第一章 それぞれの旅たち ~シュザンヌとハンス~
シュザンヌとハンス
聖なる二人のトリステス~月明かりの夜、君と~
第一章 それぞれの旅立ち ~シュザンヌとハンス~
イブハール歴、5012年の冬。メルバーンの国のとある街角で、一人の少女が、凍えながら誰かを待っていた。彼女の吐く息は白い。正午だというのに、太陽は顔を出さず、しんしんとただ雪が降っている。
しばらくして、積もった雪をザッ、ザッと駆けてくる足音がし、一人の青年が姿を現した。
「シュザンヌ!」
と、その青年が息を切らしながら、その少女の名を呼んだ。とたん、少女……シュザンヌの顔がぱっと明るくなった。
「来てくれたのね、ハンス!もう、私10分も待って、死にそうなぐらい寒かったんだから……」
「わりぃわりぃ、シュザンヌ。父さんの鍛冶仕事の手伝いが長引いてな。それに……」と言って、ハンスはカバンからあるものを取り出し、シュザンヌの眼前に突き付けた。
「これ……」とシュザンヌが見つめる。
ハンスがシュザンヌに手渡したのは、バラの花束であった。赤色と、白色の、見事なバラの花。あふれんばかりに、咲いている。
「これ、私に…?」
「他に誰がいるってんだよ」と言って、シュザンヌに花束を半ば押し付けるように手渡して、ハンスは笑った。
「俺たちが婚約してから、今日で一年だろ。その記念に、さ」ちょっと照れ臭そうに、ハンスが鼻をかきながら言った。心なしか、頬が赤い。寒さのせいだろうか?
「ありがとう、とっても嬉しいわ、ハンス」
「君が喜んでくれるなら、俺はそれでいいよ」と、ハンスが言って、カバンから懐中時計を取り出した。
「んじゃあ、シュザンヌ、今日俺を呼び出したわけってのを、どっかのカフェででも、聞かせてもらおうか……?」
「うん、そうね」
今回の待ち合わせは、そもそもシュザンヌがハンスに申し出たものだった。二人は幼馴染で、小さい頃から、家が近くだったのもあり、仲が良かったのだが、昨年の冬、ついに、二人は婚約という形におさまったのだった。
二人は、街のカフェでコーヒーを飲んで温まっていた。店内は、土日だからか、多少混みあっていたが、二人は数分待っただけで、幸運にも座ることができた。
「実はね、ハンス……」と、巻き毛の金髪をくるくる指でいじりながら、シュザンヌは思い切ったように言った。
「私、旅に出ようと思うの。あなたは、反対すると思うけど」
「……旅に……?まさか、お前、エルフたちが毎年公募する、あの、褒賞つきのお宝さがしイベントに参加するのか?俺と婚約して、結婚式も今年のいつかに控えてる、お前が?」
シュザンヌは、顔を真っ赤にして、こくん、と頷いた。
「……」
ハンスは、腕組みをし、うーんと唸った。
「確かに、お前は魔法使いの家系の出で、俺より魔法には数段詳しいし、フェリクス先生のもと、魔法占いのプロに近い実力を持つ、れっきとした魔法使いではあるが……。もちろん、非戦闘系の公募に、応募するつもりなんだろうな?」
「……」
「ん?なんだ、その空白」
「……実は、ドラゴンの公募に、応募するつもりなの」消え入りそうな声で、シュザンヌがテーブルを見つめながら、言った。
ハンスが、飲みかけていたコーヒーを、ぶっと吐きそうになった。
「は?ドラゴン?お前、そりゃあ思いっきり危険伴う公募じゃねえか…!」
「まあ、そうだけど」
「なんでまた、ドラゴンに」ハンスが、やれやれ、というようにコーヒーのマグカップをテーブルに置いた。
「何かあったら、お前の占い魔法じゃあ、戦闘に向かないから、どうしようもないだろうに」
「それは百も承知よ。だけど……」
「ん?」
「……わけは、言えないけど。でも、私は、どうしてもドラゴンの髪の毛一本を手に入れる公募に、応募したいの。チャレンジするつもり。もう決めたのよ」
「待て待て。まさか一人で行くつもりじゃああるまいな?」
「もちろん、一人ではいかないわ。ノエリアがついてきてくれるって、言ってくれたもの」
ノエリアというのは、シュザンヌの女の子の友達であった。
「そうか。って、ちょっと待て、ノエリアは魔法使えないだろ!そのうえ、剣術も知らない」
「……旅は、1年ぐらいで、終えて、この街に帰ってくるつもりよ。そしたら、あなたと結婚できるわね」
「……」頭痛を覚えつつ、ハンスは困ったように目をつぶった。
「何が目的かは知らないが、お前のチャレンジは応援したいと思ってる。俺から一つ、条件をつけるぞ。あいつだ……クロード!クロードを、連れていけ。それなら、旅に出てもいいし、まあ、諸国を巡って、楽しんでくるといいさ。ドラゴンの里までたどり着けるかは、分からんが」
「あのねえ、私は遊びに行くつもりじゃないのよ。真剣に、ドラゴンの髪の毛一本が、欲しいの」
「それなら、なおのことクロードと行くのは、うってつけだな」
シュザンヌは、コーヒーを一口のみ、想像した。メルバーンの国の西にある、マグノリア帝国に住む、血のつながった、いとこのことを。彼は、確か15の時から、帝国の王宮で、警護の任務についていたこともある、実力のある手練れの魔法使いだった。
「そうね!クロード、今は王宮の任務も一息ついたって、この前手紙で連絡があったわ」
「そうか。ならちょうどいいな。決まり、今回の旅にはクロードを連れていけ。クロードがついているなら、俺も安心できるからな。あいつは、女遊びもしない真面目な性格だし」ハンスはニコニコと笑った。
「そうそう、シュザンヌ、俺もお前に報告。俺も、ちょうど一週間前ぐらいに、ちょっとある変化があってだな」
「何?」
「実は、色々とあり、俺はお前より先に、旅に出ることに決めてたんだ。言えなかったけど。本当は、来週の旅立ちの時に、お前にこっそり告げてひっそりと出かけるつもりだったんだが、お前から報告を受けて、今言うことにした」
「あなたが?ハンスが?」シュザンヌが呆然とする。
「なんだよ、そんなに驚くことか?」
「まさか、あなたも褒賞目当てに、公募に応募するの?」
「そうだよ」フフン、とハンスが不敵にほほ笑む。
「これは、重大な俺に課せられた使命なんだ」心なしか、ハンスのテンションが上がってきているようだ。
「何の公募に応募するの?」
「聞いて驚け!俺は、シーサーペントのうろこを、手にいれに、死霊の国に行ってくる!」
ハンスの声を聞いたカフェの利用客が、いっせいにハンスの方を向いた。カフェが、一気に静まり返った。
「……は?ハンス、今、なんて?」
「だから、俺は、死霊の国に行ってくる、って言ったのさ」そういうハンスは、やる気に満ち満ちていた。カフェのにぎやかさが、戻った。
「何言ってるの、ハンス。死霊の国って言ったら、闇の魔法使いや、亡霊がさまよう、行ったら二度と帰ってこれないって噂の国じゃない!しかも、シーサーペントですって?死霊の国で、航海をするつもりなの?」
「お前だって、ドラゴンの髪の毛一本が欲しいだなんて、結構な無茶を言ったばかりだろ」
「……でも。死霊の国に行くには、まず魔法使いじゃないと。あなたの剣の腕は、疑ったりしてないわ。けど、あなた、魔法を知らないじゃない!」
「まあな」ハンスが苦笑いをした。青い目がきらっと光る。
「けど、まあ、ある“あて”があってだな……切り札っつかー……」
「どんな?」
「それは内緒!旅立ちの日に、教えてやるよ」と言って、ハンスはニコニコと笑った。そして、コーヒーを一気飲みして、ウェイターに、お代わりを注文した。
「それより、旅の話は抜きにして、俺たちの今後の話をしようぜ!結婚式の段取りとか、日程決めも、してもいいし……」
「まあ、それは、お互いの旅がひと段落ついてからじゃないと、難しいでしょうね」と、シュザンヌは笑った。
「それもそうだな。でも、イメージするぐらいは、いいだろ?俺は、この町に伝わる花嫁衣裳を着ている君が、見てみたいよ」と、ハンスがやや真剣なまなざしで言って、ウィンクした。
「死んだ母さんの花嫁衣裳のドレスがしまってあるって、叔母さんが言ってたけど。私は、新しい自分のが欲しいって、叔母さんに言ったわ」
「そしたら?」
「それなら、式までに、貯めていたお金を使って、一緒に街でショッピングして、仕立て屋さんに仕立ててもらいましょう、って叔母さんが」
「そうか、よかった」
「それから……」
二人の話題は、式のことから、やがてクロードのことへと移っていった。
「すげえよなあ、クロードは。もともと優秀だったのは知ってるけど、まさか帝国の警備にあたる任務に抜擢されるまでになるなんてなあ」
「そうね。同じいとことして、誇らしいかも」
「クロードの方はどうなんだ?結婚とかの予定はないの?」
「今年の夏、我が家に遊びに来たけれど、興味ないって。それよりも、お仕事の方を、頑張りたいみたい」
「そうか、あいつらしいっちゃあ、あいつらしいな」と言って、ハンスは笑った。
「まあ、俺たちは俺たちで、来年こそちゃんと正式に式をあげて、そんで、二人で幸せに暮らそうぜ……!」
「そうね、でも……私のトリステスがね……」
”トリステス“。それは、魔法使いの家系に稀に現れる、遺伝性の病気であった。その病気を受け継いだ者は、魔法を使うたびに寿命が減っていき、たいていの場合、30歳を迎える前に、死ぬ運命にあった。シュザンヌの両親もこの病気にかかっており、彼女が幼い頃、二人は亡くなった。孤児同然になった彼女を育て、守ってくれたのが、シュザンヌの叔父と叔母であった。そうするよう、生前、シュザンヌの両親から、頼みを受けていたのだった。
