第26話 シトラの昔
レリアが目を覚ますと、今日もシトラは既に部屋から出て行っていた様だった。
レリアは若干の寂しさを感じながら起き上がる。
今日もロティアに軽く挨拶をし、身だしなみを整えて貰ってから朝食に向かう。
朝食を終え、特にやることも無くなったレリアは、今日も素振りの為に庭へと出ていた。
ある程度満足に刀を振り、家に戻ろうとしたタイミングで、門の近くに誰かが居るのをレリアは見つける。
来客かと思い近づいてみると、その人物はクレアだった。
「あれ、クレアさん!どうしたんですか?」
「うん?あぁ、レリアさんですか!丁度良かったです。あの、前に理事長と話したいってレリアさんが言ってましたよね?」
「はい!言ってましたけど……あっ!もしかして話せる日が決まりましたか!?」
レリアは目を輝かせる。
「はい。一番早くて今日。次は三日後とのことですが……。」
「なるほど……じゃあ、今日行ってみます!!……えっと、道案内頼んでも良いですか……?」
「良いですよ。私もちょうど学園に行くところでしたし。えっと……早速向かいますか?」
「いや、ちょっとだけ準備してきます!すぐ戻りますね!!」
レリアはそう言って、家の中に入って荷物などを準備する。
クレアは手入れの行き届いた庭を眺めながらレリアを待った。
「お待たせしました!クレアさん!それじゃあ……早速行きましょうか!」
レリアはクレアの手を握り、並んで歩き出す。
二人は仲良く喋りながら、学園へと足を進めた。
「——さて、着きましたね。えっと……理事長室までの案内も必要ですか?」
「えっと、出来るならそうしてくれた方が嬉しいです。」
「了解です!学園は特にはぐれやすいので気をつけてくださいね。」
クレアは少し手を握る力を強め、そのまま理事長室まで案内した。
理事長室に着くと、部屋の扉の前にシトラが立っていた。
「あれ、シトラ?」
「……なんでレリアがここに?」
「私はちょっと理事長さんと話がしたくて……もしかして、シトラも?」
「そう。……別に後で良いよ。先に話してたら?」
シトラはレリアの繋がれた手をじっと見つめながら話す。
「う〜ん……それか、一緒に話す?今日はシトラの事を話に来たんだ。だから、一緒にでも良いかなって。」
「私が居たら話しにくいんじゃない?……別に、レリアが良いなら良いけど。」
「じゃあシトラも一緒に話そう!……あっ、クレアさん!ここまで案内ありがとうございます!」
「いえいえ。それじゃあ、ここで失礼しますね。」
自分の存在が忘れられていなかったことに安堵しながら、クレアは理事長室の前から立ち去る。
「じゃあ、入ろっか。」
シトラはそう言って、ノックも無しに扉を開ける。
理事長室は以前来た時と変わらない様子で、変わらず小柄な女性が話しかけてくる。
「うん?あぁ、シトラか。悪いが今日は先客が……おや、レリアちゃんも一緒なのか。」
「えっと、理事長さん!今日は聞きたいことがあって……」
「あぁ。大まかなことは既に聞いているよ。シトラの事について聞きたいんだったね?……話を聞かなくても、君達は既に良い関係を築いている様だが?」
「それでも、聞いておきたいんです。良い……ですかね?」
「あぁ。構わないとも。ところで……シトラはどうしてここに?」
「用があったから来たらレリアとたまたま被っただけ。……というかレリア、いつの間にそんな事考えてたの?」
「その、シトラとちょっと仲違いしちゃったとき、自分に何か出来ることはないかなって考えて……嫌……だった?」
不安そうにレリアは尋ねる。
「……別に。気持ちは嬉しい……から。」
「ふむ、何やら気になる話も出てきたが……まぁ良いだろう。それで、レリアちゃんはシトラの何が聞きたいんだ?」
「えっと、シトラの昔について聞いてみたいです。私、王都に来てからのシトラは本当に知らないので。」
「なるほど。こっちに来てからのシトラか……。」
理事長は腕を組んで考え出す。
「そうだな、なんというか……今すぐにでも壊れそう、というのを真っ先に思ったな。」
「今すぐにでも壊れそう?」
