神様へと祈りを込めて

暦海

第1話 依月神社

「…………はぁ」



 高校一年生の、ある夏のこと。

 人ひとり見当たらない、閑散とした住宅街――その一本道を、そっと息を洩らし一人歩みを進めていく。……ふぅ、やっと終わった。でも、今日はまだ月曜日……明日も明後日も、また同じことの繰り返し。そして、そんなことがあと二年以上も続いていく日々……もう、いっそのこと――



 そんな鬱屈とした気持ちを抱え、歩みを進めた先は小さな路地裏。仄かに揺れる朱色の提灯、そして優しく響く風鈴の音――そんな風情漂う細道に、なんだか心が穏やかに……あれ? そう言えば、こんなところに路地裏なんて――


「…………え?」


 刹那、思考が止まる。と言うのも……路地裏を抜けると、卒然ハッと辺り全てが光に包まれたから。思いも寄らない光景にしばし茫然としていると、徐々に光が消え視界が開けていく。そして、僕の視界に映ったのは――



「…………じん、じゃ……?」



 そう、ポツリと口にする。そんな僕の眼前には、神明しんめい系の小さな鳥居。……えっと、神社、だよね? でも、こんなところにあった記憶が……と言うか、そもそもあの路地裏だって今まで見覚えが――


「……っ!!」


 直後、更なる驚愕に思考が……いや、呼吸が止まる。何故なら、今……まさに今、通ってきたはずの路が跡形もなく消滅しているから。もう、何がなんだか分か……いや、それは今更だけど……ただ、それはともあれ――



「……行くしか、ないよね……」


 そう、ボソリと呟き一歩を踏み出す。そして、深く一礼し鳥居を潜っていく。未だここだけは光に包まれたままの、何とも神聖な鳥居を中を。



 「…………わぁ」


 それから、ほどなくして。

 開口一番、感嘆の声が洩れる。そんな僕の視界には、社殿へと続く風情漂う砂の境内。それほど広くはないけど、むしろそれが良い。……こう、上手く言えないけどそれが良い。


 そして、四隅には柔らかな陽光を受け仄かに輝く木々や草花。そして、木々のところどころから届く小鳥の囀りが優しく耳をくすぐる。まるで桃源郷かと思うくらい、そこは穏やかな幸せに満ちた素敵な世界で……まあ、行ったことないけども、桃源郷。



 ともあれ、夢現といった意識の中、ゆっくりと歩みを進めていく。左手には手水舎ちょうずや、そして前方には、二匹の狛犬に見守られるようにひときわ存在感を放つ荘厳な社殿。……うん、折角だし――


 そういうわけで、二度深く礼をし、二度手を叩く。そして再び一度深く礼を――二礼二泊一礼、神社の正式な作法だ。

 

 ……あれ、でも何をお願いしようか……うん、何でも良いか。とりあえず、家族の健康でも――



「…………え?」

「……へっ?」


 すると、ふと届いた微かな声に驚く僕。……いや、驚いているのはお相手の方かも。ともあれ、徐に顔を動かし視線を向ける。声が聞こえた方――少し遠くの、右手の方へと。すると、そこには――



「…………きみ、は……」



 鮮やかな黒髪を纏う、ハッと息を呑むほどに見目麗しい少女がこちらをじっと見たまま佇んでいて。



「……あっ、えっと、その……」


 刹那、ハッと我に返る僕。……いや、見蕩れてる場合じゃない。ひょっとして、無断参拝禁止だった? だとしたら、この状況はまさしく――



「その、すみません知らなかったんですなのでどうか警察には――」

「…………へっ? あ、いやしないよ!? そもそも、ここ神社だし!」

「……へっ? あ、そうです、か……良かった」


 何はともあれ不法侵入に対する謝罪と言い訳をしようとするも、むしろ彼女の方が慌てた様子で否定をしてくれる。……そっか、うん、良かった。


 その後、改まった様子で僕をじっと見る美少女。そして、パッと花のような笑顔を見せて――



「――ともあれ、初めまして。私は依月いづき風奈ふうな。ここ依月神社の巫女さんです!」





 


 


 

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