「わーってる。けど、心配すんな、シュザンヌ。俺がどうにかしてやっから」
「まさか、ハンス、あなたそのために死霊の国なんかに……?」
「あたりめーだろ?俺はお前を愛してる。愛してる人を守るのが、当然だろうが」
「……それなら、心配しないで、ハンス。私が旅に出るのも、トリステスを防ぐためなのよ。だから、私とクロードに任せて、あなたは行かなくていいわ。危険すぎるじゃない」
「シュザンヌの応募する公募の褒賞は、何なの?」
「トリステスが、子供に遺伝するのを、防いでくれるんですって。エルフの医者が、薬の材料になるドラゴンの髪の毛一本を手に入れるために、それを褒賞にしたらしいの。めったに出ない条件よ。私、このチャンスを逃さない、と思って、それで決心したの」
「なるほどな。けど、それだと、子供は助かっても、お前が死んでしまうことに、変わりはないわけか」
「……まあ、そうだけど。トリステスを治してくれるエルフの医者なんて、そうそういないわ。高額なお金がかかるって、聞くし」
「俺が応募する公募が、それなんだけど」と言って、ハンスが笑う。
「え?」
「シーサーペントのうろこをゲットしてくる代わりに、トリステスを一人、完全に治してくれるって、イブハール(エルフの住む国)の王女様じきじきの仰せだ」
「……だから、そんな危険な任務に行くわけ?」
「そう」
「……」
「まあ、シュザンヌ、俺にはとっておきの“あて”があるから。心配には及ばないぜ。それより、お前は自分の心配でもしておけよ」
「……私がドラゴンの里に行くから、あなたは行かなくていいのに……」
「それだとお前が助からない」
「いいのよ、私のことは」と、シュザンヌが目を伏せる。
「よくないよ。俺は、誰よりも、君と一緒にいたい。だから、まあ、俺のことも、少しは信じてくれないか」
「……無茶だけは、しないでよ」
「お互い様、な」ハンスがほほ笑む。
二人のお茶会は、それにて終了となった。
雪道を手をつないで歩きながら、二人は無言で歩いた。
シュザンヌは幼少期を思い出していた。両親のお葬式。トリステスは、魔法を使わなければ進行しないというものでもない。魔法使いならば、自然と体に魔力が宿っている。それを使っても、使わなくても、寿命に大した差は出ない。だから、シュザンヌは、自然と、両親と同じ”魔法使い”になる道を選んだのだった。
シュザンヌの家の前に来て、ハンスは空を見上げた。
「この雪空に、誓うぜ。俺が、お前を救って見せるって」
「ハンス……」
「ま、お互い、旅に備えるとするか。んじゃあ、今日のところは、これで。俺は、ちょっとやることもあるから」
「バラ、ありがとうね」
「気にすんな。じゃあな」と、手を振って、ハンスは雪道に消えていった。
シュザンヌの緑の瞳が、少しうるんだ。ハンスはいつだって優しい。こうして贈り物もくれるし、シュザンヌが落ち込んでいると、いつも励ましてくれた。
今も、ハンスとちょっと別れるだけだというのに、なんだか心の奥が寂しさで痛くなる気がした。
「ちょっと大げさかしら」、とシュザンヌは心の中でつぶやき、それよりも、クロードに連絡をとらないと、と思い直して、叔父と叔母の家に駆けこんだ。
「ただいま、叔父さん、叔母さん!」
「あら、シュザンヌ!ハンスと会ってきたのね。どうだった?」
「旅のこと、一応オーケーもらえたわ。でも、クロードを連れて行くことが、条件ですって!」
「あら、クロードを」と、叔母のルミアがあっけにとられた。
「そうね、それはそれでいい提案ね。ハンスらしいわ。クロード、確か、今冬季休暇中らしいけど」
「早速、手紙を出してみるつもりよ」と、シュザンヌが二階の自室に駆け込んだ。クロードは、シュザンヌの母の弟の子供だった。シュザンヌの母が三人兄弟の一番上で、二番目がルミア、そして三番目が、クロードの父であった。
シュザンヌは部屋に入ってドアを閉め、自分の机に向かった。羽ペンで、インクにつけて書く。彼女はいとこである、一つ年上のクロードの顔を思い浮かべた。すらっとした体に、茶色の髪に、茶色の目。最近の彼は、会うたびに、立派な魔術師の証である、警護担当の魔術師用のコートを着ていた。これでも昔は、ともによく遊んだものだが、なんだかすっかり立派になってしまった……と、シュザンヌは一人、考えた。
「クロードへ」と、彼女は書き始めた。
「クロードへ。夏に会って以来ですが、お元気にしていますか。こちらは家族みんな元気です。今冬季休暇中と聞いています。実は、毎年この時期になって、エルフが人間に出す”公募“一覧の張り紙を、町の広場で確認してきました。例年通り、1000件近くの公募があった中、私はすべての張り紙を見たんだけど、その中で、去年、一昨年はなかった、トリステスを子供に遺伝させない治療をしてくれるという条件のものが見つかりました。対価として、ドラゴンの髪の毛一本を要求してきています。私は、ちょうどハンスと去年婚約して、時期的にも、これがラストチャンスと思って、この公募に応募することにしました。親友のノエリアも、ついてきてくれるって。ノエリアって、あなた覚えてるかしら?幼い頃、少し一緒に遊んでいた、ノエリアなんだけど。彼女、魔法も剣も使えないけど、でもついてきてくれるって。私としても、心強いから、彼女にはついてきてほしいの。それから、このことをハンスに話したら」
と、ここまで書いて、彼女は少し思い出し笑いをした。あきれ顔のハンス、続いて自分を心配してくれたハンスの顔を。
「……このことをハンスに話したら、クロード、あなたを一緒に連れて行くなら、旅に出る許可を出そう、と言ってくれました。そう、あなたよ。でも、あなたは、警備の任務についてて、忙しいかしら?任務の方は、とりあえず4年間続けてて、ひと段落ついた、って前聞いたけど、そこらへん、都合はつきますか?一応、旅の方は、1年以内には終わらせて、帰ってくる予定です。早急に、お返事待っています。シュザンヌ」
ここまで書いてしまうと、彼女は一息つき、手紙に蝋燭で封をして、家から出て、表通りへと向かった。そこの郵便局で、手紙を出し、彼女は速達でマグノリア帝国へ出してくれるようにと、頼んだ。
「かしこまりました、お嬢さん」と、茶色いベストを着た、少し年配の局員がほほ笑んだ。
「帝国にご親戚がいるんですか?」
「ええ、いとこがいまして。優秀ないとこなんです」と、シュザンヌは少しはにかんだように笑った。
カランコロンと、ドアを開けるときのベルの音がして、彼女は郵便局を出ると、表通りをゆっくりと歩いて行った。ノエリアに会うつもりだった。
道路には、馬車が行き交い、街頭が、少し薄暗いメルバーンの街並みを照らす。まだお昼の3時なのだが……。太陽が、雪雲に隠れているからだろうか。
茶色や黒のフロックコートを着た、紳士や婦人と頻繁にすれ違った。クリスマスが近いからだろうか、みんな休暇をとっているようだ。メルバーンの国には、魔法使いはそんなにいない。人口の10%満たないぐらいだろうか。一般市民と魔法使いは、うまい具合に共存していた。
一方で、隣のマグノリア帝国には、優秀な魔法使いがたくさんいた。聞くところによれば、人口の40%が魔法使いらしい。クロードも、その一人、というわけだ。
シュザンヌは、15分ほど歩いて、親友・ノエリアの家にたどり着いた。家のベルをならす。
「あら、シュザンヌじゃない。よく来たわね」と、ノエリアの母が顔を出した。
「こんにちは、おば様。ノエリアは、いますか」
「ええ、家にちょうどいますよ。今日は、学校もお休みだしね。よければ、入る?」
「はい、おじゃまします」と言って、シュザンヌは黒のコートを脱ぎながら、アパートの一室……2階にある、ノエリアの家に入った。シュザンヌの家は一軒家なのだが、ノエリアの家は、6階建てのアパートの2階にあった。
「こんにちは、ノエリア」と、シュザンヌがノエリアに声をかけた。
「あら、シュザンヌじゃない」と、ノエリアが自室から出てきて、笑顔で出迎えてくれた。
「では、ごゆっくり」と、ノエリアの母が笑顔で居間に消えていった。
ノエリアの部屋に入ってしまうと、たちまち二人は一気にしゃべりだした。
「で、ハンスに話してみたのね?」
「そうなの。そしたらね、ハンス、“まあドラゴンの里につくのは無理かもしれないが、諸国を旅して楽しんできたらいい”とか言うのよ」
「まあ、それももっともかも。あなたがいくら占い魔法に秀でているからって、それじゃあ戦いには厳しいもんね」
「まあ、聞いてちょうだい、ノエリア。続きがあるのよ。ハンスがね、クロードを連れて行ったらどうかって。というか、クロードを連れて行ったら、旅に出る許可を出すって」
「クロード?でも、彼、今王宮で警護の任務についてるんじゃなかった?昔は、ハンスも含めて、4人でよく遊んだわよねえ……」
「今、彼、休暇中らしくて。私、さっそく手紙を出してきたわ。速達でね。明日か明後日には、届くんじゃないから。クロード、なんて返事くれるかしら」
「そうね、楽しみね」
「私、明日はフェリクス先生のところで、魔法の指導を受けるんだけど。もう先生が言うには、占い魔法にかけては、教えることはもうほとんど教えたって。だから、旅にでるには、ちょうどいいタイミングだって」
「そうね、あなたの占い魔法なら、旅でも役に立つこともあるでしょうし、旅から帰ってきても、占い魔法で十分食べていけるわね。占いグッズを売ったり、魔法で占ったりして、食べていけると思うわ。占い魔法使いって、志望する人、あんまいないもの」
