サレカノですが異世界で愛され妻になります

@Kinugaya

浮気男の本性

第1話

 身体が宙に放り出される心許なさと、唐突に働く引力。


 地面に叩きつけられるかと思ったのに、シオンを受け止めたのは柔らかな衝撃だった。


(あれ、痛くない……?)


 恐怖に瞑っていた目を開いた時、展開していた光景にシオンは息を呑んだ。


 目の前にあったのは、サファイアに似た煌めきの、アイスブルーの瞳。


「来たな。双翼の乙女」


 呼気が届くのではないかと思われる距離で、白皙の美貌が薄らと微笑んでいる。


 いつの間にか銀髪の美男子に、シオンはいだかれていた。


 (……ええ? はぁ??)


 いったい何が起きたんだっけーー!?


 何がどうなって、こうなったのか。


 全く働かない頭でもって、シオンは今しがた起きたばかりの事件の始まりを、懸命に思い起こそうとした。




***



 鈴森白音スズモリ シオン19歳は、恵まれているとは言えない生立ちながら、勤勉な性格だった。


 父親の浮気が原因で、母親は幼い妹と弟を連れて出て行った。


 ーーシオンが高校へ行っている間に。


 つまり、シオンは母に捨てられた。


 父は育児放棄まではせず、高校卒業まで一緒の家で生活した。


 ーーただし、浮気相手と一緒に。


 だから、卒業後は就職して、家を出た。


 印刷関連会社の事務員として働き、現在は社会人となって2年目の春を迎える。


 当然、父を恨んだ。多感な時期に継母未満の女性と過ごした2年はシオンに深い傷を残した。


 そんなシオンだから、男性に対する警戒心は人一倍大きく、生活だけで手一杯な点も手伝って、自立してからは仕事と家の往復を常としていた。


 ……が、そんなシオンにも春が訪れた。


 チャリン


 シオンはその日もビジネスバッグから鍵を取り出しつつ、スチール製の階段を足早に登っていた。


(よかった。予想よりずっと早く上がれたし、これならまだ、会えるかも。稲田さんまだ予定空いてるかな?)


 鍵の向きを持ち変えるついでに、腕時計を確認する。


 稲田は付き合って半年になるシオンの恋人で、職場で知り合った。


 取引先の男性で、何かと新人のシオンを気にかけてくれていた。


 最初は男性不審気味だったシオンの心に寄り添うように、いつも温かかく接してくれて、次第に心惹かれ、交際するに至った。


今日も急遽、会社の都合で呼び出されてデートをキャンセルしたのに、メールでは優しく労りの言葉を返してくれる、シオンにはもったいないくらい優しい男性だ。


 いやーーそのはずだった。


「やぁよ、こんなとこじゃ……」


 鍵を開けようとして、白音はビクリと身じろいだ。


 鼻に掛かるような甘ったるい女の声が、急に耳に飛び込んだからだ。


 慌てて見渡すが、周囲には誰もいない。


 築40年以上の古アパートだから、どこかの部屋から漏れ聞こえたのだろうか?


 と首を傾げつつ、白音は鍵を構え直した。


 差し込もうとしたところで、再び動きを止める。


「いいだろ、萌香もえかが入りたいって言ったんじゃないか。大丈夫だよ、仕事だって言ってたから。戻るまでまだ充分間がある」


 今度は気のせいでは済まされない声音が、はっきりと聞こえた。


(稲田さんーー!?)


 狼狽えて、鍵を取り落としそうになって、堪えた。


 部屋の中から聞こえたのは、恋人の稲田聡とそっくりな声だった。


 確かに聡は白音の部屋の鍵を持っている。


 けれど、そこにいるはずがない。


 だって、白音は「仕事が入ったから、今日は会えない」と伝えたのだから。


 それに、部屋にいる人の気配は、一人だけではない。


 空耳だろう、と気を取り直すものの、不安が拭えずもう一度耳を傾けた。





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