イブの願事

春本 快楓

1

重心を前に移し、拳に力を込めてクソやろうをなぐった。

 クソやろうはそのまま気絶したようによろよろと倒れ込む。

 近くで心配そうに見ていた、いじめられていた奴はクソやろうが倒れた後もおろおろしていた。

「あ、ありがとうごさいます」

 震えた声が聞こえてきた。

 礼か……やめてくれ。

 僕はその子に会釈して、そのまま家に帰った。



想太そうた! ちょっと来なさい!」

 玄関のドアを開けた時に最初に聞こえたのは、クソばばあの怒鳴り声だった。

 リビングに行くと、クソばばあが、こたつの近くの椅子に座っていた。

「今日もあんたが喧嘩したって横沢先生から聞いたんだけど。また同じクラスの龍斗りゅうとくんと?」

「あいつが、サッカーの時にわざと僕の足を蹴ったんだ」

 今日の四限の体育での事だ。あの時はほんとにイラついた。

「先生や龍斗くんのお母さんに謝るのは私なんだから、いい加減おとなしくしてくれない?」

 冷蔵庫から牛乳を取り出し、一リットルの紙パックを直飲みする。クソばばあを無視して、二階の自分の部屋へ上がろうとした時に聞こえた。

早江さえちゃんが生きていればよかったのに」

 僕は自分の部屋のドアを強引に開けていた。

「うるさい!」という怒号が下から聞こえてきた。

 部屋に入って、すぐにベッドに寝転がる。真っ白な天井を見て、自然とため息が出ていた。

「早江、もどってきてよ」

 そんな一人言をつぶやいたのはもう何回目だろう。

 鳥肌がぞぞっと立った。窓ががたがたと強く揺れた。

「失礼するよー」

 ベッドの……僕の近くに知らない女が立っていた

 僕は思わず、壁によって身を縮めていた。

 さっきまでいなかったのに、いつの間にここに?

「そんな怖がるー?」

「おまえ誰」

 不審者だ、やられる前に倒さないとなのは分かってるのに、恐怖心からだろうか、体が思うように動かない。

「想太くん、落ち着いて。私不審者じゃない」

「じゃあ誰だよ。ってか、なんで名前知ってる」

 とっとっ、と階段を登ってくる音が聞こえてくる。クソばばあがノックもせずにドアを開けてきた。

「あんた、本当にうるさい。静かにして」

 そう言い、ばばあはドアをバンと強く閉めて戻っていった。 ってあれ。

「ちょっと待って。ほんとにあんた何者?」

 クソばばあには、この女が見えていない様だった。

「私は、さんたって言いますー」

「いや、そうじゃなくて。お前は人間じゃないの?」

「そうだね、霊に近いかもー。精霊的な?」

 落ち着いて、さんたを見てみる。緑色の髪に、白い肌、そして赤いもこもこの服。サンタクロースで同じみの服を着ていた。

 名前がさんたなのは納得した。

 ただ、僕はこの存在は納得できていない。霊と今話しているこの状況は、夢を見ているかのような心地だ。

「ここに、ツリーかざるねー」

 さんたは、部屋の隅にクリスマスツリーをたてていた。

「今日一日はお話しよっか」

 さんたは微笑んで、床に座った。僕はさんたと距離を取り、ベッドに腰掛けた。夜寝るまでさんたと、好きな食べ物とか趣味とか、恋バナとか、その他にも色々な話をした。僕はこの一日でさんたの存在に慣れることができた。



「想太くん、今日から一週間は暴力禁止」

 そう、さんたから言われたのは、起きて歯磨きをし終わった後だった。

「は、なんでだよ」

「なんでっていうか……普通は人殴ったりとか、いけないんだよー」

 そんな正論はもう聞き飽きた。

「イラつく奴を殴らないなんて、吐き気するんだけど」

「そう。ま、別に強制じゃないよー」

 ただ、とさんたは続ける。

「もし、一週間一度も暴力しなかったら、あなたの願い、何でもひとつ叶えようかなって」

「何もいらねぇよ」

「物だけじゃないよ。想太くんの願いでも……仮に実現不可能な「事」でも叶えてあげれるよ」

 例えば、一兆円ほしい、とかー。とさんたは小声で言った。

 心臓が熱くなるのを感じた。

「なんでも叶えられるのか?」

「うん、なんでも。不可能な事はないよ」

 心臓だけではなく、体全体が熱くなっていく。

「やってやるよ」

「おー」

 さんたは僕の返事を聞くと、しゅんと消えた。

 早江を、妹を生き返すことができるかも知れない!

 そう思うのと同時に、早江のあの苦しそうな顔を思い出してしまった。


 ……駄目だ、僕。殺意は抑えろ、この一週間は。

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