「ありがとう、ノエリア」
「私も、旅に向けて、荷物を整理中なのよ。トランクケースに入るかどうか」と言って、ノエリアは、部屋の隅にある、茶色の、四角い旅行鞄を指さした。
「ノエリア、荷物はなるべく少なくしてちょうだいね」
「ええ、分かってるわ。でも、ドラゴンの里まで、大分距離があるでしょう?お洋服も、何着かもっていかないといけないわ。ドレスが、何着あっても足りないわね」
「ノエリア、その点なら心配いらないわ。5~6着あれば、足りるんじゃないかしら。それに、クロードが仮についてきてくれるなら、彼が魔法で、衣服を圧縮したり、洗濯してくれたりしてくれると思うから……」と、二人は、旅の準備のことで、話を進めた。
ノエリアの家を出て、シュザンヌは自分の家に向かった。
ハンスは、やることがあると言うが、いったい何なんだろう、と思った。
「あて」があるとも言っていたが、なんだか怪しい気がした。
「ハンス、本当に大丈夫かしら……。やっぱり、死霊の国になんて、行かせるわけには行かないわ。ハンスが死んだら、元も子もないじゃない。彼を失ったら、私、どうやって生きていけばいいわけ?」
彼女は、自宅に戻るという選択肢を改め、ハンスの家に向かうことにした。
しかし、どうせ行くなら、クロードからの手紙の結果が届いてからでも遅くない、と思い、ハンスの家に行くのはやめておいた。ハンスは、色々とやることがあると、言っていたし。
彼女は、自分の家に帰ると、二階の自室で、叔母さんが買ってきてくれた、昔からある木製の籠の中に眠っている自分の相棒を見やった。
相棒は、すやすやと寝息を立てている。
「ステファン、ロロ……」
シュザンヌは、そっと手を伸ばし、眠っている二匹のカーバンクルの背中をなでた。
ステファンは眠ったままだが、ロロは目を覚ました。
たちまち、ロロが「ミャア」となき、シュザンヌの手を伝って、肩に飛び乗った。
「今日の餌、二回目、まだだったわよね。ごめんね、ハンスとノエリアに会ってきたから、遅くなっちゃった。今、あげるからね」
シュザンヌは、ロロを肩にのせたまま、自室のクローゼットへ向かった。そこに、餌がしまってあるのだ。
ステファンとロロは、シュザンヌの両親がもともと飼っていたカーバンクルから、生まれた双子の子供だった。普通、カーバンクルの額には赤い宝石がついているのだが、この双子には、青い宝石がついていた。毛並みの色の違いで、シュザンヌには二人の区別がついた。
「ステファン、ロロ……あなたたちの、力を借りるときが、来たかもしれないわね」
と、彼女は二匹に語りかけた。ステファンが、片目を開けて目を覚ましたようだった。
次の日。シュザンヌは目覚まし時計のベルで目が覚めた。朝日がベッドに差し込む。
そう、今日は彼女の魔法の師匠からの、最後の授業の日だった。彼女は、両親が生前に指定していた、フェリクス先生のもとに5歳の時から通い、個人授業を受け、さらに7歳から15歳までは、並行して、普通の、魔法とは関係のない学校に通っていた。ノエリアと同じ学校だ。ノエリアは、魔法を受け継いでいなかったので、学校卒業後は、高等学校へと進学した。シュザンヌは、学校卒業後、フェリクス先生からの魔法指導を、量を増やして教えてもらっていた。
彼女ももう17歳であり、旅に出ることも、フェリクス先生には告げていた。
彼は、ハンスとは違い、5歳の時から知っている愛弟子の実力を認めていたため、あっさりと旅に出ることに対し「OK」を出したのだった。ただし、「本当に危険だと感じたら、すぐに引き返すこと」というのが、条件ではあったが。
個人塾で魔法を主に学んだシュザンヌと違い、いとこのクロードは、メルバーンからマグノリア帝国に6歳のころ引っ越したのち、7歳から、帝国の魔法学院に入り、以降14~15歳まで、学院で研鑽を積んだと聞いている。そもそも魔法使いの人口が多い帝国には、メルバーンにはほとんどない“魔法学院”が、各地域にたくさんあった。
クロードが入学したのは、住んでいた地域が首都だったのもあり、かなり有名な魔法学院で、その中でも、彼はトップクラスの成績を持っていたらしい。だからこそ、15の卒業後、王宮の護衛任務のチームに抜擢されたのだ。クロードは、魔法学院に入る前は、シュザンヌと同じ、フェリクス先生のもとで彼女と同じように魔法を学んでいた。
彼女は朝ごはんを食べ、約束の9時には、家から20分ほどの、フェリクス先生の営む個人魔法塾に到着していた。
シュザンヌの他にも、生徒が数名おり、指導する先生も、2~3人はいた。
「シュザンヌ!フェリクス先生が中でお待ちだよ」
と、今日の、学校が冬休み中の小学生を指導する、若い講師であるマルセル先生が爽やかに言った。
「おはようございます、マルセル先生。はい、会いに行きますね」とシュザンヌは言って、下級生たちを眺めつつ、教室の奥の部屋へと入っていった。
シュザンヌが奥の教室――第二教室へと入ると、その安楽椅子に、フェリクスが座っていた。先生は40~50代で、シュザンヌを見てとると、椅子から立ち上がり、笑顔で彼女を迎え入れた。
「やあやあ、シュザンヌ、来たね」
「おはようございます、先生」
「おはよう。昨年、君がハンス君との結婚を決めて、婚約してからというもの、今年でレッスンは終了する予定のカリキュラムで組んできたが、それも今度の旅に役立ちそうで嬉しいよ。君は、占い魔法だけでなく、一般の魔法にも浅く広く触れさせてきたつもりだから、その知識もきっと役立つだろう」
「先生、その”旅“のことなんですが。ハンスに話したら、クロードを連れて行くならいい、と彼が言ったんです」
「クロード……そうか。彼を。懐かしいね。今も、王宮で警護の任務にしっかりと就いていると聞いているが」
「はい。彼にも、昨日速達で手紙を出しました。早ければ、明日か明後日にでも、返事をくれるでしょう」
「そうか。彼がついてきてくれるなら、旅の成功度を格段に高めることができるだろう。ハンス君も、いい判断をしたね」
「はい。でも先生、なんでもハンスまで旅に出ると言うんです。それも、シー・サーペイントのうろこを取りに、死霊の国に行くなんて言うんです!」
その言葉に、フェリクスは一瞬凍り付いたように立ち尽くした。
「死霊の国、か……。その公募なら、私も見たよ。なんでも、シュザンヌ、君の病気を完全に治せるらしいな。しかし、そのクエストにハンス君が……。彼は確か、魔法が使えないと聞いているが」
「そうです。魔法使いの家系でもないはずです」と、シュザンヌは半ば懇願するように先生を見た。
「このままじゃ、ハンス、死霊の国で確実に死んでしまいます……彼は、何か”秘策がある“とか言ってましたけど。先生、どうにかならないでしょうか?」
「うーん、確かに、魔法が使えない者が、死霊の国で、闇の魔法使いや、死霊、亡霊たちとやりあうのはつらいところがある。いくら剣の腕がたつと言ってもな」
「そうですよね?」
「そうだな。しかし、ハンス君がそういうのなら、何か本当に“策”があるのかもしれん。それは、彼のみぞ知る、だが。彼に、その秘策について、聞いてみることはできないのかね、シュザンヌ?」
「はい、私聞いてみたかったんですが、“旅立ちの日になったら教える”とか言ってました……でも、今日にでももう一度、聞いてみてもいいかもしれません。今日が無理なら、明日にでも」
「そうだな」
二人はそのあと少し会話をしたのち、いつもの魔法のレッスンに入った。
「今日が最後だ、シュザンヌ。旅は一週間後と聞いているしな」と、フェリクス先生が言った。
「はい」
「今日最後に教えるのは……。死霊の国に使えるものにしよう、と思う。私はかつて若い頃、一度だけ死霊の国に行ったことがある。その時は、私の師匠と一緒に行ったのだが。いいか、死霊の国では、光をともすことだけは忘れるな。死霊の国は、亡霊がうずまいており、いつでも濃い霧が発生していて、すぐに道を失ってしまう。だが、灯りをともしていれば、悪い生き物は恐れをなして、あまり近寄ってこなくなるし、灯りを頼りにしていれば、方角がおのずとわかる」
フェリクスは、右手の手のひらを上にをかざして、目を閉じ、「来たれ、イフリートの炎よ」と言った。その言葉とともに、手のひらの上に、勢いよく小さな……それでいて、生命力あふれる炎が宿った。ちらちらと、炎の影が教室の中を照らす。
「君には、精霊を使って炎を宿す術なら、すでに教えてある。シュザンヌ、君がブリギットの炎を借りているように。だが、これから今日教えるのは、精霊の力を借りる炎とは違う炎だ」
「今までとは違う、灯りのともし方、ですね……」
「その通り。普通の精霊がもたらす“炎”では、死霊の国では不十分だ。だから、君は、死霊の国では、このように、星の力と自らの心の光を借りて炎を宿す必要がある」
言いながら、フェリクスはイフリートの炎を消した。
「ミトラ、ミトラス、グレイン……この文言のあとに、君の好きな星座の星の名前を、唱えるといい。私は、リゲルを選んでいるが、君は、何にする?」
シュザンヌは、フェリクスの言葉に、少し悩んだようなそぶりを見せた。
「なるべく、いい思い出……希望の出てくるような思い出と結びついた星を選ぶといい」と、フェリクスが助言を出した。
「……それなら……」
と、シュザンヌが、はにかんだように笑いながら言った。
