パトラッシュは迎えに来ない

於田縫紀

第1話 パトラッシュは迎えに来ない

 町の中心駅と言えば聞こえはいいけれど、2両編成の電車が1日4往復やってくるだけの寂れた無人駅

 私は雪が降る中、その待合室で1人待っていた。

 朝か、終わりがやってくるのを。 


「もう疲れたよ、パトラッシュ」


 誰もいない待合室で、私はそんな台詞を呟く。

 実はそのシーンどころか、そのアニメそのものを見た事がないし、犬も飼った事はない。

 けれど、それでも間違いなく私は疲れていて、そんな弱音を吐きたい状態だったのだ。


 ◇◇◇


 私の家は、公共交通機関の便が非常に悪い。

 家から歩ける範囲に来るのは1日3本のバスだけだし、乗り継ぐ鉄道も1日に4往復だけ。

 ちょっとでも乗り遅れたら学校に間に合わないし、家に帰れない。


 だから最初は自転車、そして原付免許を取って、アルバイトでスクーターを買った後はスクータで学校に通っていた。

 雨の降る日も、風の吹く日も。

 だから当然あの日も、スクーターで学校に来ていた。


 そして突然、午後が休校になった。

 理由は大雪の為、帰宅できなく可能性があるから。


 ただ学校が終わった頃は、みぞれにはなっていたけれど、雪が積もるような雰囲気じゃなかった。

 それに元々、この辺は雪が積もる場所じゃない。

 少なくとも私が引っ越してきてからは、一度も雪が積もっていないし。


 みぞれで路面がジャリジャリしている程度なら、スクーターでもゆっくり走れば帰れる。

 それより、折角出来た自由時間は有効に使いたい。


 そして今日は金曜日、バイトを入れていない日だった。

 あと家に帰りたくないというか、家にいたくなかった。

 

 だから学校から歩いて帰れる結愛と、自転車で来ている美羽との3人で、カラオケへと行ったのだ。

 うちは家庭環境的に、こういった場所に行く機会が無い。

 だから、こういう機会は逃したくないし逃せない。

 夕食の買い出しのお金は持っているから、2時間分を3人で割ったくらいなら払えたし。


 ◇◇◇


 ガンガン歌って、サービス時間帯で安かったからつい1時間延長して。

 そして外に出たら、雪が積もっていた。

 これ以上無いという位に思いっきり、幹線道路である筈の目の前の道路も真っ白で、車がほとんど走っていない。


「芽依大丈夫? 何なら家に来る?」


 結愛はそう言ってくれたけれど、私はまだ事態を軽く考えていた。

 それに他人の家にお世話になりたくない事情もある。

 だからこう言ってしまったのだ。


「大丈夫大丈夫、うち、うるさいしさ。何とか帰るって」


 そう、うちの母は私にはものすごくうるさい。

 外泊なんて絶対許してくれない。どんな場合であっても。


 でもだからといって、アレが何かしてくれる訳じゃない。

 車の運転は嫌いだから、迎えに来るなんて事はしない。

 そもそも昼食や朝食の買い物だって、私が買って帰る位だ。


 かといって、タクシーで帰るなんてのも問題外。

 此処から家まで5,000円はかかる。

 財布の中は2,000円無いし、家に着いてもあの母が払ってくれる筈はない。


「タクシーなんて使うのは、うちの子じゃないですから!」 


 そう言って料金を払ってくれないまま、閉め出される事になるだろう。

 タクシーの運転手さん含めて面倒な事になる。


 ただまだ17時前。電車とバスを乗り継いで帰れる時間だった。

 だから駅の駐輪場にスクーターを停めて、電車に乗って帰ろう。

 そう思って、私は雪道をスクーターを押して歩いて行ったのだ。


 エンジンをかけて、少しだけタイヤを動かしつつ歩けば、とりあえずスクーターを引っ張って歩ける。

 これなら大丈夫かな。そう思って乗って走らせようとした、らつるっと滑った。

 慌てて足をついて踏ん張った結果、何とか転ばずに済んだのだけれども。


 カラオケ店から駅まで、スクーターを押しながら進んで10分ちょいかかった。

 やっと着いた! 駐輪場にスクーターを停め、駅の待合室に入った私を迎えたのは、立て看板に貼られたこんな文字。


『本日は雪のため、午後2時以降の列車は上下線とも計画運休とします』


 詰んだ……。これはもう、帰れない。

 そう思ったところで、スマホが鳴った。母からだ。


「はい」


「遅いじゃないの。夕飯まだ?」


 何というか、何だかなと思う。

 父が離婚したのも当然だろう。こんな相手、まともな神経では付き合っていられない。


「雪で帰れない」


「そんなの知らないわよ。買い物してさっさと帰って来なさい。洗濯物だって貯まっているんだから。だいたいあんたって子は昔から……」


 駄目だ、これは。電池の無駄だ。

 私はスマホを耳から離して、通話を切る。


 ちなみにスマホは、Androidの中古だ。

 母は最新のiPhoneとiPad両方持っているけれど。

 スマホが無いと学校からの連絡すら読めないので、バイトして買った。

 スクーターも同じ、バイトで買ったもの。


 何かどっと疲れた。

 もう、動ける気がしない。


 確かに今回は、私が悪かったのだろう。

 学校が終わった後、さっさと帰れば良かった。

 

 ただ折角の自由時間を、家に帰るなんて事で使いたくなかった。

 家に帰りたくなかった。


 私は待合室の中に入り、椅子に座る。寒いし冷たいけれど、外で立っているよりはましだ。

 計画運休だと知っているからか、誰も来ない。


 もともと一日4往復しか電車はないし、乗っている人も1両に2人いるかどうか。

 だから人がいないのが当然かもしれない。


 多分きっと、私が悪いのだろう。

 今回に限らず、今までずっと。


 離婚調停の時は母が横にいたから、父の方がいいと言えなかった。

 あの調停委員のオバサンがいやらしい笑い方をしながら、

『やっぱり女の子は母親と一緒がいいよね』

 なんて言っていて、母もグロテスクな笑顔でそれに頷いていて。


 あの場で何も言い出せなかった、私が悪いのだろう。


 今日だって早く帰れば、こんな事にならなかった。

 だからきっと、私が悪い。

 でも……


 寒くて凍えそうというと、定番の台詞はこれだろう。


「もう疲れたよ、パトラッシュ」

 

 そう言ってみても、どうせ何も起こらない。

 そして何をするという宛てはない。

 暖房のない、扉が閉まらない待合室は寒いけれど、他に行く宛てはない。

 

 学校はもう鍵がかかっているだろう。

 結愛の家にお世話になるという選択肢は、取り敢えず無し。

 後でうちの母が迷惑をかけそうだから。

  

 だから寒いけれど、此処で朝を待とうと思った。

 明日は7時から品出しのバイトだから、それまでの間。

 まだ17時だから、朝までとんでもなく長いけれど……

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