001-1 12月24日、午後7時46分。

 細々と経営してる喫茶店『ましゅまろ』の今日最後のお客さんを見送ってから小一時間。

 俺はそろそろか、と読んでいた雑誌を閉じて立ち上がった。

「イヴ。酒も出さない喫茶店。遅い時間に客が来るわけないよな」

 呟きながら、店を閉める準備を始める。

 と言っても入口の扉にかかった「OPEN」のプレートを「CLOSE」に変えて、戸締りするだけの単純作業だけど。

「軽く掃除したらコンビニにチキンでも買いに行くか」

 洗い物はすべて済ませたし、暇すぎてシンクの汚れ落としまで終わってる。

 あとは床の掃き掃除と、テーブルと椅子の除菌をもう一度すれば、また明日お客さんを迎える準備は完璧だ。

「ん?」

 掃除用具を手に取ると同時に聞こえてきたのは鍵のしまった扉を押したり引いたりする音。

 ガン! ガンガン! と、音はどんどん激しくなっていく。

「酔っ払いか……?」

 鍵を閉めたばかりの扉を見ると、その向こうに見知った顔があった。

「なんで……?」

 そこにいたのは4つ下の幼馴染み。矢筒万尋、22歳。

「今日は仕事早番で、終わったらデートって言ってなかったか……?」

 なんで俺の店の扉を全力で引っ張ってるんだと思いながら、扉に近づく。

「やめろ、壊れる! それでなくても古いんだから乱暴に扱うな」

「わっ!」

 文句を言いながら鍵を開けた扉を引くと、万尋は店内に転がり込んできた。

「この扉は、外からは押して開ける扉だ。PUSH! わかるか?」

「そんなの知ってるもん。閉店早すぎるのが悪いんだよ」

「イヴの夜に遅くまで店開けてても、おまえみたいな酔っ払いしか来ないの」

「…………」

「デートはどうしたんだよ? 今日はシフト変わってもらってラブラブデートだったんだろうが」

 嫌味を込めて言ったあとに万尋を見ると、彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれていた。

(やべぇ。これ、地雷踏んだ)

「フられた」

「え?」

「偶然再会した元カノと盛り上がって、元サヤにおさまることにしたんだって」

「えぇ?」

「わたしのことは好きだけど、元カノは初恋の人で、ずっと一緒にいたいと思った人なんだって」

「…………」

「だから、わたしとはもう一緒にいられないって」

 泣きながら、今日の出来事を告白する万尋。

 俺はそんな彼女を抱きしめたいと思う自分を必死に抑えた。

(今、優しさを見せることは簡単だけど、それじゃだめだ。堪えろ、俺)

「…………とりあえず、チキン買いに行くか」

「え?」

「俺の晩飯。おまえは食ったかもしれないけど、俺はまだなの。腹ペコなの」

「わたしもご飯食べてない」

「じゃあ、近くのコンビニまでチキン買いに行こうぜ。ついでに酒も買うか。今夜は付き合ってやるよ」

「飲めないくせに?」

「うるさい。ほら、行くぞ」

「うん!」

 店を出て、今度は外から鍵をかけて。

 俺はずっと思いを寄せてる幼馴染みと並んで歩きだした。

「コウくん、ありがと」

 コンビニまでの道中、小さな声が聞こえたけど、それに応えることはせず、無言で目的地を目指した。

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