マダム クロッシェ 2号店

宵の口の昔語り

窓の外から凍てる月が覗いている。

ここは、小さな子ども部屋。

「パパー、魔王のお話しの続き聞きたーい」

小さな男の子がベッドに横になりながら、隣に座っている男性に話しかけた。

暖炉の灯がゆらゆらぽかぽかと二人を包んでいる。

「承知した。エディお気に入りのやつだな。あーと、この前はどこまで話したかな？」

エディは、目をきらきらさせて

「魔王が、気持ち悪いやつら、えと、魔王ものと、島をめちゃくちゃにして、それであやしい賢者が、魔王を倒すために、違う世界の人を連れてくるの。えと、勇者とオオカミと、魔女の人たち、あと、剣作るひと！」

「魔王もの？あ、魔物な。」

「うん、うん。賢者が、連れてくる、まあ、召喚な。召喚したのは、勇者、獣人、鍛冶屋、黒魔法使いと白魔法使いの双子の魔術師。」

男性はにこやかに男の子の話にツッコミを入れながら、相槌を打つ。

「それで、そう、しょーかん、それを間違えちゃって、かわいそうだから魔法をあげたの。」

「そうだ。召喚してみたけど、みんなポンコツだったから、チートで魔法を授けたんだ。そう、そう。」

「それで、でっかいお船を作って、みんなで逃げるの。」

エディは両腕を布団からズボッと引き抜いて、広げて見せる。まるでその両手に船が浮かんでいるかのように。

「いや、逃げる。じゃなくて、逃したんだよ。島の人たちを。魔王は、連れてきた魔物とまだ島で暴れ回っているからね。倒さないと。」

風邪引くぞと言って、男の子に布団を掛け直す。

男の子は、されるがままに布団を被るが、その口は、止まらない。

「そう、で、勇者のみんなが力をあわせて、勇者がしぇい剣で、ブワッしゃーって悪者みんな倒したの、で、魔王は逃げちゃったんだよね。」

ブワッしゃーと言う効果音と同時にまた布団をはだけて、両手で空想の剣を振り回す。

諦めた男性は、話に集中する事にした。

腕組みしながら、自身の記憶を探り始める。

「もうそこまで話したのか、そうだな。そう。戦いで魔力をほとんど使い切った魔王は、最後の力を振り絞って魔界に戻った。それで、とりあえず、平和も戻った。と。

それで、その勇者たち5人と、船で避難していた住人たちは、みんなで力を合わせて、島を復興させた。それからは、みんな元の生活を取り戻し幸せに暮らした。」

「それで、それで、それからまた、今度は、ルークとか、レオンが魔王と戦うんでしょ？」

男性は、微笑みながら、

「ああ。エディは、ここからのお話が好きだもんな。そうだ、召喚された勇者たちは、自分達の世界に戻らず島でみんなと暮らし始めたんだ。死ぬまでずっと島で過ごした。

それから、島では、勇者たちの技と魔法を受け継いだ子どもが時々生まれてくるようになったんだよな。それが、先祖返り。

島の子孫であり、勇者たちの技と魔法を宿して生まれた者達。エディの好きなルークとレオンもそうだ。」

「それで、それで。その勇者がルーク王子で、あと、レオンのバンバンってすごいやつと、えっと、モフモフお兄ちゃんのおおかみ！あと、レーシーの水の魔法のばしゃってやって、お船をビュンビュンするの！」

「そうだな。ルーク、レオン達が、戻ってきた魔王を追っかけて、海の向こうにある大陸に行くって時の話しだな。」

それ！と瞳を輝かせながら、男性を指差す。

「パパも見てたんでしょ？そのかっこいいみんなの船のやつ。いいなあ。」

男の子は、男性を崇めるような眼差しでキラキラと見つめ羨ましがる。

「ああ。みていたよ。」

男性は、微笑みながら男の子に頷いて見せた。窓の外に視線を移しぼんやりとした満月を眺める。

彼の幼い頃の記憶を、その情景に想いを巡らす。

「レオンが、魔法を仕込んだ球を打ち上げて、空にすっごくきれいな花を咲かせたんだよ。でっかいまん丸いのがどどーんって夜空に広がって、体にも響いてきてさ。

あの時初めて、レオンの火魔法、見せてもらったな。ほんっと、かっこよかったなぁ。

あ、そうそう。その魔法はね。実は、お城にいたレーシー達への集合の合図だったんだよ。」

「あの時もこんな風に雪が降っていたんだ。あれは、12月の城のダンスパーティの夜だったんだよ......

降り始めた雪を窓から眺めながら、男性は、クリスマスイブに起きた彼らの逃走劇について懐かしそうに目を細めながら語り出した。

それは、彼らの冒険の始まりの物語でもあった。