超難易度ゲームの主人公に転生したせいで、ボス知識が全っ然役に立たない
@namari600
第1話 前世の記憶
まずい……現在進行形で著しくヤバい。
土日と徹夜を掛け合わせ、全てをゲームに費やした私は今……遅刻寸前である。
母親が準備してくれた制服に着替え、朝食のおにぎりはスルー。
さっさと水で顔を洗い、無駄に長い髪をテキトーに結ぶ。
そのまま風よりも早く家を飛び出した。
最寄りの駅までは歩いて十五分。
家からはやや下り坂なので、全力で走ればギリギリ電車には間に合うか。
走る。走る走る。走る走る走る。
調子に乗って速度を上げすぎたのが運の尽き。
止まれの標識を無視して十字路に突っ込み、私の体は宙を舞った。
その先はもう覚えていない。
*
「……様っ!お嬢様っ!!」
青い空。駆け抜けるそよ風。ふかふかの草原。そして、私の顔を覗き込むイケオジと駆け寄ってくる顔馴染みのメイド達。可愛い。
「……そう。これが、楽園、なの、ね——」
「お、お嬢様ぁぁっ!」
「早く医務室へ!」
「薬箱の準備を急ぎなさいっ!」
なんか周りが騒がしくなっている。おかげで私は落ち着いていられるのだけれど。
私、リエナ・アルガルド。先月で九歳。
辺境貴族アルガルド家の一人娘であるため、家臣や領内の人達にそれはもう可愛がられて育った普通の女の子……だった。
私はついさっき、前世の記憶を思い出した。
辺境貴族アルガルド家は武闘派の家系。
魔王領にかなり近い場所に領地を持つため、魔物の脅威は日常茶飯事。
私たち領主の家系は兵士達を率いて戦場を駆け回り、永らくこの土地を守ってきたのだ。
もちろんそれは、女の私にも適用される。
幼い頃から戦闘の基本を叩き込まれ、食事も体づくり中心のメニュー。
外に出れば剣を握らされ、弓を持たされ、槍をブンブン振り回していた。
初めて魔物を倒したのは何歳の頃だったっけ?
今日は午後から剣の鍛錬。
剣術指南役のイケオジ……じいやと共に実践練習を行なっていた。
じいやは剣の達人。一度剣を握れば指導に熱がぐっと入る。
それはまさに神速の一撃だった。
私は脳天からじいやの木刀を受け、その場に倒れた。
周りのメイド達が焦っていたのは、至極当然のことだった。
……じいや達には悪いけど、私は今、頭が痛いどころの話ではないのだ。
まさか木刀くらって前世の記憶(享年十七歳)がいきなり脳に駆け込んでくるんだもん。
頭が回らないどころの話ではない。脳の処理落ち真っ最中で目がまわる。
朦朧とする意識の中、私は医務室に運ばれてった。
*
目を覚ましたのは翌日のことだった。
その頃にはだいぶ記憶も落ち着き、ベッドから出ることも可能になっていた。
そして病み上がり初回の食事の際、じいやが土下座して謝ってきた。
「お嬢様……この度は大っ変申し訳ございませんでしたっ!!」
うーん、反応に困るなぁ。
私は『反応できなくてごめんなさい、もう一度教えてもらえませんか?』と答えようとしていたのだが、この様子だと逆効果だろう。
詰まっている私をほったらかしで、じいやは懐の名刀を鞘から抜く。
「お嬢様は当家を継がれる御方。そのような方に傷をつけてしまったこと……謝罪程度では到底許されない。ならば、このおいぼれの首ひとつで……」
「ちょ、ちょっとストーップ!!」
な、なんだこの情緒ぶっ壊れのジジイは!?
記憶が戻る前の私はじいやをかっこいい師匠みたいなイメージを持ってたけど、今の私からすれば危険分子だよ。
私の大声でメイド達が集まってきて、なんとかじいやは剣を納めた。
「じいや。私はもう大丈夫だから。あと、まだ少し頭が痛いから大声はダメ。分かった?」
「そ、それは申し訳ありません……」
私はサッと部屋の隅にいたメイド達に目配せ。
すっかり小さくなっているじいやを部屋の外へと連れ出してもらう……ん?
ドタドタと慌ただしい足音が部屋の外から聞こえる。乱暴に扉を開け、誰かを探している?
すぐに医務室の扉も開かれ、全身鎧の大男が飛び込んできた。
「すまないっ!執事長は……いたっ!!」
ガチャガチャと騒がしく鎧の音を立てながら鎧男はじいやに駆け寄っていく。
手には一通の書簡。何かあったのかな?
メイドが私の代わりに鎧男に問いかける。
「どうかなされたのですか?」
「あぁ。隣の領主様からの手紙でな。詳しいことは知らないが、数名のアンデットが目撃されたらしい」
「アンデットですか……物騒な話ですね」
そういえば、この世界は魔物がいるんだった。
現実を再認識しつつ、私は出された料理に口をつけるのだった。美味美味。
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