「あぁ。誰にも心を開かず、何かに取り憑かれたかのように魔法を極めることに時間を費やし……なんというか、言葉に表すのが難しいな。とにかく、異常な執着を見せていたんだ。そのままやっていればいつか心を壊すぞ。そう忠告しても一切聞き入れず……。」
「そんな感じ……だったんですか。」
「あぁ。最終的には過労で倒れて、そこから本格的に私がシトラの面倒を見るようになったな。何故そこまでやるのか、とシトラに聞いてみれば、幼馴染の為。とだけ帰ってくる。あれは相当に怖い体験だった……。」
理事長は昔を懐かしむ様にしみじみと言う。
シトラは耳を赤くさせながら、俯いてこの場に来たことを後悔していた。
「今にして思えば、シトラがあの頃ああなっていたのも仕方がなかったのだろうな。なんせ、ずっと幼馴染しか信頼出来る人間が居なかったのに、突然王都に連れてこられ、幼馴染に会うには魔法を極めるしかない……そう言われたら、あれぐらいの執着は見せるものなのだろう。そういう意味で、本当にレリアちゃんがここに来てくれたのは喜ばしいことだ。」
「その、なんというか……シトラ、私のことそんなに好きだったんだね?」
「……仕方ないでしょ。あの頃は本当に……というか、レリアだってそうだったんじゃないの?」
「う〜ん……私は師匠が安心出来る人だったからなぁ。……あっ!その、理事長さんが安心出来ない人とかそういう意味じゃなくって……。」
「ふふっ。結局、私はシトラに対して殆ど何もしてやれなかった。安心出来ない人だと言われても否定は出来ないよ。」
「いや……えっと……シ、シトラ!何か感謝してるところとかあるんじゃないの?」
「……魔法を教えてくれたことは感謝してる。それ以外は……良くも悪くもない。」
「えっと……で、でも!シトラが気づいてないだけで何か良いところとか……!」
レリアは気まずい空気を作ってしまったことに罪悪感や後悔、焦りを感じる。
慌てている様子のレリアを見て、理事長は軽く笑った後口を開く。
「そんなに焦らなくとも、私とシトラは普段からこんな感じだ。もう慣れたさ。むしろ、レリアちゃんにももっと砕けて欲しいのだがね?なんせ、義娘なのだから。」
「義娘……。」
「あぁ。……少し話が脱線してしまったな。シトラの面倒を見るようになってから、シトラの過去について色々と聞いたよ。レリアという幼馴染が居ること。育った環境にレリア以外信頼出来る人は居なかったこと、それをお前らの勝手な都合で引き離したと……いやぁ、本当に文句を言われた。」
「……言っとくけど、まだ許してないから。」
「今でもこんな感じだ。悪いとは思っているが……少しは他の者も信頼して良いと思うのだがね。」
理事長は肩をすくめる。
「ついぞシトラが君以外の誰かを信頼することはなかったが……最低限、他人を攻撃することは無くなったな。……昔は酷かった。話しかけに来ただけの者に酷い言葉を返し、それで相手が怒ったら魔法で捩じ伏せる。毎度その報告が来る度胃を痛めたよ……。」
「……シトラ、そんなことしてたの?」
「……あれは私が悪かった。その、申し訳ないとは。」
「まぁ、昔のシトラはこんな具合だ。とにかく、誰も寄せつけない。近寄ろうともしない。ずっと居ない君を追い求めていたのだろう。その為に無駄なことは全部排除する。自分とレリアが会うのを邪魔する奴は全員敵。そんな認識だったのだろうな。……他に、聞きたいことはあるか?」
「……なるほど。えっと、理事長さんから見たシトラのイメージとかってありますか?なんというか、シトラはこういう感じの人間だ、みたいな。」
「イメージか。中々難しいな……」
理事長は暫し思考に耽ける。
レリアはその間、先程理事長から聞いた昔のシトラの情報について考えていた。
自分が思っていた以上に、シトラは自分のことが好きだった。それはどこか嬉しい様で、逆に怖くもあった。
愛の熱量が怖いのではなく、その愛に釣り合わないことが怖かった。
レリアは一旦その思考を忘れ、次の理事長の言葉に集中しようと考えた。
暫くして、理事長は口を開く。
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