「それなら、アルデバランにさせてください。……幼い頃、ハンスと、一緒に、望遠鏡を持ち寄って、天体観測をして、二人で見つけて、一緒に喜んだ記憶のある星だから」
「そうか」と言って、フェリクスはほほ笑んだ。
「いいんじゃないか、アルデバラン。明るい星だし、冬のダイヤモンドの一つを構成する星でもあるからな」
「はい」
「よし、それじゃ、さっきの文言、まあ、“光の神よ、穀物を豊かに実らせたまえ”のような意味を持つが……ミトラ、ミトラス、グレイン……のあとに、数秒おいて、“アルデバラン”と唱えるんだ。さっきの星にまつわる思い出に限らず、今までにあったいい思い出をたくさん、心のうちに思いながら、言うんだ」
「はい」
「さあ、やってごらん」
シュザンヌは、フェリクスから指示された通り、
「ミトラ、ミトラス、グレイン……アルデバラン……」
と言って、目を閉じて、今までの楽しかった記憶や嬉しかった記憶を心の中で描いた。ノエリアとの思い出、それにハンスとの思い出。何よりうれしかった、ハンスからの婚約の言葉……プロポーズの言葉……
とたん、文言とシュザンヌの体に流れる魔力と、心の中のイメージが結合して、シュザンヌの差し出していた手のひらの上に、白い光が宿った。今までの、精霊が呼び出す”赤い炎“ではなく、星らしい”白い炎“である。それは、小さいが、確実にメラメラと燃えている。
「うん、いい感じだ。それでいい。いいかい、シュザンヌ、今の文言をよく覚えておくんだ。これは、そんなに魔力を消費しないから、長時間使用しても大丈夫だ。この魔法で、いつか死霊の国に行くことになったら、使うといいだろう」
「ありがとうございます、フェリクス先生。でも、それって……」と言いかけて、シュザンヌは言葉を切った。
それって、いつかは、ハンスの旅にも私が同行することになるってこと?と言いかけたのだ。
「未来の伴侶のピンチに駆けつけるのも、妻の役目だろう?と思ってな、未来の花嫁さん」
と言って、フェリクスは笑った。
「先生……」と言って、シュザンヌは照れ笑いをした。
「でも、本当に、この呪文は、必要になるときがきそうですね。特に、ハンスって、少し無茶をして危なっかしいところがあるから、私が少しでも解決策を知っていたら、役に立ちますよね」
「そうだな。ハンス君には、そういうところがある。良くも悪くも」
「先生、他にも、死霊の国で役立ちそうなこと、教えてください」
その後、2~3時間ほど、シュザンヌはフェリクスからいくつかの呪文をならった。
彼女は、それをノートに書き、大事そうにカバンにしまった。
一方、マグノリア帝国、午後2時。冬季休暇中のとある青年――クロード――は、母親と一緒に遅めの昼食をとっているところであった。魔法の火(精霊の火)が宿る暖炉のそばの、木製のテーブルで、二人は銀製の食器でハンバーグを食べていた。
「母上、それで、来年の任務なのですが……」とクロードが母親に話しかけているところで、召使いが、ドアをノックして入ってきた。
「失礼します。速達で、いとこ様のシュザンヌお嬢様から、お手紙です」
取りに行こうとした母親を手で制して、クロードはさっと召使いにかけより、お礼を言って手紙を受け取った。
「ありがとう、もう下がっていいよ」と、クロードは召使いにそう言った。
「あら、シュザンヌちゃんから?久しぶりねえ、クロード、あなた最近ちゃんと連絡とってる?」
「母上、俺は秋ごろにも、彼女に手紙を送っています」と言いつつ、クロードは手紙の封を切った。速達ということは、よっぽどの急ぎなのだろう。今まで、シュザンヌとは何度も手紙のやり取りをしてきたが、速達で送られてきたことなど、一度もなかったのに。
一通り手紙の内容を読むと、クロードはさっと顔を青くした。シュザンヌが、婚約を控えた今、ドラゴンの里に行き、ドラゴンの髪の毛一本をもらおうと、公募に応募するだって?そんな無茶な、彼女の魔法力では、危険すぎる……彼はそう考えたのだ。
しかも、「追伸」とあり、その下には、ハンスまでもが、死霊の国に、シー・サーペイントのうろこを取りに行くことになった、とまで書いてあったのだ。
クロードは、食べかけのハンバーグを残したまま、手紙をもって急いで二階へ上がった。
「ちょっ、クロード?どんな内容だったの?私にも、教えてちょうだい」
「母上、あとで!」クロードは、そういうと、自室のドアを閉め、引きこもってしまった。
彼は、テーブルにつくと、早速手紙の返事を書くことにした。
彼は、15分ほど、色々と悩んだあげく、手紙を書き終わると、それを封蝋し、召使いに頼んで、速達で出してきてもらうことにした。
彼は、部屋の奥にあるトランクケース……休暇中ということで、しばらくは使わない予定のトランクケース……を引っ張り出し、ため息をついた。
クロ―ドは、一階に戻ると、母親に昼食を中断させたことを詫び、そしてこう告げた。
「母上、俺は、いとこのために、しばらくメルバーンの国、およびその周辺国を旅することになるかもしれません」
「は??」
息子の言葉に、母は言葉を思わず失った。
「何を言ってるの、クロード、説明してちょうだい……」
「この手紙を、読んでください」と、クロードが母親に、シュザンヌからの手紙を見せた。
一行ずつ、シュザンヌからの手紙を読むにつれて、母親の顔が青くなっていった。
そして、頭を振った。
「そんな、ドラゴンに会うだなんて……。それに、ハンス君は、死霊の国に行くですって……?」
「……シュザンヌとハンス義兄さんには、幸せになってほしいと、常々俺は思ってきました。去年の彼らの婚約式にも、出席したぐらいですから」
「ええ、あなたとシュザンヌとノエリアは、昔からの仲良しだものね」
「僕にとっては、数少ない女の子の友達の一人と言えますね」と、クロードは軽く笑った。
「ともかく。今回の、いとこの旅には、俺の力が、必要でしょう」
「でも、クロード、旅に出るのはいいけど、来年からの新しい任務は、どうするの?」
彼は、来年から、21歳になるのをきっかけに、今の任務から離れ、正式に魔法ギルドに入り、様々な任務にあたることになっていたのだった。
「わかっています、母上。しかし、俺は、いとこの危機を放ってはおけません。それに、ハンス義兄さんのことも、止めないと」
「それはそうね。100%、無理だわ。死にに行くようなものよ」
死霊の国は、世界アラシュアの中でも、無法地帯と化している、一般の人には恐ろしい土地であった。
「エルフの奴らが、あんな公募を出したから……。俺も、今年の公募、見ましたが、まさかいとことハンス義兄さんが応募するなんて、思っても見ませんでした、母上」
「本当ね」
「とにかく、旅に出るかはまだわかりませんが、ハンス義兄さんを止めるためにも、俺はいったん、メルバーンに旅立ちます。その後、シュザンヌの旅に同行するか、それともしないかは、手紙で母上に知らせます」
「クロード、何度も言うけど、来年の魔法ギルド入団は、どうなるの?」
「心配しないで、母さん」とクロードは、優しく微笑んだ。母親の肩に手を置く。
「魔法ギルドの方には、俺の、シュザンヌへの旅に同行するかどうかの進退が決まり次第、手紙を出して、事情を伝えます。もし、旅に出ることになったら、入団を一年遅らせる、それだけです」
「まあ……クロード……せっかくの入団なのに……」母親はあからさまにうろたえていた。
「大丈夫です、母上。俺はそれより、いとこの将来の方が大事ですから。旅に出て、おのれの魔法力を試すのも、また一つの修行となるでしょうから」
「それもそうね、クロード。お前も、今まで勉強尽くしだったから、こういう旅も、あなたのキャリア形成にとって、必要になるかもしれないわね」と、比較的柔軟な考え方のできる母親は、少しほほ笑んだ。
「ありがとう、母さん」と言って、クロードは母親を抱きしめた。
「でも、気を付けるのよ、クロード。もし旅に出るなら、シュザンヌのこと、よろしくね。私のかわいい姪っ子なんだから……。でも、何もあなたが行くことないって、思ってしまうけどね」
「いえ、彼女は両親を亡くしてから、頼れる人があまりいません。俺が行くべきです」と、きっぱりとクロードは言った。
「俺の力が、彼女には必要でしょう。旅に出るにしろ、出ないにしろ。では、母上、今から荷造りして、夕方から、メルバーンに旅立ちます」
「気を付けてね、クロード」と、母親が少々青ざめて言った。
「いくらあなたでも、間違っても死霊の国になんか近寄るんじゃないのよ」
「わかっています。そこまで、うぬぼれてはいませんよ」と、クロードは苦笑いをした。
「……」一抹の不安を感じながらも、母親は、クロードのその言葉を信じるしかなかった。
二階の自室に戻ると、クロードは思わず手で顔を覆った。シュザンヌも、ハンスも、何を考えているんだ、と思わずにはいられなかった。二人の、シュザンヌの病気……トリステスを治したい気持ちは、痛いほどわかってはいた。しかし、いくらなんでも、危険すぎる旅に出て、二人とも死んでしまえば、いったい何になるというのだ?それこそ、無駄死にである。それなら、普通に今のまま結婚し、トリステスの運命を受け入れて、静かに余生を過ごしたほうが、まだいいのでは……しかし、クロードにも、それは受け入れがたいことはわかっていた。
今のままでは、シュザンヌ自身、30歳ごろには死んでしまうし、二人の子供もまた、トリステスを受け継ぐ可能性が高かった。
