依頼:袋小路の噂について

花筏 影月

第1話あらぬ路地裏の噂話


 表の仕事がトんだので今月の収入が無くなった。なので夜桜よざくら 可惜あたらは怪奇をシバく事にした。


  ◇


 夜七時。年末も近い十一月ともなれば、すっかり空は暗くなって居る。

 居酒屋や夜の店の光と呼び込みで眩しくも騒がしい繁華街を可惜は一人歩いていた。

 白と黒のツーサイドアップを揺らし、黒いワンピースの裾を翻す。

 地雷系に分類されるその服装とメイクから、彼女を呼び込もうとするキャッチーも居るが、彼女はそれに視線を向ける事なく毅然と前へと進んだ。

 そんな彼女の耳元で囁く声が一つ。


「あーたーら。まだ昼間の事気にしているの?」

 ふわり、と黒羽織が可惜の視界の端で金魚のヒレのように宙を泳ぐ。

 可惜は揶揄うようなその声に、囁くように声を返した。


「……逢魔おうま、違う、そんなんじゃないもん」


 横で頭一つ分浮いて並ぶ自身の半身の揶揄うような言葉はいつもの事だ。

 只人には見えないよう姿を隠して可惜の横に並ぶ優しげな顔つきの男、逢魔はわざとらしく首を傾げて見せる。


「じゃあ、どうしたんだい? 歩くの疲れた?」

「違う、わかってるでしょ」


 むぅ、と一言唸る可惜に、逢魔はくすくす笑う。


「大丈夫だって、食べすぎないからさ」

「わかってるならいいよ。……いつも言うけどお腹が張るの、好きじゃない」


 可惜の怪奇のシバき方は単純だ。逢魔に任せる一択。

 それが嬲り殺すのか、一刀両断するのか、食べるのか、そういった手法も含めて任せて居る。

 しかし、最後の選択をされた場合、逢魔の食べた分だけ可惜にも影響が返ってくる。


──今日のは大物そうだし、またもたれるんだろうな。


 大物に限って逢魔は食べようとする。

 可惜は直近の未来を想定して、ため息を一つ吐いた。


「可惜、その通りじゃない?」


 逢魔が指を指す。

 赤い爪の先を追えば、そこは車も通れない程の細い路地裏。

 少しばかり上り坂になって居るその路地は室外機や裏の勝手口、汚れた窓などが並ぶいかにも人の通らないような場所だ。


「……ん。今日の怪奇ごはんは……居るみたい」

「ごはんって、食べるのがお望み?」


 逢魔の言葉をそのまま無視して、可惜は路地へと足を踏み入れる。

 怪奇──それは妖怪、悪魔、幽霊、妖精……言い方は様々だが、往々にして人ならざる存在。

 世間に認知されないそれらに纏わるトラブルを解決する霊能力者、それの一人が可惜だ。


「妖怪かな? 噂話かな? それとも異世界の怪物かな?」


 楽しみでたまらない、といった様子を装う声に可惜は羽織の丸みを鷲掴み逢魔を引き寄せる。


「何々? どうしたの? 怖いなら僕がハグしてあげる」


 体を宙で翻し歩く可惜に抱きつく逢魔の胸に可惜が頬をすり寄せる。

 路地は重いの他長く、光源らしい光源も殆どない為に向こうは見えない。

 しかし、可惜の感覚は、ソレはすぐそこに居ると訴えかけていた。


(……上)

(ん、わかってる。……これはー、幽霊っぽいね)


