第2話 可愛い後輩と食べる雪見鍋

「…………」

 

 誰がどう見ても可愛い後輩が、俺のトレーナーの上だけを着た状態で『俺に会えて嬉しい』と抱きついている。


 しかもその身体は華奢で小さくて、それでいて胸元からは柔らかな弾力が確かに伝わってきていて、おまけにシャワーを浴びた後だからいい匂いがする。


 ――この世にこれほどまでに男にとって殺傷能力が高いものはあるのだろうか。


 こいつはそれを分かっていて、『俺に手を出してもらう作戦』として抱きついているのだろうか。そんな気さえしてくるというのに。


「ふうー。あーあ。せっかく先輩に手を出してもらいたくてこんな格好してるのに、抱きついちゃった。手強てごわいな―先輩は」


 駒瑠本人は、全くそんなつもりはなかったようだ。


 作戦云々ではなく、寂しかったから俺に抱きつきたかったとか――むしろ、そっちの方が男心をくすぐられ、俺からも抱きしめ返したくなる。


 それなのに。


「さーて、じゃあ、やる気チャージもしたことだし! ご飯作ろっかなー」


 駒瑠は空気を切り替えるように、伸びをしながら台所へと向かって行ってしまった。



「あ、俺もなんか手伝うよ」


 なんとなく肩透かしを食らった気持ちになりつつ声を掛けると、駒瑠はくるっと振り返ってにこっと笑った。


「じゃあ、先輩はー。これ! 1本まるまる、すりおろしてくださいっ」


 そして明るい口調でそう言うと、大根とおろし金を俺に手渡した。


「1本……まるまる?? 一体何作るの?」


 不思議に思って聞いてみれば。


「今日は雪降ってて寒いから、先輩と雪見鍋でもして温まろうかと思って♡」


 駒瑠は、にししっと歯を見せて可愛く笑ってみせる。


「雪見鍋? なんだそれ」


「大根おろしを雪に見立てたお鍋です。みぞれ鍋とも言うんですけど……食べた事ないですか?」


 駒瑠は小首を傾げながら聞いてくる。


「いや、それは初めてかも」


「へへっ。先輩ったら、また私としちゃいますね♡」


 そしてじりじりっと俺との距離を詰めると、イタズラっ子みたいな目をしてそう言った。


「意味深な言い方やめぃ」


「あははっ。じゃあ、今夜はあつーい夜にしましょうね♡ お鍋で」


「おい」


「えへー♡」


 そんな冗談を言いつつ、笑いながら二人で鍋の用意を進めていった。




 そうして鍋が完成し、たっぷりの大根おろしが乗せられた鍋がぐつぐつと煮えている。香ばしい湯気が立ち込めて、色とりどりの具材がなんとも食欲をそそる。


 ……相変わらず、駒瑠が作る料理はうまそうだ。


「よしよし、お鍋もいい感じですね。じゃあ、先輩、お鍋の前に乾杯しましょ? はい、先輩の好きなカルピスレモン」


 出来上がった鍋を前に、駒瑠が俺に缶ジュースを差し出した。

 

 けれど、俺はつい身構えてしまう。


 前回、俺はこうして駒瑠に差し出されたまま、酒をジュースだと思って飲んで酔っ払ってしまったのだ。そしてその後、駒瑠とをしてしまった。


 ちなみに俺も駒瑠も、酒に強くはない。


「出たな、今回は騙されないぞ? どうせまたアルコールが入ってるんだろー?」


 俺は手渡された缶を注視してアルコールの有無を確認する。


「いーえ? 今回はちゃんとジュースですよ、先輩」


「あれ? ほんとだ。じゃあ、駒瑠の方のカルピスは??」


 そして駒瑠の持っている缶も注視してみたけれど、前回のようにカルピスサワーということもなかった。


 俺はてっきり、今回も酔って酔わせて『そういう展開』に持って行こうとしているのかと思ったのに。


「私の方も、ちゃんとアルコールなしのただのカルピスです」


「……そっか」


 これではただ単純に、雪の降る中食材買って来て、鍋作ってくれたありがたい後輩でしかないじゃないか。


 疑って申し訳なかったと思う。それと同時に拍子抜けしてしまう。

 なんだろうこの感じ。……いや、別に決して何かを期待していたわけではないのだけれど。


「……私、前回先輩と出来て嬉しかったけど、その後は全っ然手を出してくれないじゃないですか。付き合ってるって感じにもなってないし。つまりはあれは、お酒が入ってたからなんだなーって思って。そう思うと今だにちょっとだけ、胸がチクッとするんですよね」


「…………」


 まさか駒瑠がそんなことを思っていたなんて。


「だからお酒飲ませるのはやめようと思って。それこそ先輩は私のこと、身体目当てで仲良くしてくれてるわけじゃないってことですもんね。そんなところも好きだな―って思って。そのうちちゃんと、私の事好きだなって思ってもらえたらいいなって思って」


 ……駒瑠の言葉に、ちょっと健気だなと思ってジーンとしてしまう。なのに。


「こんな健気な後輩、可愛くないですか? 先輩だけに、ものすごーく一途ですよ。ほらほら、『俺の彼女にしたい』って気持ちになってきませんか!?」 


 ああ、もう、まったく。せっかく人が駒瑠の健気さにジーンとしてたのに。こんなことを本人が言ってはすっかり台無しじゃないか。


 ……まあ、そんなところも駒瑠らしくて可愛いなと思いつつ。駒瑠はいつまで経ってもそこに気付かないんだろうなぁ。


「ああ、はいはい、可愛い可愛い。ほら、せっかく作ってくれたのに、煮込み過ぎたら肉が硬くなってしまうぞ?」


「あー!! ダメッ、特売のやっすい肉だから、硬くなる前に食べなきゃっ!!」


 すると駒瑠は急いで具材を皿に取り分けはじめた。


「はい、先輩。可愛い駒瑠ちゃんが作った愛情たっぷりの雪見鍋です。味わって食べてくださいね」


 そして取り分けた皿を俺に手渡してくれる。作ってくれたのは駒瑠なのだから、駒瑠が先に美味しく食べたらいいのにと思いつつ、それが駒瑠のさりげない優しさなんだよなと思うわけで。


「さんきゅ」


 俺はありがたくそれを受け取ると、ゆっくりと食べ始めた。


 外は雪が降りしきる中、温かい部屋の中で可愛い後輩と2人で食べる雪見鍋。それはとても温かくて、ほっこり幸せな味がする。


 これはきっと、他の誰でもない駒瑠と2人だからなのだろうな。

 そのことに気付いて、ふと、駒瑠とのこの時間を愛おしく感じたのだった――。



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◇駒瑠が先輩にお酒飲ませた時の話はこちら↓

俺にやたら懐いてる策士で可愛い後輩ちゃんが、酔って甘えて俺の理性を崩壊させてくるのだが。

https://kakuyomu.jp/works/16818093079451781199

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俺にやたら懐いている可愛い後輩ちゃんが、雪を言い訳に俺の部屋に泊めてとやってきた。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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