kurei D 4

エリー.ファー

kurei D 4

「そこに、雨がある」

「いや、あるのは上澄みだ」

「どうかな」

「どうとか言わずに、さっさと調査しろ」

「お前の仕事だろうが」

「いやいや、お前だろ」

「この実験がどれだけ重要なのか分かっているのか」

「とにかく早くやれ」

「うるさい。黙っていろ」

「実験なんて退屈だ」

 私は、十人いる。

 そして、実験が大好きだ。

 犬に、猫に、パソコンに、ノートに、烏に、魚に、セロハンテープに、時計に、風に、家に、罪に、嘘に、マグカップに。

 注射器を、メスを、マイナスドライバーを、さしこみ。

 解体を繰り返す。

 その内、中に入っているものが消えてなくなって、好奇心も消えていく。

 繰り返すうちに、私はまた一人、また一人、増えていく。

 今は、十人。

 ここ三年間は、十人のままだ。

 おそらく、何かのタイミングで増えてしまうに違いない。

 何かを知って、満足する度に、その思いが、私を増殖させる。

 誰かに聞いた話では、この島の最北端にある研究施設でも同じようなことが起きているらしい。そちらは、かなり深刻だそうで、研究施設が爆発するほど、中で働く研究員が増えたらしい。

 もはや、漫画だ。

 いや、小説だ。

 いやいや、アニメかもしれない。

 いやいやいや、何だっていいのだ。

 とにかく、この現象に頭を悩ませているのは私だけではないのである。

 本当に、それだけの事実が私のことを安心させてくれる。

 いつまで、こうなのか。という悩みではなく。

 誰かも悩んでいるのか。というただの感想になっていく。

 私は私のことを客観的な視点で見ることができるようになった。成長と言えば、成長なのだろうが、この年齢になって、そんな当たり前のことに気が付くとは恥ずかしい限りである。

 私の中には野望がある。 

 それは、死ぬことだ。

 できれば、他殺がいい。

 自殺は怖すぎるからだ。

 私は、私の人生の限界を知っていて、おそらく、これ以上のものは望めないのだろう、と思っている。

 間違いだらけの人生だったが、その間違いが正される瞬間が来ることを感じられるほどの賢さを備えている自信がある。

 

 ある日、私の研究施設にスパイが入り込み、研究中だった花を奪っていってしまった。

 私は途方に暮れた。

 あれが、私の人生の全てだったと言っても過言ではないだろう。

 さようなら。の一言くらいかけたかった。

 別れの歌を聞きたかった。

 レクイエムでも何でもいいから大音量でかけてやればよかった。

 そして、三日後。

 私は一人になった。

 私以外の私が消えたのだ。

 研究施設の至るところを探してみたが、どこにもいなかった。

 研究施設の裏手には、大きな公園があるのだが、そこのジャングルジムの頂上にも、ブランコの横の雑木林の中にも、砂場にもいなかった。

 私は公園の蛇口をひねって水を大量に出して、その滴の一つ一つを確認すると、蛇口を閉めることもなく、公園をあとにした。

 歩いていると、豆腐屋の笛の音が聞こえた。

 私は、このあたりで豆腐を買うことができた事実に驚いた。

 もう何十年も住んでいるのに、知らなかったからだ。

 きっと、これからも知らない予定だったはずだ。

 いや、そういう運命だったはずなのだ。

 私は、泣いた。

 そして、ゆっくり死んだ。

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