「……」
クロードは、ため息をつくと、意を決したように、にやりと笑った。
「ここはいっちょ、いとこのために、俺の力を貸すべき時だな……」
彼は、心から、4つ年下のいとこの幸せを祈っていた。彼女が両親を亡くしてから、クロ―ドは力になれることならなりたいと常々思っていた。
同じ家系でありながら、クロードの家族はトリステスを受け継いでいなかった。不幸にも、シュザンヌは受け継いだのだが。
彼は、荷物をトランクケースに詰め始めた。身支度なら、慣れたものだった。(王宮の任務で、外に出張で任務にあたることにも、慣れていたのだ)
「シュザンヌ……」
彼は、一人そう呟いた。
時は夕方、シュザンヌは最後のレッスンの終わりに、お世話になったフェリクス先生をはじめ、他の補佐の先生方にも挨拶をして、魔法の個人塾を後にした。これが最後か、と思うと感慨深いものがあった。
「君には手を焼くこともほとんどなかったな。ちゃんと予習、復習もしてきたし。旅の成功を、祈っているぞ、シュザンヌ。旅立ちの時は、私も見送りに行くからな」
そう言って、フェリクスはシュザンヌの手を取り、固い握手をした。
その、今日の別れの一場面を思い出しつつ、シュザンヌは帰宅した。
次の日の午前10時。ノエリアも高等学校が冬季休みで、シュザンヌはノエリアと遊ぼうと思っていた矢先、叔母のルミアが手紙をもって居間に飛び込んできた。
「シュザンヌ、クロードからよ!」
叔母さんから手紙を急いで受け取ると、シュザンヌは封蝋を開けた。
見間違えるはずのない、きちんとしたクロードの字である。
手紙を読むシュザンヌを見て少しほほ笑みながら、ルミアは朝食の片づけをしだした。
「叔母さん、クロードがメルバーンに来てくれるって。それも、昨日帝国を出発したって書いてあるわ。……それに、ハンスが死霊の国に行くのを、なるべく止めてみせる、ですって。よかったぁ……」
「そうね、それがいいと思うわ。ハンス君が、どんな手を用意しているにしても」
「そうよ。ハンスが死んだら、元も子もないものね。さすがクロード、頼りになるわ!」
「でも、大丈夫なのかしら、任務の方は?」
「手紙には、任務のことは心配しないように、って書いてあるけど……。本当かな。無理してないかしら……。いずれにしても、叔母さん、私、ちょっとハンスのところへ、行ってくるわ」
「えっ……ちょっ、シュザンヌ!旅の支度を今日一緒にするって約束は……」
「帰ってきてからね!」と言うなり、シュザンヌは、クロードからの手紙をもって、家を飛び出していた。
「やれやれ……」ルミアが、腰に手を当て、頭を振った。
「あの子らしいっていうか、なんていうか。まったく……」
叔母の家を後にし、シュザンヌは駆け足でハンスの家へと向かった。今日も相変わらず雪が積もっている。雪は止んでいるものの、空はどんよりと暗い。
「滑ったら危ないよ!」と、一人の紳士がシュザンヌに声をかけた。しかし、シュザンヌは、その声を無視して、雪道を駆け足でハンスの家へと向かう。
途中、何度か滑りそうになったが、なんとかこけずに、ハンスの親の営む、鍛冶屋へとたどり着くことができた。
家の呼び鈴を鳴らす。
「どちら様……って、あら、シュザンヌちゃん」と、ドアを開けたハンスの母が、シュザンヌの姿を認めて、思わずそう言った。
「おばさま、おはようございます。実は、ハンスに用があってまいりました。ハンスは今、家にいますか?」
「ええ、ハンスなら二階に……あっ、でも……」おばさんは、手を口に当てて、何やら隠しているようだった。とまどっている。
「ちょっと待っててね。ハンスをここに呼んでくるわ」
そう言って、おばさんは家の奥へと消えていった。ハンスの家は、一階の表が鍛冶屋さんになっている。3階建てだ。シュザンヌは、裏口の呼び鈴をならしたのだった。
一分もしないうちに、ドタバタと階段を駆け下りてくる音がして、ハンスが姿を現した。何やら冷や汗をかいている。
「おはよっ、シュザンヌ!よく来てくれたな、嬉しいよ。君から来てくれるなんて、あんまりないからさ……」
「おはよう、ハンス」と、ハンスの様子に少々戸惑いながら、シュザンヌがそう言った。
「とりあえず、寒いだろ、ほら中へ入れよ」
「うん、ごめんなさい、お店が忙しい時なのに」
「気にすんなって。さ、こっちへ」と、ハンスがシュザンヌの肩に手をまわして、戸口を閉めた。鍛冶屋とは別の、居住スペースになっている二階へと、シュザンヌを案内する。三階がハンスの部屋だ。ハンスの両親の寝室もある。
ハンスの父親は、お客さんとの商談の取引をしているようだった。シュザンヌの姿を認めて、少し会釈をした。シュザンヌも、会釈を返した。
居間では、ハンスの母親が、熱い紅茶を入れてくれた。
「寒かったでしょう、シュザンヌ」と言ってくれた。
「ありがとうございます、おばさま……」
「それより、シュザンヌ、何かあったのか?俺に話したいこととか、あったのかな?もちろん、君が来てくれただけで、俺は嬉しいけど……」
「もちろん、伝えたいことがあってきたんだけど……。実は、クロードから速達で手紙の返事が来たのよ」
「相変わらずやることは、はえーな」と、ハンスが苦笑する。
「ええ。クロードは、私の旅にも、同行してくれるかもって。それに、あなたが死霊の国に行くことも、止めてくれるって」そういって、シュザンヌはクロードからの手紙を、ハンスに読ませた。
「と、止めるだと?」と、手紙を一読してから、ハンスが戸惑ったように言った。
「当たりまえじゃない!あなたは、魔法も使えないし、死霊の国って言ったら、プロの魔法使いでも行くのを渋る場所なのよ?クロードが止めてくれるって言ってくれて、私は心強いわ……」
「そんな、ちょっと待て、シュザンヌ。俺は、俺にはちゃんと策があってだな……」
「ハンス!私、あなたを失ったら、どうやって生きていけばいいわけ?それも、分かってちょうだい……」
シュザンヌの片目から、一滴の涙がしたたり落ちた。ハンスがぎくりとしたように取り乱す。
「ああ、分かったから、シュザンヌ、分かったから、泣くなって!!わーったよ、俺から、お前に、俺の秘策ってやつを、見せるから。本当は、旅立ちまで秘密にするって約束してたんだけど……。しゃーねー、見せるしかねえか。ちょっと待ってろ、シュザンヌ」
そういうと、ハンスは3階に駆け上がっていった。
奇妙なことに、誰もいないはずの3階から、人の話す声が聞こえてくるではないか。シュザンヌは、涙をふきつつ、おかしいな、と思わざるを得なかった。
「大丈夫、シュザンヌ?ごめんね、ハンスが心配をかけて……。でも、ハンスの言うことも、信じてあげて。私たち夫妻だって、何の策もなしに、大切な息子を死霊の国にやったりなんかしないわよ」
「おばさま……」
「彼の希望で、本当は秘密にしておきたかったんだけど、しょうがないわね」
その数分後、3階の話し声がやみ、今度は落ち着いた足音で、しかし二人分の足音がして、ハンスと、続いて一人の青年が、2階の居間に姿を現した。
「シュザンヌ、紹介するよ。こちら、エルフの国・イブハールから来てくれた、カルロスっていうやつだ。カルロス、こちらが、例の俺の婚約者の、シュザンヌだ」
そう言って、ハンスは青年にシュザンヌを紹介した。
青年は、エルフらしく青い髪をしていた。(エルフの髪の色は、青、赤、紫、緑……と、変わった色の人も多かった)
青年――カルロス、の身長は、ハンスより少し高いぐらいだった。痩身で、いかにもエルフらしい、すらっとした、いで立ちだ。
「カルロス・フォーレ。エルフだ。よろしく、シュザンヌ」と、カルロスがシュザンヌに握手を求めた。
本物のエルフを見るのは、これが初めてだった。「よろしく、カルロス」と言って、シュザンヌは、ややどぎまぎしながら、カルロスと握手した。
「それで、ハンス、彼女が僕の探していた……?」
「そうだ、カルロス。彼女だ」と言って、ハンスとカルロスは、まじまじとシュザンヌを見つめた。二人の青い目から見つめられて、シュザンヌは思わずドキッとした。
「あのな、シュザンヌ。カルロスは、お前を探してわざわざメルバーンの国まで来たんだとさ。実は、一週間ぐらい前、俺の鍛冶屋に道を尋ねに来てな。エルフだっていうから、俺もびっくりしたけど。俺が店番してたんだ、ちょうど。そしたら、なんでもお前のことを探してるっていうから、びっくりしたぜ。俺が、その子の婚約者だって聞いたら、カルロスもびっくりしたけどな」と言って、ハンスは軽く微笑んだ。
「訳があるっていうから、とりあえず俺の家に上がってもらったんだ。カルロスの素性も知りたかったしな。わけのわからないやつを、俺の婚約者であるシュザンヌに会わせるわけにはいかないしな。そしたら、お互いの話を聞いて、利害が一致することに気が付いたわけなんだ……」
「ちょっと待って、ハンス。カルロスさんは、なんで私を探してたの?」
シュザンヌを見て、カルロスがほほ笑む。
「それには、僕からお答えしましょう。シュザンヌさん、実は、私の息子が、あなたのご両親に命を救ってもらったことがあるのです」
「えっ……!?」シュザンヌは思わずそう言った。
「カルロスは今350歳なんだと。カルロスには、今20歳ぐらいになる息子さんがいるらしい。んで、5年前のことだが、その息子さんが、馬車で移動中に、高熱を出したらしくてな。旅の道中だったもので、医者も見つからない始末だったらしい。その時、たまたま近くに居合わせた、エルフの国に用事で行っていた、当時新婚だったお前の両親が、魔法医術を使えて、それで息子さんの命を助けてくれたらしい」
