#69 むにゃむにゃ

「――と、いう訳なのヨ!」


 星帝騎士団レグルスの羽古根拠点。

 その一角にある特訓おじぃ道場にて。


 毒嶌ぶすじまは『九雀の話をして欲しい』というリクエストに応え、身振り手振りを加えて話をした。

 最初は目線を合わせて正座をしていたが、いつしか熱が籠り。

 気付けば演説の様に立ち上がって、大きな声で一人芝居が始まっていた。


 それを胡坐をかいて聞いている玄武。

 懐かしそうに、時折微笑んでいる。

 

 反対に、すうは怪訝な表情を向けていた。

 姿勢よく正座をしているが、眉間には常に皺を寄せ。

 なにかを言いたそうに何度も瞬きをしている。


「ル~ルル~ルルルル~ルル~ルルルラ~ラ~ラ~ラ~ラ~ララ~」


 毒嶌ぶすじまは両手を大きく広げると、オペラ調の歌を唄い出した。

 彼の頭の中では、壮大なスタッフロールが流れているのかもしれない。


「――で、どうだった? アタイの活躍劇は?」


「……え? アンタの活躍なんてあった?」


 毒嶌ぶすじまの問いかけに、相変わらず怪訝な表情のすうが冷ややかに返す。

 そもそも青龍と九雀アタイのダチの話を枕詞まくらことばに始まった一人芝居だ。

 当然そういう話だと思って聞いていたすうにとって、毒嶌ぶすじまの活躍など全く記憶に残っていなかった。


 謎に見つめ合う時間が流れる中、玄武とすうの間から一人、にょきっと顔を出す。


御前おまえの活躍、良かったぞ! トモダチの為に命を張る捨て身の行動! わらわは感動した!」


 金髪幼女の天璃てんりが、八重歯を見せながら賛辞を送った。

 毒嶌ぶすじまも嬉しそうに「フェアリーちゃん!」と両手を合わせる。


「アタイは友達ダチの為ならなんだってするワ! そう! 命だって惜しくはナイッ!」


「うむ! トモダチとはそういうものなのじゃな。良い勉強になったぞ!」

 

 顔を近づけ、目を輝かせ。

 天璃てんり毒嶌ぶすじまは満足そうに頷き合った。

 その横で、すうは意気投合する二人をジト目で見やる。


「……天璃てんり。アンタ、寝たんじゃなかったの?」


「ふっふっふ。わらわを見くびるでない! よわい十六歳がこんな時間に寝るわけ無かろう!」


 そう言って、何故か誇らしげに胸を張る幼女(よわい十六歳)。

 その後ろへ視線を向ければ、大きなリュックを抱き枕にして「むにゃむにゃ」と眠っているラクナの姿(よわい十六歳)。

 すうは連日お眠りエンドを迎えている彼女を見ながら、

「最近は人が多い場所に居すぎて、疲れちゃっているのかしら」

 と呟き思考を巡らせる。顎に手を当て、真剣に悩んでいるようだ。

 すると床に転がっている木片を拾い、ラクナの為に掛け布団をクラフトし始めるのだった。

 その横で、

 

「それで、鬼灯九雀御前のトモダチはどうなった? それだけ強いのに、さっきの探索者ランキングてれびではおらんかったようじゃ。今も元気なのか?」

 

 身を乗り出し、興味津々で質問を投げる天璃てんり

 だが、その問いに毒嶌ぶすじまは首を振った。


「ノンノン。事件のあった五年後に、突然姿を消したのよ。探索用ドローンのGPSでも行方が分からなかったワ……。白虎ちゃんと籍を入れて、一緒にクランを作って。あのコ自身、順風満帆だったとは思うんだけど……」


「なんと……」


 まさかの話の顛末に、天璃てんりは眉を八の字に下げる。

 と、ラクナに布団を掛けて戻って来たすうが、「あの……」と小さく手を挙げた。


「それで……今の話は、お爺様の奈落探索にどう関係が……?」


 もちろん、すうにも聞きたいことは山ほどある。

 鬼灯ほおずき九雀の事や、神式青龍神式白虎叔父の関係。

 そして、神式白虎叔父と同一人物なのだろう現十傑No.2にして国内最大クラン鬼灯ほおずき組組長――鬼灯ほおずき白虎の事。


 ただ、それよりもまず。

 なによりも玄武祖父の話が聞きたかった。

 彼女は玄武の奈落探索失敗を期に、五年間の総てを奈落踏破の為に捧げたのだから当然だ。


 熱意の籠った眼差しを向けるすうに、玄武は「そうじゃな」と柔和な表情で応えた。


「五年前、羽古根の未踏破ダンジョンが暴走しておると連絡が入ってのう。『生きているかのように、他のダンジョンへ次々と接続をしている』、とな。その時、儂はまるで二十年前の『鰐ノ門事件』の様だと思ったものじゃ」


「確かに……よく考えたらあの時のダンジョンは、今の奈落とソックリね」


 毒嶌ぶすじまが頷きながら打つ相槌に、玄武は視線を合わせて首肯を返す。


「いざ奈落を探索してみたら、内部は鰐ノ門と比べもんにならんほど規模が大きくなっておった。だからとりあえずモンスターを減らすだけに留めるか、なんとか踏破を目指すかを迷いながら探索しておったんじゃが……。そんな時、に出会ったんじゃよ」


