第1章
従者
数十年後——
「ねえジンノ様、明日は晴れる?」
「ああ。明日は雲ひとつない快晴のはずだよ。何かあるのかい?」
「やった! 明日はじい様の畑で芋掘りするんだ。だから晴れて欲しかったの」
村娘のアンはジンノにお礼を言うと、軽快な足取りで去って行く。ジンノは遠ざかるアンの背中をしばらく見ていた。
「……ンノ、ジンノ!」
「は、はいっ」
振り返ると、そこには二十代後半くらいの女性が立っている。女性はジンノの間抜けな表情を怪訝な顔で見ていた。
「何をぼうっとしておる。そなたの儀式の日も、もう近いと言う話だ」
「申し訳ございません。そのお姿に慣れるのには、もう少し時間がかかりそうで」
「何を言う、ずっと親しみ慣れた顔だろう」
「……はい」
ジンノは目の前のテイの姿を直視できずにいた。数日前に行われた『儀式』によってテイの魂は浄化され、代わりにマウトの魂がテイの身体に定着したのだ。
「なんだ、何か不満があるのか」
「不満だなんて、滅相もない」
ジンノは慌てて笑みを顔に貼り付けた。
(彼は神だ)
言い聞かせるように何度も心で唱えると、自然と震えが止まった。
「マウト様」
「その名で呼ぶのはよせ」
「では……テイ様。私の儀式には、その……一体どれくらいの人の命が必要になるのでしょうか」
「どれくらい?」
ジンノは目を泳がせながら恐る恐る訊く。
「テイ様はその身に魂を定着させる為に、八人もの命をお使いになりました。大変な準備でしたのに、私なんかのためにそのような事をしていただく訳には……」
マウトはジンノの質問の意図が分かると、
「何の心配かは知らぬが、そなたを転生することなど我の呪力ひとつで充分。神が人間になることと、人間が生まれ変わりまた人間になることでは話のレベルが違うのだ」
「はあ」
ジンノは無い頭で懸命に考えるが、答えは一生涯出ないだろう。マウトはそんなジンノの様子をみて機嫌よく口を開いた。
「とは言ったものの、そなたにはもう少し我という存在を明かしてもよいだろう。出会ってから数十年、そなたは我によく尽くしてくれている」
マウトが指を鳴らす。するとジンノの視界は暗転し、次の瞬間にはソファに身体が沈んでいた。金色の壁。魔除けや鏡、宝石で煌びやかに装飾された十畳ほどの部屋だ。
「ここは現実には存在しない、我が創り出した空間だ。誰にも聞かれず邪魔もされない。まあ、念のためだな」
マウトが座るソファは一人掛けで、頭上高くそびえる背もたれには、こちらを見透かすような目玉が大きくひとつ描かれている。
「そなたと出会ったあの日、我は全てを失ったばかりだった。兄弟に裏切られ一人きりになり、死が来れば終わるだけの存在だと自らを悲観していた。そなたはそんな我の前に居たのだ。聞くがジンノ、その信仰は本心か? それとも恐怖からか?」
ジンノは考える。目の前の神はどのような答えを望むのか、どう答えれば機嫌を損なわずに済むのか。
「……恐怖心も、多少はあるかと」
たった数秒の沈黙が、何時間にも感じられる。テイの姿をしたそれは、ニィっと口の端を上げた。
「やはり、そなたは面白い」
マウトは四人兄妹の二番目に生まれた。
一 生命と魂の神 アンク
二 死の神 マウト
三 治癒の神 シエル
四 葬祭の神 ニフティ
アンクが生み出した生命と魂にマウトが寿命を授け、生命維持のための治癒力をシエルが与える。中でもニフティは特殊で、古代より『霊魂』をその身に宿す役割を持つ。
「我らはその場所で神々として
マウトたちを生んだ母は名をヌトといい、父はゲブといった。ゲブはヌトを愛したが、たった一人というわけにはいかなかった。ゲブは更にジェロスを妻とし、ジェロスとの間にも子を成した。
一 再生の神 オシリス
二 暴力武力の神 セト
三 蘇りの神 イシス
四 墓守の神 ネフティス
「我々とジェロスの子供たちは役割が酷似していた上、中でもイシスの能力は別格だった。我が兄のアンクと同様オシリスも命を生み出すことができたが、オシリスには感情表現能力が欠落していたのだ。アレは自らの意思では動かない。ジェロスの指示の元、そしてイシスのサポートがあって初めて機能する代物だった。だから我は、オシリスを取り込む計画を実行することにしたんだよ」
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