「私は医術には詳しくないもので」と、カルロスが言った。
「あの時は、医術に詳しいというあなたの母君がいなかったら、息子の命も危なかったでしょう。あなたのご両親は、私と妻がやっと見つけた人のいる場所……宿屋で、医術の心得が少しはある、とおっしゃって、名乗り出てくださったのですよ。そのおかげで、当時幼かった息子は助かったのです」
エルフは長命だから、成人するまで100年はかかる、とシュザンヌは聞いたことがあった。ということは、当時15歳というカルロスの息子は、人間で言うとまだ幼児のような感じだったのだろう、と推測できた。
「お名前をお聞きして、いつかお礼を……と思っておりました。名前だけは何とか聞き出せて、メモをしておりました。エルフが人間の国に行くのはなかなか難しいこともあり……今回、ようやく5年たって、なんとか尋ねることができ、ご両親のお名前をもとに色々と調べて、メルバーンの国に来たものの、人に尋ねれば、みな、その人ならもう亡くなっている、と。しかし、まだ娘さんが生きているよ、と聞いたのです」とカルロスが言いきった。
「それで私を訪ねてきてくださったのね……」と、シュザンヌ。
「お忍びで来たのです。この通り、青い髪は目立ちますから、フードをかぶって参りました」と、カルロス。
「そっかあ、母さんが……そんなことを」
「来てみたら、シュザンヌ、今度はあなたの命も危ないと聞いたので」と、カルロス。
「俺の話を聞いてくれたんだ、カルロスがな。俺が、お前のトリステスのことを話したんだ」
とハンスが言った。
カルロスが、シュザンヌの目をまっすぐに見て、真剣そうに言った。やや心配そうでもあった。
「シュザンヌ、あなたのトリステスがどのタイプなのか、見せてくれませんか」
「えっ……?ええ、はい、いいですけど……」
トリステスを受け継いだ者の証……それは、魔法を使うと、手の甲に、ある特殊な文様が浮かび上がる、というものだった。
「我ここに契約せし者、命の炎をもって汝と誓わん………ブリギット、力を借りるわね」
シュザンヌが目を閉じてそういうと、シュザンヌの左手の手のひらから、ぼぉっと、勢いよく炎がほとばしり出た。たいまつの灯りのように。ぱちぱちと音がしつつ、炎が燃えている。
シュザンヌは、炎を出したまま、黙って右手の甲をカルロスに見せた。
そこには、トリステスを受け継ぎし者に特有の、十字架にいくつかの線が入った文様が、浮かび上がっていた。
「なるほど」
と、シュザンヌのトリステスをじっと見つめながら、カルロスが興味深そうに頷いた。
「あなたのトリステスは、タイプ15ですね」
「タイプ……!?」と、シュザンヌが言う。
「あなたは、他の人のトリステスを見たことがないのですか?トリステスは、家系によって種類が違うのですよ。それこそ、無数にありますが、それを大きく分類して、20種類に分けています。我々エルフの側で、勝手にね」
「それで、シュザンヌのトリステスが、タイプ15ってわけか。どうなんだ、カルロス、タイプ15って、トリステスの中では、どれぐらい悪いんだ」と、ハンスが思わずカルロスに聞く。
「タイプ15は……」と言いかけて、カルロスは口を閉じた。
「まあ、いいでしょう、ここで、言うのは、やめておきましょう。ただ言えることは、そうですね、特に悪くもよくもない、寿命が縮んでしまう度合いは、普通程度で、おそらく寿命は、30歳前後でしょう、ということでしょうか」
「そうか……」と、ハンスがやり切れないように言った。
一方で、シュザンヌはカルロスの挙動が少しおかしいのに気が付いていた。何かこの人は隠している、そんな気がした。しかし、あえてそれ以上問いただすのは、やめておいた。
「母さん、悪いけど、席を外してもらってもいいかな。これ以上は、もしかしたら、シュザンヌの個人情報に深く立ち入る話になるかもしれないし」と、ハンスが、母に優しくそう告げた。
ハンスの母は、頷くと、さっと立ち上がり、階下の夫の手伝いに行った。
これで、二階の居間には、ハンス、カルロス、シュザンヌの三人になった。
「さて、と……」と、カルロス。
「話の続きです。私の探していたあなたのご両親が亡くなっていると聞き、さらにはその娘さんであるあなたも、トリステスで苦しんでいることを私はハンスから聞きました。それで、シュザンヌ、あなたに会うのは少しお預けにすることにし、とりあえずハンスの家に居候させてもらうことにしました」
「そうそう、俺の部屋の隣の、空いている来客用の部屋にね」と、ハンスがほほ笑みながら言う。
「ハンスが、エルフの国の公募の、最も難しい任務の一つ、死霊の国でシー・サーペイントのうろこを手に入れたいという任務に応募したいと思っていたことを知り、、さらにハンスからそれに手を貸してほしいと言われました」と、カルロス。
「私としては、息子の命を救っていただいた恩を返したかったし、私も、エルフの国以外の諸国を放浪してみたかったので、それを受け入れました。そして、旅立ちまで、ハンスに、魔法のレッスンをしてあげることになりました……」
「えっ?」と、思わずカルロスの話の途中で、シュザンヌは声を上げた。
「ハンスに、魔法を?でも、ハンスは、魔力を受け継いでいないじゃない……」
「それがだな、シュザンヌ。カルロスが詳しく調べてくれた結果、俺にも微量ながら魔力を受け継いでいることが分かったんだ。それで母さんと父さんに問い詰めてみたら、なんと、俺の曽祖父が魔法使いだったことが分かったんだ。なんでも、俺が魔力を受け継いでいたとしても、魔法使いにはなってほしくなかったから、今までそれを秘密にしていたらしい……俺に、鍛冶屋を継いでほしかったんだとさ」
「そうなの?」と、シュザンヌ。
「本当の話さ」と、ハンスがほほ笑む。
「魔法使いの家系に生まれてる君みたいに、本格的に魔法を使うことはできんが、例えば、俺の剣術を補佐するぐらいの魔法なら、使えるだろうって、カルロスが言ってくれたよ」
ハンスが、居間に飾ってある剣の数々を指さしながらシュザンヌにそう言った。
「俺には、それがちょうどいいかもな。上手くいけば、魔法剣士の端くれにはなれるかもしれねぇ。魔法で剣術を補佐して、剣の威力を増すとか、炎をまとった剣なんてのも、できる可能性もある」
「だがな、シュザンヌ、ハンスの受け継いでいる魔法力は、そこまで多くない。魔法を使いすぎると、循環器系に悪影響を及ぼすおそれもあるんだ。だから、ハンスに、あんまり無理するなって、言ってやってくれ」と、カルロスがシュザンヌに言った。
「そうなの?ハンス、それなら、あんまり無茶しちゃだめよ」
「……お前まで、シュザンヌ、そう言うのかい。俺も、それぐらいわかってるよ。自分の体のことは、俺が一番よく知ってるから。俺の心配より、君は君自身の心配をしてほしい。まあ、俺としては、クロードが来てくれるなら、安心できるがな」
「さっきから気になっていたが、君たちが話しているクロードというのは、誰ですか?」と、カルロス。
「私のいとこなんです」と、シュザンヌ。シュザンヌが、クロードのことをざっと説明した。
「ほう、それほど優秀な魔法使いなんですね、彼は」と、カルロス。
「ええ」と、シュザンヌがほほ笑む。
それから、話題はクロードのことから、カルロスの息子の現在、そして、これからの旅立ちまでの詳細な準備の話になった。
「まあ、」とハンスが締めくくった。
「旅立ちは一週間後として。何より、クロードが到着するまで、何とも言えんな。クロードが来るまで、待とうか」
「そうね」と、シュザンヌ。
「そうしましょう」と、カルロス。
「カルロス、ちょっと三階に行っててもらってていいか?最後に、シュザンヌに言っておきたいことがあってだな……」ハンスがちょっと照れ顔をする。
「もちろん、私は構わない」と、少しにやりとしながら、カルロスが階上へと上がっていった。最後に、階段から、シュザンヌに手を振った。シュザンヌも苦笑いして振り返す。
バタン、と言う音がして、ドアが閉まり、二階の居間は、シュザンヌとハンス二人っきりになった。
「ふぅーー……。やっと、二人きりになれたな」と、ハンスが思わず本音を漏らした。
「そうね」と、シュザンヌが軽く笑う。
「あいつ、カルロスだけど、いいやつだろ?息子思いだしなぁ。それに、俺たちに手を貸してくれるって。俺もだな、ちょっとは魔法ってやつを使えるようになっていってるし。旅立ちまでには、剣を強化する魔法を、一つか二つ、習得するつもりでいる」
「さすが、ハンスね」
「カルロスは、自分のことはあんまり話さないが、かなりの魔法使いらしい。エルフは、たいてい魔法をみんな使えるって聞いたことあるが、カルロスは、その中でも結構上の方なんじゃないかな」
「なんでわかるの?」
「あいつの持ってきてた本さ。“上級魔法一覧”とか、”上級魔法への導き“とか、そんな名前の本を持ってた。あいつが部屋にいないとき、偶然ちらっと見てしまったんだがな」
「まあ、ハンスったら、盗み見したのね」
「ちげーって。たまたま見たんだよ」と言って、笑いながら、ハンスはシュザンヌを思わず抱きしめた。
