん。そんなことより、こんなところで何をしているの?」

「ううん……。一応十時になるまでここにいないといけないから、暇つぶし……っていうか。そんな感じ」


 そう言いながら姫宮は苦笑した。


「じゃあ、うちに行く? そんなに遠くないよ。五分くらいかかるかも」

「いいの……?」

「うん」

「行く!」


 なんか、私らしくない。

 でも、たまにはこういう偶然があってもいいと思う。

 少しだけでもいいから……、誰かと一緒にいたい気分だったからね。最近、ずっとそうだった。


 上手く説明できないそんな感覚、あれがあってから定期的に鬱になる。

 私もどうしたらいいのか分からなかった。


 ……


 2L D Kのマンション、この広い家で私は一人暮らしをしている。

 お父さんはイギリスのI T会社で働いていて、お母さんはいない。

 というわけで、眺めのいいこの家で私はほとんどの時間を一人で過ごしている。こうやって誰かを連れてくるのは姫宮が二番目かもしれない。そして時間が経つとこの寂しさという感情も消えると思っていたのに、どうやらもう少し時間が必要かもしれない。


 そんな感情はとっくに捨てたはずなのにね———。


「うわぁ、すごい! こんなに綺麗な家で住んでるの? 雪乃ちゃん!」

「普通の家だよ」

「うちと全然違うから、えへへっ」

「帰る時間までゆっくりしてもいいよ、私も適当に本を読むから。あっ、テレビつけとく」

「うん!」


 家にいる時は普段勉強をしたり、本を読んだりする。私には友達がいないから。

 でも、今日はカフェで勉強をしたからソファで静かに本を読むことにした。そして姫宮を家に連れてきても私は彼女と会話をしない。学校にいる時もこんな感じ。私はクラスの隅っこで静かに勉強をする人だったから、友達などいらないってずっとそう思っていた。


 人間関係は難しいし、面倒臭いし、非効率的だ。


「…………」


 そんなことより私はちゃんとゆっくりしてもいいよって言ったはずだけど、どうしてさっきからこっちを見ているんだろう。そばで膝を抱えたままじっと私の方を見ていた。そんなに見られると本に集中できない———。


 そして何を言ってあげたらいいのか分からない。やっぱり難しい。


「な、何か話したいことでもある?」

「えっ? な、ないけど……」

「じゃあ、どうしてさっきから私の方を見てるの? 気になるから、テレビでも見てくれない?」

「雪乃ちゃん、近いところで見ると……すごい美人だね」

「…………」


 馬鹿馬鹿しいことを……。

 私なんかより姫宮の方がもっとモテるってことを私は知っている。姫宮ひめみや花美はなび。私はあまり気にしていなかったけど、クラスの男子たちがいつも「可愛い可愛い」って話していたから、なんとなく彼女の存在を意識するようになった。


 可愛いナチュラルボブの髪型や小さい顔、大きい瞳、そして薄桃色の唇。

 茶色に近いその髪の毛はギリギリ校則を守っているような感じで、特に透き通るような白い肌がすごく魅力的な人。それは遠いところで見ても分かる。そして一人で廊下を歩くとすぐ男子たちに声をかけられる学校の人気者。私とは別の世界に住んでいる人だった。


 いわゆるアイドルみたいな存在、可愛い系の女の子だった。

 そんな人に私は今「すごい美人」って言われた。


「ありがとう」

「えっ!? それだけ? もっとなんかいろいろ話してくれると思ったのに……」

「姫宮さん、私は姫宮さんが考えているような明るい人じゃない。これが私だよ」

「それなら! 私もそうだよ!」


 なんか、さっきから顔が近いけど……。

 姫宮、二人っきりの時は距離感がおかしいね。


「どこが……?」

「私! 今だから言えることだけど、実は学校にいる時にめっちゃ無理しているの。へへっ」

「なんでそんな面倒臭いことをするの?」

「そうしないと……、みんなに愛されないから」

「そう?」


 ちょっと冷たい答えになっちゃったけど、私には難しいことだから。

 誰かに愛されるために無理をするなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことをする理由が分からない。同い年の女の子はみんなそうなのか? たくさんの人たちに好かれるために無理をしているのか? そこまでする理由はないと思う。


