第12話(累計 第56話) ダム・ガール、ルキウスくんの過去に驚く。

「お、オマエ。何時まで攻めてこないつもりだ?」


「先輩こそ、目が見えない僕を警戒しすぎですよ?」


 侯爵子息ミルコとルキウスくんの決闘。

 ミルコはルキウスくん相手に攻めあぐねている。

 見えていないはずのルキウスくん。

 ミルコの動きに必ず反応し、隙というものを全く見せない。


「ティオさま、この勝負どう見ますか?」


「剣術が素人のボクに聞かれるんですか、お姉さん? ですが、圧倒的に格が違うのはボクにでも分かります。あれが、数多くの戦いで生き残ってきた英雄の格なんですね」


 ティオさまにルキウスくんの戦いについて聞いてみると、何か渋い顔。


「アミちゃん姫さま、まだお判りにならないんですか?」

「アミさま、本当に何をお考えですか?」

「お姉ちゃん、鈍感にも程があるよ?」

「ティオ坊っちゃまが可哀想です」


 ヨハナちゃんやドゥーナちゃん、エリーザ、ファフさんもわたしに対し複雑そうな顔なのが、少々気になった。


 ……皆、どうしたんだろう? なんでティオさまが可哀想なの?


 わたしは、舞台で戦うルキウスくんの挙動に注目しながら、この間ルキウスくんが話していた事を思い出した。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「中国大陸の南方戦線。陸軍第十一軍にて華北作戦に参加していました。そこでスパイモドキの事もしていたのが、後の人生に関係します」


 学校から借りた歓談室にて、ルキウスくんは前世を語る。

 第二次大戦中、戦っていたと。


「スパイなんてやってますと色々、ヤバいネタを知ってしまいました。アレが自作自演だったとかね。そんなこんなので、終戦時に日本へ帰れなくなりました。幸い、助けて仲良くなった女の子が香港マフィアボスの娘だったので、そのコネで香港まで逃げました」


「ちょ! さりげなく、とんでもない事を言わないでくださいませ。わたくし以外の方が話に付いて行けないですぅ」


「まあ、本題じゃないですからね。ここまでの話は」


 他の人たちがポカンとする中、淡々と凄まじい人生を語るルキウスくん。

 わたしはしょうがないので、皆に分かりやすく言い換える。


「えっとぉ。こっち風に言うなら、スパイやってて知りすぎて敵味方から殺されそうになったので、助けた盗賊ギルド長の娘さんのところに逃げ込んだ……って感じでしょうか?」


「概ねそんな感じですね、お姉さん。そこの組織は昔ながらの『割と』マトモなマフィアで、僕。いやワシはボスの懐刀として活躍しました」


 なんか聞いているだけでヤバい雰囲気がするんだけど……。


「つまりルキウスさまは、前世では人を沢山殺してきたと……」


「はい、公爵閣下。女子供には一切手出ししませんでしたが、生きる為に……。こと、香港時代は三合会トライアッド、国際華僑マフィアと抗争を繰り返しましたので」


 ……道場のおじいちゃんの眼光が、枯れて痩せた身体に似合わず鋭かったのも納得ね。


「そんな折、街中で抗争に巻き込まれそうになった占い師の老婆を助けました。素人、それも女性は絶対に守る存在ですので。そして、ワシは運命の言葉を彼女から聞きました。『助けてくれた恩に免じてタダで占ってやるさ。アンタは、このままなら盲目の修羅になるだろう。アンタは沢山殺し過ぎた』って」


「では、ルキウスさまの今の状態は……?」


「おそらくは、そういう事でしょうね。老婆の真意を聞く前に、彼女は雑踏の中に消えてしまいました。ただワシの中に、その言葉はずっと残りました。いくら女子供には手を出さなかったとはいえ、ワシが殺してきた男には親や家族が居たわけですから」


 わたしの呟きに苦笑しながら答えてくれるルキウスくん。

 今、彼が盲目なのは前世の行いが原因だと。


「殺し合いに嫌気が差していた頃でもあったので、ワシは組織を抜けることにしまし

た。ですが、そんな時ボスはワシに命じるのです。娘が日本へ留学をするから通訳兼ボディガードとしてついて行けと。拒否する間もなく、正規なパスポートも支給され、ワシは久方ぶりに帰国することになりました。その頃の日本は高度成長期。既に日本側で、ワシの身に危険を及ぼす存在は残っていませんでした」


 淡々と語る言葉。

 その裏側にある苦悩と後悔、そして自虐。

 わたしは、人の世界の闇を初めて知った。


「ボスは娘を巻き込みたくなかったんでしょうね。しばらくして三合会との抗争が激化。小さな組織だったため、ボス以下、全員……。ワシは一人残された娘を守るため必死に日本で働き、そして彼女と結婚しました。後は中華料理店を営み、平穏無事な人生を送り、老後はかつての罪滅ぼしにとボランティア活動にも力を入れました。それが後の護身術道場であり、点字学習。まあ、点字については予言されていたこともあって自分の為でもありました。てっきり、前世晩年に盲目になるかもとは思っていたんですが、今世だったとはね。ははは」


 ルキウスくんは自虐の笑いをしながら、壮絶な人生を語った。


「わたくしが前世でルキウスさまにお会いしたのが、その護身術道場だったわけです

ね。両親の紹介だったのですが、もしや何かわたくしの前世家族と関係があったのですか?」


「ええ。しばしアミータお姉さんの前世ご実家には随分とお世話になりました。お店を建設する際に随分と融通をして頂きました。そのご縁でしたが、こんな形にて来世で再会するとまでは思いませんでしたけどね」


 ……世の中って案外狭いのかもしれないの。もしかして、今までこちらの世界で

会った人も、前世からの因縁なのかもしれないわ。


「ルキウスさまの事情は把握しました。で、最近になりアミお姉さんに接触したのは、何か意図がおありだったのですか?」


「いえ。本当に偶然です、閣下。せっかく生まれ変わって修羅の世界から遠ざかったのです。面白いお姉さんがいらっしゃるとは聞いていましたけれどね。リナ姫さまを助ける際、見知った感じの気配を感じましてダム好きお姉さんだと気が付いた次第で」


 ……わたし、やらかし案件が多すぎるから、国内貴族界隈では有名人になっちゃったわ。


 妙に真剣そうな顔で、ルキウスくんとわたしとの関係を問いただすティオさま。

 その表情に、わたしはいつものティオさまらしさを感じなかった。


「僕にとって盲目くらい大したハンデにもなりません。元より気配で人を見ていましたし、この世界ではすべてのものが魔力を秘めています。その魔力オーラを『視る』術を学びましたし、この世界における点字の発明者となったので、パテント代で僕自身の学費は両親に負担をかけなくてすんでます」


「すごいんですね、ルキウスさまは」


「いえいえ。未成年で陛下から騎士爵ディムに任命されたアミータお姉さんに比べれば大したことはありません。そういう訳で『いろんな意味』で警戒なさらなくても良いですよ、公爵閣下。僕は『どの方面』においても、貴方さまの敵にはなりません」


 わたしの誉め言葉に対し、えらく謙遜するルキウスくん。

 彼はにこりと笑みを浮かべ、わたしに視線を一瞬向けた後にティオ様に向かって味方だと宣言した。


 ……どうしてわたしの方を見たんだろう? みんな、今日は変なの?



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