「ハンス……」シュザンヌは、言いながら、ハンスを抱きしめ返した。こうして抱き合っているときが、一番幸せだった。ハンスの温かさ、ぬくもりが、伝わってくる気がした。部屋の中は、暖炉があるとはいえ、少し冷えていたのだが、こうして二人で抱き合っていると、その間だけ、温かい気分になれた。
「シュザンヌ………ごめん、いきなり」と、ハンスはシュザンヌを抱きしめて、目をつむりながら、そう言った。
「ううん……私も、あなたのこと、好きだから。…愛してるし」
「あんがと。俺も、お前のこと、愛してるから。ぜってぇ、死霊の国に行って、シー・サーペイントだかなんだか知らねーが、うろこを手に入れて、お前のトリステスを治して、二人で、結婚して、それこそ、一緒に、長くいたいな」
「それは分かってるけど……。あんまり、無茶はしないでよ」ハンスの家に来るまでのシュザンヌなら、ハンスの旅を必死に止めていただろう。しかし、カルロスという強力そうなエルフの助っ人が登場し、ハンスの旅も、成功確率が上がっているような気がした。
「私は、あなたが失敗して戻ってきても、まだ大丈夫なように、こっちはこっちでクロードとドラゴンの髪の毛を取りに行くわ。ドラゴンって、心の正しい者には、攻撃しないって、聞いたことあるの。私がそれに値するかどうかは分からないけど、死霊の国に行くよりは、数倍安全よ。最悪でも、私たちの子供には、トリステスは遺伝させないつもり。これは、数年に一度のチャンスなんだから。だから、ハンスは、無理しないでね。危険だと思ったら、帰ってきていいんだから。最悪、私が死んでも、私の子供と一緒に、長生きしてちょうだいね」
その言葉に、ハンスは思わず涙を流した。
「シュザンヌ、そんなこと言うな。俺が、治してやるから。お前が、死なないで済むように、してやるから。だから、そんなこと言うなよ。俺の力も、少しは信じろよ」
「そうね」と、シュザンヌがハンスに抱き着いたままほほ笑んだ。
「そうなると、本当にいいのにね」
彼女は、いくらカルロスがいて、成功確率が高まったとはいえ、本当にカルロスとハンスで、死霊の国に行って、うろこをとってこれるとまでは、思っていなかった。ただ、カルロスがいるなら、危険だと判断したら、ハンスを連れて戻ってきてくれると思っていた。
「シュザンヌ……だから、もう二度と、“お別れ”なんて、言うんじゃねぇよ……」
言いながら、ハンスはしばらく、涙を流していた。
パチパチと、薪のはぜる音だけが、シーンとした室内に、響いていた。
家に戻り、夕食を食べ、その後、昨日フェリクス先生から習った新しい呪文の復習をしつつ、シュザンヌはハンスのことを考えていた。
まさか泣くなんて。そこまで、自分のことを心配してくれたハンスに、シュザンヌは内心動揺していた。
そもそも、寿命が短く、しかも子供にまで遺伝する可能性の高いトリステスを持つものと、結婚しようとする者は少なかった。だから、シュザンヌも、一生独身であることも覚悟していた。しかし、幼馴染のハンスは、トリステスのことを知りながら、シュザンヌと結婚することを厭わなかった。
「トリステスがあろうとなかろうと、俺はシュザンヌ以外と結婚するつもりはない」と言って、不安がる自分の両親を説得し、そして、昨年、シュザンヌと婚約するに至ったのだった。
そんな昔のことを回想しているうちに、シュザンヌはうとうとと眠くなってきた。蝋燭の灯りがチラチラと揺れる。ステファンとロロが、二人で遊んでいる。「みゃぁ」という鳴き声が、部屋の中に聞こえる――……
と、机上で眠りかけていたシュザンヌを起こしたのは、叔母の激しいノックの音だった。
「シュザンヌ!大変よ!」
「?」
シュザンヌがのっそりと起き上がり、叔母に会うべく、ドアを開けた。
「シュザンヌ、クロードが、クロードが来てくれたのよ!!」
「えっ?クロードが?もう?」
眠かったのもつかの間、シュザンヌはぱっちり目が覚めて、階下へ降りて行った。そして玄関を見やると……そこには、懐かしいいとこの顔があった。
「よっ、シュザンヌ。久しぶりだな」と、いとこ……クロードが、茶色い手袋をしたままの片手をあげて、シュザンヌに挨拶をした。魔法使い用の黒いコートを着ている。
「クロード……来てくれたのね、本当にありがとう!でも、早かったわね」
「まあな……。特急列車で来たから、当然っちゃあ当然だがな……。昨日の4時の列車に乗ったから、1日以上かかったぜ」
「今日の9時にファレルナ(メルバーンの首都)に着いたんですって。そこから馬車で来てくれたのよ」
と、クロードからコートと手袋やマフラーを受け取りながら、叔母のルミアがシュザンヌに言った。帝国とメルバーンの首都間には列車が通っており、蒸気機関車の特急列車も通っているのだった。
「クロード、ごめんなさい、お仕事忙しいのに……。私が無理言っちゃって」
「気にすんなって。それより、手紙で大体の事情は分かった。ハンス義兄さんに会って、旅に出るのを止めるってのと、それから君の旅に同行するかどうか、って話だな……」
「それが、クロード、今日、ハンスの家に行ったら……」
クロードとルミアが、食卓テーブルについたところで、シュザンヌが、今日ハンスの家に行って出会った“カルロス”というエルフについて話した。
「カルロス……か……」一通り話を聞いたところで、クロードが手を顎に当てて考え込むようにしてそう言った。
「叔母さんも、クロードも、この話は秘密にしておいてちょうだいね。カルロスさん、なんでも内密でこの国に来てるみたいだから」
「妙だな」と、クロード。
「シュザンヌ、君は知らないかもしれないが、エルフは通常、人間の国へは来ない。それに、来たとしても、お忍びなのはわかるが、それを秘密にしておいてくれ、と言うことは通常ない。それに何より、お供もなしに一人で来ているというのも気になるな」
「そう?……」
「エルフが人間の国に来るってときは、たいてい3~4人のパーティーを組んで来るものだ。それで、大体が帝国やメルバーンの国のお偉いさんに会って、交渉をする。イブハール(エルフの国)との貿易とかな。私用で来るとは珍しい。まあ、今回のように、子供の命の恩人に恩を返したい、と言うのは分かる気もするが」
「うん……」
「明日、そのカルロスという男に会わせてほしい」とクロードが名乗り出た。
「わかったわ、一緒にハンスの家に行きましょう」
「ありがとう。それと、シュザンヌ、君としては、まだハンス義兄さんの旅を思いとどませたいのか?」
「……それは。正直、カルロスさんの登場で、私、どうしたらいいか、分かんなくなっちゃって」
「そうだな。エルフの魔法使いとなれば、ハンス義兄さんの旅の成功率も、大幅に上がるからな」
「でも、私には、やっぱり死霊の国なんて、無理だと思うの。クロード、もしお仕事に都合がつくのだったら、私と、ノエリアと一緒に、ドラゴンに会いに行く旅に、同行してほしいの……。無理言ってるのは分かってるけど」
「クロード、無理だったら無理って言っていいのよ」と、ルミア。
「伯母さん、気にしないで。シュザンヌ、俺はもとより君の旅に同行するために今回そのつもりでやってきた。実をいうと、王宮の仕事の方はもうかたがついていて、来春からは魔法ギルド・イルミナティに入る予定だったんだが、それを一年先延ばしにしようと思ってる。もちろん、事情を話して、だけど。その間、約1年間あるから、それを旅にあてようかな、と思ってる」
「クロード、本当にいいの?イルミナティって言ったら、第一線の魔法ギルドじゃない。せっかくそこに入れるのに……」とシュザンヌ。
「入れるのは変わらないんだから、気にすんな。一年、先延ばしになるだけさ。その間、アラシュア(この世界の名前)を旅して、魔法の腕試しをするのも、いいさ」
「でも、本当に大丈夫?ドラゴンに会うだけだもの、私とノエリアで、二人で行こうか?ハンスには秘密で……」
「何言ってるんだよ!俺がハンス義兄さんでも、君とノエリア二人でドラゴンに会いに行くのには、反対するだろうよ。シュザンヌ、ドラゴンを甘く見ちゃいけない。彼らの中には、人間に敵意を持っているものも多いんだから」
「……そう」
「君は気にしなくていい。俺は、ハンス義兄さんとシュザンヌ、君の幸せを心から願っている。たった一人のいとこの頼みだ(ルミア夫妻には、子供はいなかった)、それに俺たち、一応幼馴染だろ?本当に、大丈夫だから」
クロードは、ルミアから夕食のスープを頂くと、それを食べながら、ウィンクして見せた。
「ありがとう、クロード……」
その晩は、夕食を食べるクロードから、王宮での任務の土産話をいくつか聞いたのだった。
「クロード、今日はお客様用のこちらの部屋に寝てちょうだいね」と、夕食の後、お風呂あがりのクロードに、ルミアが部屋を案内した。
「ありがとうございます、伯母さん」
「ごめんね、シュザンヌのためにわざわざ来てもらって……」
「いえ。彼女はご両親をなくしているし、トリステスも受け継いでいる……僕としても、やりきれない思いで、なんとかして彼女の力になりたかった。だから、いいんです」
「男らしいのね、クロード」
「そんな」と、クロードが謙遜する。
「シュザンヌ、クロードがお風呂から上がったわよ。お休みの挨拶をなさい」と、ルミアがシュザンヌの部屋のドアをノックした。
「はぁい」と声がして、ステファンとロロを肩に載せたシュザンヌが、寝巻姿で部屋から出てきた。ガウンを羽織っている。
「クロード、今日は長時間の列車旅で疲れたでしょ。ゆっくり休んでね」
「ありがとう、シュザンヌ。それに……ステファンにロロか。懐かしいね」
