第9話
「異世界というのはだな、そもそも、実在しない概念だ。行って還った者もいないし、存在自体の証明ができない。だから、通常異世界へ行く方法は存在しないのだが、稀に次元の歪みが起きて、別世界と繋がってしまうことがある。だが、図らずもシオンの存在で証明されたな。異世界は存在する。エルデガリアとは違う場所からきたのだろう?」
納得いかない気持ちが顔に出ていたのだろう。
ヴァイスは淡々と解説を続けた。
「違う、と思います。私の知る地球には”エルデガリア”なんて国、なかったと思うので……」
「通常、次元の歪みは偶然の産物だと言われている。だけど、今回それを無理に繋げてみた。俺が、シオンに会いたかったから」
ヴァイスは曖昧に頷いたシオンに向かい、急に熱の籠もった視線を向けてきた。
あんまり間近で見つめられ、頬が熱くなるのを感じる。
「だからシオン、俺と結婚してくれ。俺にはシオンが必要なんだ」
ヴァイスはいつの間にか距離をぐっと詰めて、片手をシオンの腰に回した。
もう一方の手はシオンの手首を掴んでいる。
「ちょっと、近っ……え? 今何て? ”けっ”?」
「ああ。結婚して欲しい、シオン。届けは隣室にあるから、すぐにサインできる。許可はネルゲンが下す。挙式も城の聖殿に神官が詰めているから、書類にサインしたらすぐできる。指輪はこれから誂えよう」
度重なる突拍子のない発言に、シオンの脳はフリーズした。
潔癖、決断、決闘……けのつく言葉を並べてみるも、理解には届かない。
シオンが思考停止している間にも、ヴァイスはどんどん距離を詰めていた。
美形の圧に、シオンは仰け反って逃れようとした。
「待ってください、今、けっこんって言いました?」
「ああ、言った。結婚しよう。俺の妻になってくれ」
「そんなこと、急に言われても! ちょっと、近すぎますから、離れてください!」
「何故? 夫婦は常に共に過ごすものだと聞いた。それに、シオンの傍は心地良いのに」
腰を抱かれ、足と密着している。顔も吐息がかかるほど近い。
傍とは厳密にどんな距離感だろう? と素朴な疑問が頭に浮かんだ。
しかし、そもそも異世界で言葉の意味が詳細に通じているのかも怪しい。
ともかく常識的な近さではない気がした。
精一杯に腕を突っ張っているのに、ヴァイスの拘束は緩まない。
「シオンは嫌か? 俺にとってシオンの魔力は、とても心地良い。シオンはどうだろう、俺の魔力にも触れてみてくれ」
それどころか握った手を自分の頬に触れさせてきて、シオンは益々戸惑った。
(ひゃぁぁ)
手触りは絹のように滑らかだ。
頬は冷んやりとしているのに、触れた指先から熱が移る。
急に血流が活発になったかのように、指の先からジンジンと痺れるような感覚が流れ込んだ。
「どうだ?」
目と鼻の先にある、 美形のどアップは心臓に悪い。
やや少年らしさの残る顔立ちなのに、妙な色気まであって、単に吐息がかかっただけなのに腰砕けになりそうだ。
「か……顔が近いです! 離れて下さい!」
顔をそむけて何とか逃れるが、視線はヴァイスを追いかけてしまう。
シオンは自分が赤面している自覚があった。
ーーだって、この美貌だ。
こんな綺麗な人に迫られたら、平静を保てる女性はいない気がする。
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