悪役令嬢を演じて魅せます!─ポンコツ皇太子とはオサラバしてやりますわ!─

まりんあくあ

第1話 王太子妃候補は忙しい

「おーっほっほっほ、証拠は掴みましたわよ、レイノルド皇太子。御自らのこの行為こそが動かぬ証拠。ここに、わたくしは宣言いたしますわ! あなたとの婚約を破棄することを!」



 わたくしはサラ=アーシュレイ。ヘイデルバーク王国の侯爵家の生まれです。わたくしには幼き日より定められた婚約者がおりました。王国の世継ぎであらせられるレイノルド皇太子です。金色の巻き毛に明るい緑の瞳。くるくるとよく変わる愛くるしい表情のお方でございました。殿下とはご学友として共に席を並べ、公国に関するあらゆることを学びました。年は殿下の方が一つ上でございましたが、屈託のない殿下はわたくしが名前で呼ぶことを許してくださいました。


「サラ、今日は池で釣りをしないか」

「東屋の薔薇が満開だそうだよ。見に行こう」


 お優しい殿下はどこへ行くにもわたくしを誘ってくださいました。幼少の頃より側におりましたので、殿下のお好きなこと、苦手なこともわたくしはよく存じております。国王陛下もわたくしを可愛がってくださり、時折お声をかけてくださいました。


「サラ。レイノルドの至らぬ点はそなたが支えてやってくれぬか。そなたは賢女ゆえ良き相談相手となるであろう」

「心得ております、陛下」


 殿下の苦手なことはわたくしがサポートする。そのためにわたくしは時には夜遅くまで机に向かうこともございました。やがて、夜会やお茶会に招かれるようになりますと殿下と共に過ごす時間が少しずつ少なくなってまいりました。わたくしは殿下をサポートするために公務にも励んでいたのですが……。


 わたくしのお部屋は宮殿にございます。朝食はなるべく殿下と共にし、会話することにしておりました。ですが、殿下も日を追うごとに公務が増え、お互いの側近が読み上げる予定を確認するだけという日が増えてまいりました。それでも、


「サラ、今日の予定は明日以降に回せ。狩りに行くぞ」

「今日は天気が良いからな。遠乗りに行こうと思う」


 突然予定変更を迫られることもございましたが、全て受け入れてまいりました。この頃から、


「サラ、後はたのむ」

「サラ、この書類の確認をしておいてくれないか」


 政務に関する事後処理を任されることも増えてまいりました。わたくしの仕事は殿下のサポートをすることです。ですから全て、


「かしこまりました」


 と引き受けておりました。わたくしが書類を読み始めてしばらくすると殿下のお姿が見えなくなるのですが、別の公務をしておられるのだろうと深く考えてはおりませんでした。ですが……。


 ある日のお茶会の席でのことでした。


「サラ様もさぞやお困りのことでしょうね?」


 お茶会は大事な社交の場です。時には会話の裏に様々な権謀術数が隠されています。この日意味ありげに切り出したのはミストリア侯爵夫人でした。華やかな薄紫色の扇で口元を隠しながら微かに微笑んでおられます。わたくしはにこやかに応対いたしました。


「ミストリア侯爵夫人、わたくしのことを気付かっていただき嬉しく思いますわ」

「あら、健気でいらっしゃること。ですがお相手の方のご身分を考えれば歯牙にもかけぬのもまた当然なのかも知れんせんわね。これは失礼を致しましたわ」


 そう言いながら意味ありげに口元を引き上げる侯爵夫人に笑みを返しつつ、他の方々の様子を観察いたしましたところ、皆様何か思うところがあるご様子。


「侯爵夫人も罪なことを……」

「サラ様に少し不敬なのではなくて?」


 その場はさり気なく話題を変え、お茶会を終えました。皆様を送り出し、部屋に戻ったわたくしは人払いをすると実家から付けられている護衛の義兄を前に問い詰めました。


「御義兄様は何のことかご存知ですわよね?」

  

 義兄のアルベルトは、わたくしが生まれる前に養子縁組により我が侯爵家に迎え入れられました。弟のアンソニーが生まれると家督の継承権を放棄し、わたくしが宮廷で過ごす間は護衛として付き添ってくれています。お父様お母様からは遠縁で身寄りがなくなったために引き取ったとしか聞かされておりません。わたくしより三歳年上で、凍てつくような青い瞳に夜空のような髪。背はわたくしよりも頭二つ分くらい高く、普段から鍛えられておりますのでがっしりとした体つきです。侯爵家の血筋は薄桃色の髪にワインレッドの瞳です。ですからわたくしと御義兄様に血の繋がりはございません。


 御義兄様がため息を吐いて答えました。


「お前は聡いから既に知っているものと思っていたが……」


 そう言って話してくださったのは……。





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