「そうね」
「それじゃ、シュザンヌ、お休み」
「おやすみなさい、クロード」
こうして、二人はそれぞれ床についたのだった。
次の日の朝。シュザンヌは、クロードとともに朝食をとり、そしてまだ冬季休暇中のノエリアを誘って、3人でハンスの家へと向かった。
「久しぶり、クロード」とノエリア。茶色のストレート髪が風に揺れる。
「本当に久しぶりだな、ノエリア」と、クロードも言葉を返す。
3人は、幼い頃からの知り合いで、友達であった。
10時頃、ハンスの家に着くと、3人はすぐに2階の居間へと通された。今日は、鍛冶屋は定休日のようであったが、ハンスの父親は受注された仕事を続けていた。
居間には、ハンスと、カルロスの姿があった。
「お久しぶりです、ハンス義兄さん」と、クロードがハンスに挨拶をした。
「義兄さんだなんて、クロード、お前どうした?今まで通り、”ハンス“でいいぜ」
「いえ、シュザンヌと婚約した時から、僕は”義兄さん”と呼ぶことに決めてます。前にお会いした時は、まだ婚約してなかったし」
「そういやぁそうだったな。ま、お前が好きなように呼べよ」
「はい。と、それから……」クロードが、ちらりとカルロスの方を見やる。
「私の名はカルロス。イブハールから参りました」
「俺の名はクロード・グラニエ、18歳、帝国の魔法使いです」
「よろしく、クロード君。ハンスから話は聞いてる。なかなか帝国の新人の中では名うての魔法使いだとな」
「それはどうも」と言いながら、クロードはカルロスの右手にはめてある、赤い指輪を見た。
その指輪の紋章を見て、クロードは思うところがあったらしい。カルロスを、改めてじっと見る。
「ハンス、クロードが昨日、特急列車でメルバーンまで来てくれたの、それで……。私とノエリアの旅に、ついてきてくれるって。これで、私が旅に出るのを、許可してくれるでしょう?」
「そ、そうだな……。クロード、今回は、シュザンヌや俺たちのために、忙しい中、本当にすまない。お前の都合の方は、本当に大丈夫なのか?多忙と聞いたが……」
「忙しかったのは、今年の春ごろまでです。今は、王宮での任務もいったん終わり、仕事は入っていませんよ」とクロード。
「俺とカルロスは死霊の国に行くつもりだが。お前は、シュザンヌとノエリアと一緒に、ドラゴンに会いに行ってくれるか」
「ええ、そのつもりです」
「わりぃな、本当に」
「気にせずに、ハンス義兄さん。シュザンヌのトリステスをどうにかしたいのは、義兄さんだけじゃないですよ」
「サンキューな、本当に」
「ええ。それより……」と、クロードがカルロスを見る。
「失礼ですが、今おいくつで?」
「352歳ですよ」
「では、エルフの中ではまだお若い方で」
「ええ」
「少し、別室でお話ししたいことが」
「いいですとも。ハンス、僕の部屋でクロードと話してきてもいいかな?」
「ああ、もちろんだが。クロード、どうした?」
「いえ、ちょっと」と、クロード。クロードとカルロスが、3階のカルロスにあてがわれた部屋まで、上がっていく。
居間は、ノエリアとシュザンヌとハンスの三人になった。
「あのね、ハンス。実はね、旅立つにあたって、あなたにこの子……ロロを預かってほしくて」
「え?ロロを?でも、なんで??」
「あのね、あなたには言ってなかったんだけど、この二人……ステファンとロロには、普通のカーバンクルと違って、少し不思議な力があるの」
「ステファンとロロが、お前の魔力のサポートをしてくれるのは、俺も知ってるが」
「それだけじゃないのよ。ステファンとロロの額の、青い宝石は、月明かりに照らされると、その間だけ、二人の間を通して、人間が通信みたいなことができるの。実は、私とクロードは、一時期だけど、お互い一匹ずつ持って、帝国とメルバーンの間で、離れてても通信してたのよ」
「そんな力があったのかよ。でもなんで、今まで俺に教えなかった?」
「この通信能力を使うには、魔力がある人間しかできないから。あなたには、魔力がないと思ってたから、あえて教えてなかったの」
「そうだったのか……」
「ロロをあなたが預かってくれて、それで、その……月が出てる明るい夜になら、私がステファンを持ってるから、この子たちを通して、私とあなたで、会話ができるわ。離れていてもね」
「なるほどな。そりゃあ便利だ」
「でしょ。だから、ロロを連れて行って」
「そういう頼みなら、喜んで。旅の途中でも、お前の安否確認ができるってわけだ」
「うん、お互いにね」
「それ、素敵ね」と、ノエリア。
「でしょ」と、シュザンヌが笑う。
「月明かりの夜限定かぁ……多少は条件が厳しいが、それでもたまにはお前と会話できるんだな」と、ハンス。
「ええ、そういうこと」
「一週間後の旅立ちまで、ロロはお前が持っててくれ。旅立ちの時に、受け取るよ」
「うん、もちろんそれでもいいわよ」
その時、「お待たせ」と言って、三階からカルロスとクロードがおりてきた。
カルロスは、苦笑いをしている。
「何話してたんだ、二人とも」と、ハンス。
「まあ、ちょっとな」と、カルロス。
その後は、5人は旅立ちに向けての詳細な話を進めた。
1時間ほどして、旅の準備がまとまると、5人はそれぞれ解散することになった。6日後の、旅の出発に向けて、各々が荷物などの準備をするために。
シュザンヌは、クロードとノエリアと一緒に、商店街を見て回り、旅に必要なものを買ったりした。衣服、魔法に使う材料、それから食料、日用品など。
「まあ、俺がいるから、たいていの日用品は、魔法で代替できるけどな」と、クロードは言ったものの、
「女の子には、女の子として必要なものもあるのよ」とノエリアが譲らず、3人は買い物を続けた。
ハンスとカルロスは、旅に必要なものを集めることはすでに終わっていたので、魔法の鍛錬に明け暮れていた。今まで魔法を扱ったことのないハンスにとって、カルロスからのレッスンは難しいものではあったが、それでも、シュザンヌのトリステスを治して見せる、死霊の国に絶対にたどり着いてやる、との思いで、なんとか乗り切った。
そして1週間後になり、5人は、旅立つために、見送りに来る親族たちとともに、メルバーンの国から一歩を踏み出すこととなった。
ハンスは、出発の前の晩、カルロスからもらった「銃」について考えていた。
「旅立つにあたり、メルバーンを出ることになるから、物騒になるし、一応渡しておく」と、カルロスはハンスに言った。
「お前は、人を撃ったことがあるか?」と、カルロスがハンスに問う。
「……いや、正直、ない」
「そうか。それでもいいだろう。用心棒として、もっておけ」
「ああ、分かった。ありがとう、カルロス」
こうした一連のやり取りを思い出しつつ、ハンスは内ポケットにしのばせた拳銃の重みを感じていた。
カルロスの話では、死霊の国に行こうとする者……そのような意志を持つものには、それ相応の、死霊の国からの“歓迎”があるらしい。なんでも、その挑戦する意志をあざ笑うかのように、死霊の国から、挨拶として、亡霊が送り込まれるという……。
だからカルロスはきっと拳銃を渡したのだろう、とハンスは思った。
それに、道中でも、死霊の国から送り込まれる悪霊や魔物と戦うことになる、とカルロスは言っていたし。
少し逃げ出したくなりそうな自分を内心抑え込み、ハンスは「勇気を出せ」、と自分に言い聞かせた。今は、逃げるときじゃない。シュザンヌのトリステスを治すと誓った。シュザンヌの婚約者として、そして男として、逃げるわけにはいかない、とハンスは思った。
旅立ちの当日、シュザンヌの叔父と叔母、それに、ノエリアの両親、ハンスの両親が見送りに来てくれた。ハンスとカルロスは、まだ来ていない。
旅行鞄を持ったクロードと、肩掛けカバンをかけたシュザンヌ、ノエリアの三人がいる。クロードの魔法のおかげで、荷物が少量で済んだのだ。(魔法で圧縮されている)
「気を付けるのよ、シュザンヌ」と、ルミアが涙を拭きながら言った。
「叔母さん、何も泣かなくても。クロードがいるから大丈夫、絶対生きて帰ってくるから」
「そうね、クロードがいるなら安心ね」と、ルミアが笑う。
「叔母さん、俺に任せてください。王宮で警護を担当した実績がありますから」と、クロードがほほ笑む。
「ハンス!」と、シュザンヌが、通りの向こうからやってきたハンスとカルロスを見て言った。
思わず、ハンスのもとへと駆け寄る。ハンスとカルロスは、二人ともリュックサックを背負っていた。カルロスの魔法を使っているせいか、中身が魔法によって圧縮されているのか、重そうには見えない。
「おはよう、シュザンヌ」と、ハンスが手を振る。
「ハンス、ロロを受け取ってちょうだい」と、シュザンヌが、肩に載せていたカーバンクルの一匹……ロロを、ハンスに手渡した。
「みゃあ」と、ロロが鳴いて、ぴょんと、ハンスの肩に飛び乗った。
「サンキューな、シュザンヌ。よろしく、ロロ」
「みゃあ」と、再びロロが鳴く。
「わかってるわよね?月明かりの夜には、通信ができるから。やり方は、この紙に書いておいたから」と、シュザンヌがハンスに、羊皮紙を手渡す。
「わかった。確かに受け取ったよ、シュザンヌ。俺にも、少しなら魔力があるらしいから、通信ぐらいなら、できるだろう。いざとなったら、カルロスに助けてもらうよ」
「うん」
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