第1話 スクランブルエッグ

 街の外れにあるお家。そこには人ではない誰かが住んでいる。


「ロゾフ、食事の時間だ」

「はぁーい」


 真白い髪を持った女性が、小さな子供に向かって声を掛ける。彼女が暮らしているのは、西の大国。ヴァルトリヒ山岳のすぐ近く。

 

 エプロン姿でキッチンに立っていた彼女は、ぐしゃぐしゃ卵の付いた木べらでフライパンを叩いた。へらに付いた卵が落ちる。

 これで、スクランブルエッグが完成した。レタスやトマト、ウィンナーと共に皿へ移すと、背後から椅子を引きずる音が聞こえてくる。

 寝ぼけまなこで椅子に座るのは、女性と共に暮らしている娘。

 名前はロゾフ。歳は六つぐらい。グランドフラス通りで拾った。茶髪に深緑の目を持った人間の子。朝ご飯を出すと、娘は大きな口を開けて飲み込んだ。


「おかわり!」

「……」


 この子供、一回の食事でパンを七個ぐらい食べる。卵も三個じゃ足りない。朝だけで六個はいる。普段、街の店で購入するパックが六個入りだから、朝だけでなくなる。八個入りを買うか、ロゾフを追い出すか、迷うところだ。


「卵がない」


 静かな声で一蹴すると、自分の食べる分を取り出す。焼いたバゲットに蜂蜜はちみつを掛け、その上に雪の粉を乗せる。皿代わりは木製のまな板。二つあるバゲットの隣には添え物のサラダがある。


「おいしそうだなぁ」

「あげないからね」


 ロゾフの対面に座ると、もくもくと口を動かす。物欲しそうな目で見てくるロゾフには困ったものだが、あげたら味を占めるので絶対に渡さない。ささっと食べ終えると、ロゾフの皿と共に片づけた。


   ❆


 ヴァルトリヒ山岳の近くにある家。建物は二階建て、鉄の柵と白いヒイラギに囲まれている。煙突が飛び出た家はどこか古めかしくもある。住んでいるのは、頭の上に丸い耳を持つ女性。名前はドンシュ、年齢は分かっていない。

 彼女は人間ではなく、雪熊ゆきぐま族という熊のような耳と尻尾を持った部族の生まれだった。故郷は北の島国であり、職業は兵士。

 大きな体を生かして戦場を走っていた。

 だが、数年前に敵に捕まり、片耳を落とされた。その後、仲間の手で解放されたが前線に立つことはなく……ドンシュはこの辺鄙な地で暮らし始めた。


「鶏を飼うほうがいい気がしなくもないが……」


 そう言いながら、ドンシュは家の周りを見て回った。

 彼女の所有している土地は、この小さな丘一帯。昔、ある奥方が療養するために建てた家らしいが、その方は間もないうちに亡くなってしまったらしい。それから何十年も手を付けられておらず……土地を売る男も偏屈なもので、家を売る相手を選んでいたのだ。

 ドンシュが売ってもらうときだって、条件を付けてきた。

 条件の中には「子供を連れていること」や「白いヤドリギを植える」など訳のわからないものがあったが、これ以上に良い物件がなかったので、仕方なく各地を奔走した。

 その際に拾ったのがロゾフなのだが、ここまで食べる子だとは思わなかった。それなら多少、見た目に怯えても食が細い子がよかった。


「食費が馬鹿にならん」


 そこらに落ちている木の枝を取ると、雪の上に線を引いた。


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