 可惜の心の声に、逢魔が同じくテレパシーで返答する。


「変死体が発見された、って噂の場所はもうちょっと先かな」


 振り返らず、ただ前を見て可惜は呟く。

 今回の依頼は、この路地の地主からのものだった。


「自分の土地に有らぬ噂が立てられるなんて、可哀想に」


 女性──立ちんぼの、とつく──が見るも無惨な姿で発見された。それも複数回。

 そんな無実の噂が立った事に頭を悩ませた地主が伝手へと解決を依頼し、たらい回しのように可惜へと実動が回された。

 付け加えるならば、そもそも無惨に殺された女性など最初からいないという点か。

 可惜が路地へと入って少し。終点となる袋小路にはぽつねん、と枯れた花束が一つ。

 献花のつもりなのだろう、白い花束を前に可惜は静かに膝をついてしゃがみ込む。

 黒いタイツ越しの、コンクリートの感触が痛い。


「じゃ、お願い」


 可惜の静かな声と共に、彼女の上へと落ちる影が一つ。


「はいはい、可惜はじっとしててねー」


 それと対極に、逢魔は可惜の真横の地面を蹴り浮かび上がる。

 降りかかる黒い影と逢魔の白く細い手がぶつかり、逢魔の手が影を掴んで可惜の歩いてきた道へとそれを叩き落とす。


「ふうん、蜘蛛みたい、怖っ」

「へー」


 逢魔の感想に、可惜の興味なさげな返答。

 可惜の視界は未だ花束を写して居るため、彼女には見えないがその怪物は確かに蜘蛛だった。

 手足の太く長い蜘蛛の頭部にクリオネのような捕食器官が開くそれは逢魔に向けて威嚇する。

 化け物を掴んだ手を、汚れたと言わんばかりに振りながら逢魔が笑う。


「ま、僕の敵じゃないけどね」


 地面に降り立った逢魔が可惜へと振り向く。

 同時に、蜘蛛の足が一本あらぬ方向へと捻じ曲がった。

 逢魔が可惜へと一歩近づく毎に蜘蛛の手足はばきり、ごきり、と捻じ曲がっていく。

 丁度八歩、蜘蛛の手足分。

 可惜の背後へと立った逢魔は両膝をついて可惜に覆い被さるように両腕で抱きしめた。


「本命は、こっちかな」


 逢魔の右手が白く枯れた花束を握り潰す。

 同時に、蜘蛛が花束と同じように不可視の力に胴体を潰される。


「そうなの?」


 自身の右に並んだ逢魔の顔に視線を向けながら、可惜が問いかけた。

 可惜の赤眼と逢魔の金眼がかち合う。


「うん」


 逢魔の手が花束を持ち上げ、そのまま手放す。

 ひしゃげた花束はそのまま地面に吸い込まれるように、見えざる力に食われた。


「人の形をしてないけど、これは人の霊だと思うよ。……あの仲介屋もお目が高い」


 女の霊だ、と嗤う逢魔に可惜が体を預ける。


「逢魔は女子供が大好きだもんねー」

「一番は可惜だよ」


 逢魔の左指が可惜の唇をなぞり、可惜の唇は逢魔の指に口付けを落とす。

 怪奇案件など過ぎ去ったことと戯れ合う二人。

 一頻りのスキンシップを終えた二人は、可惜が逢魔を背負うように立ち上がる。

 ここまで、路地に入ってから、数分もしない間の出来事だ。

 左手を自身の背から離れた逢魔に任せたまま、可惜は懐からスマートフォンを取り出す。


『仕事は完了した、報告はお任せ』


 トークアプリで仲介人に仕事完了の報告を送った後、可惜は少し迷ってから文言を追加した。


『依頼人、人に恨まれるような人でしょ。また依頼あったら回してくれると嬉しい』


 返答を待たず、可惜はスマートフォンを戻し、路地を出ようと歩き出す。

 その表情は、依頼達成に反して暗く落ち込んだものだ。


「……はぁ」

「どうしたんだい、可惜?」


 意地悪そうな逢魔の言葉に、可惜は右手で下腹部を撫でながら答えた。


「やっぱもたれた……」


 何故食べた逢魔でなく自分なのか。理不尽だと逢魔の手を握る力を強める。

 声を返さず、くすくす愛おしそうに笑う逢魔に、可惜はもう一つため息をついた。


「……明日は」

「うん」

「明日は紙いっぱいに文字を書くんだ。たくさん装飾も入れて、ラメも入れる」

「うんうん」


 表の仕事でできなかった分、たくさんデザインする。と可惜の言葉に逢魔が相槌を打つ。


「それで、Wにアップする」

「いいね、ご飯はメンチカツにしよう。ケーキも食べちゃう?」


 路地裏に二人の他愛もない明日の話が響く。

 そうして二人が去った後。

 誰が流したかもわからない人死の噂に反して、袋小路は結局誰も殺すことができないまま、静かに暗く眠りについた。

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