 少なくとも私はそう思っていた———。


「というわけで! 私、雪乃ちゃんと友達になりたい」

「断る」

「どうして?」

「私は友達いらないから」


 ショックを受けたような表情、姫宮はその表情を隠せなかった。

 でも、友達なんかいてもいなくても同じだから、私はそんな人生に慣れている。

 今更、友達ができても嬉しいとは思わない。


「じゃあ、どうして私を家に連れてきたの? 私はてっきり友達に———」

「そこに偶然同じクラスの人がいたから、そして制服を着ていなかったらそのまま無視したはず」

「そうなんだ……。私、雪乃ちゃんとずっと話してみたかったよ」

「なんで?」

「雪乃ちゃんならありのままの私を受け入れてくれると思ってね」

「なぜ、そう思うの? 一度も話したことないよね? 私たち」

「だって、雪乃ちゃん。……、私もそうだからね。私たち似ている」


 その話を聞いて、少し腹が立った。

 なぜ……? 私はずっと普通を演じていると思っていた。誰にもバレないと思っていた。あんな人がいなくなっても、私は普通に生きていけるとそう思っていた。今までずっとそうだったから、何もなかったように普通を演じていたはず。


「…………違う?」

「…………」


 とはいえ、今日は誰かと一緒にいたい気分だった。

 定期的に鬱になるから。

 私自身もいつの間にかそう思っていた。


 実は寂しいくせに強がっていた。

 無視していい人をわざわざ家に連れてきた理由を私は知っているはずなのに、私の思考は今矛盾している。


 なのに、それを否定しようとしていた。


「何が分かる? 私の何が分かる? ただ友達なんかに興味がないだけ、私は寂しくない」

「私の周りにはいつもたくさんの人がいるけどね。知ってる? その中には一人もいないの。本当の友達が。寂しいか寂しくないのかは分からないけど、ぼっちなのは一緒だと思う」


 知っている。

 でも、私が欲しがっていたのは友達なんかじゃない。


「…………」

「友達が嫌なら、特別な関係になるのはどう?」

「特別な関係?」

「そう! 特別な関係。私と契約みたいなことを結ぼう。雪乃ちゃん」


 いきなり、わけ分からないこと言い出して、少し慌てていた。

 でも、本気で言っているような気がして、読んでいた本をソファに下ろした。

 その特別な関係はなんだろう。


「私……、ほぼ毎日さっきみたいに外でぼーっとしているからね。十時になるまで雪乃ちゃんの家にいたい! その代わりに私のことを好きにしてもいい! どう……かな?」

「…………」

「家事とか! えっと、買い物もできるし! いろいろ……役に立つと思うけどぉ」

「それが特別な関係……?」

「な、なんなら! それ以外にも! えっと、なんでも……言う通りにするから!」


 正直、姫宮が持ち出したその契約はどうでもいいつまらない話だった。

 でも、最後の言葉が少し気になる。言う通りにするってことはそういうことも含まれているのか、そしてどうして私なのか気になる。私じゃなくても、たくさんいるはずだから。姫宮は可愛いから———。


「そう?」

「うん!」


 私は人をあまり信頼しない。

 だから、その話が本当なのかどうか試してみたかった。


「本当に……、私の言うこと全部聞いてくれるの?」

「うん……! なんでも!」

「うん、分かった」


 そう言いながら私は制服のリボンを解いた。

 そしてブラウスのボタンを上から二つ外す。


「姫宮さん」

「う、うん……?」

「今から私の言う通りにするなら、この家にいさせてあげる。嫌なら帰ってもいい」

「う、うん……」

「ここ、舐めてみて」


 私は指で自分の首筋を指した。


「い、いいの……? そんなところ……」

「うるさいから早くして。できないなら、帰ってもいい」

「や、やるから……!」


 ソファの背もたれに寄りかかって、だんだん近づいてくる姫宮に目を閉じた。

 本当に……そんなことできるの? なぜ、そこまでするのか分からなかった。私がさせたことだけど、普通ならこんなことしないから。気持ち悪いからやらないと思っていた。私はどれだけ寂しかったんだろう。


 バカみたいだ。


 そして首筋から生暖かい舌の感触が感じられる。

 その感触がとても気持ちよくて、癒されるような気がした。


「…………うっ」


 そう、このキスされているような感覚。

 そのまま息を我慢していた。


「…………」

「雪乃ちゃん……、可愛い……」

「う、うるさい……。早くして」

「うん……」


 そのまま軽く首を噛んだり、吸ったりして、姫宮……変なスイッチが入ったような気がする。

 そしてもう我慢できなくて思わず彼女の肩を掴んでしまった。


「…………ス、ストップ!」

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