「ヤツ……?」


 何のことか分からず首を傾げるすう

 対して毒嶌ぶすじまは察したのか、目を見開いて口元を両手で覆う。


「まさか……」


「うむ。頭部が三つ首髑髏のモンスター――お主等が鰐ノ門で出会った、通称『イレギュラー』と呼ばれるモンスターじゃ」


 玄武の告げた事実に、毒嶌ぶすじまは絶句した。

 すう天璃てんりも息を飲んで鎮まる中、玄武は柔和な表情のまま話を続ける。


「同時に、分かってしもうたんじゃ。九雀が行方不明になった原因がのう」


「え……? ど、どういう事なの玄武ちゃん?」


其奴そやつの体にな、刺さっておったんじゃよ。八本の剣が」


 九雀は『九刀流』という、この世に一つしか無い奇抜な戦闘スタイルを用いる。

 それは九本の剣で戦場を舞い、一本ずつ敵の体に串刺していくというもの。

 加えて、あのイレギュラーを追い詰めた数少ない探索者でもある。

 八本の剣は、九雀がイレギュラーと戦闘をしたという何よりの証だった。


「そこでつい、奈落踏破よりも其奴を倒すことを優先してしもうた。探索よりも、復讐を選んでしもうたんじゃ。無視して踏破すれば、簡単に退けられたというのにのう。ほっほ」


 玄武は、奈落での失敗談を話すと言った。

 それは、探索よりも復讐を優先したこと。

 それこそが、彼の失敗。

 復讐の為だけに奈落踏破を目指したすうへ伝えたかったことだ。


「頭に血が上ると視野が狭くなり、魔力の消費も大きくなる。とにかく冷静な判断が出来ん。そんで、このザマじゃ」


 そう言って、右目の眼帯を指差す。

 努めて明るく話す玄武だったが、その内容にすう毒嶌ぶすじまはすっかり消沈していた。

 ただ一人、興味津々で聞いている天璃てんりだけが、前のめりで質問をする。


「それで、その強いモンスターはどうなったんじゃ!? 倒したのか!?」


「うむ。ちゃんと倒したぞい」


「おおー。流石は古き良き英雄じゃ!」


 力こぶを作る玄武に、パチパチと拍手を送る天璃てんり


「と言っても、勝てたのはあの子のお陰じゃがなあ」


 そう言って向けられた玄武の瞳に映るのは、依然すやすやとマイナスイオンを出し続ける抱き枕系探索者――ラクナ。


 それは、すうにとって聞き覚えのある話だ。

 五年ぶりに羽古根山で出会った日。

 あの時も玄武は言っていた。

『――あの子はのう、儂の命の恩人なんじゃ』と。


 そして、そのことについて口を開こうとすると、


 ――チャンチャーンチャチャン、チャンチャーンチャチャン。


 どこからか流れて来る、聞き覚えのある音楽。

 すうが天を仰ぎ、「んがっ!」と大きく口を開ける。

 そう、これは――。


『――まもなく閉館のお知らせです。本日はお越しいただき誠にありがとうございました。またのご来館を心よりお待ちしております』


 閉館のお知らせである。

 どうやら毒嶌ぶすじまの一人芝居が相当押していたようだ。

 まだまだ聞きたいことが山ほどあったすうは、悲し気な瞳を玄武に向けた。

 

「あ、あの、お爺様……」


「ほっほ。続きはまた今度でもええじゃろ。もう、いつでも会えるんじゃ」


「あ……は、はい……」


 玄武が優しく諭すと、すうは残念そうに視線を落とす。

 それを見た毒嶌ぶすじまが、「うふ」と口角を上げると、


サラブレちゃん達が奈落探索を始めるのは明後日あさってだったかしら?」


「……ええ、そうよ」


「それじゃあ話してあげて頂戴ヨ、玄武ちゃん。この話は、先人からの失敗談を授けるって目的だったでしょう?」


「ほっほ、そうじゃなぁ。では明日、聞きに来るとええ」


「……は、はい!」


 間を取り持ち、約束を取り付けた。

 すう毒嶌ぶすじまを見上げれば、すかさずウインクで返事をする。

 その横で、話を聞いていた天璃てんりが首を傾げた。


「あさって? では、明日は何をするのじゃ、すう?」


「明日は普通に学校へ行って、放課後またここに顔を出す予定ね」


「ほう。ガッコウか。ほうほうほう」


「……駄目ですよ」


 目を輝かせ、ニヤニヤと口角を上げる天璃てんり

 その背後で、ずっと鳴りを潜めていた付き人――黒執が、ポツリと口を挟んだ。

 天璃てんりは顔を向けぬまま、ただ「ふっ」と一笑に付す。


「まだ何も言っておらんが?」


「貴方様が何をお考えなのかなど全てお見通しですが?」


「正体を隠せば良いのであろう? ちゃんと考えておる。わらわを見くびるでない」


 そう言って、自信満々の天璃てんりが握っているのはピンク色のボロ雑巾――ではなく、ウサギの着ぐるみの首根っこ。

 彼女は着ぐるみで正体を隠しながら、すうたちの学校へ潜入しようと言うのだろう。

 目立たない事への配慮は捨て、正体を隠すことだけに全振りした作戦。

 黒執は言葉を返すことなく肩を落とし、特大の溜息を吐いた。

 

 と、ここで。

 玄武も毒嶌ぶすじまの方へ視線を送る。


「まあ心残りがあるとすれば、清十郎には最後まで話してやれんかった事かのう」


「アラ、気付いてたのね。流石は玄武ちゃん」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる毒嶌ぶすじま

 すると、その体が淡い光を放ち始めた。

 なにが起こっているのか分からず、顔を見合わせるすう天璃てんり

 二人に向けて、玄武が髭を弄りながら口を開く。


此奴こやつは本体ではない。清十郎のスキルによって生み出された偶像じゃよ」


 毒嶌ぶすじまのユニークスキル、偶像顕現ぐうぞうけんげん

 本体と見た目や性格までもが瓜二つの偶像を生み出せるスキルだ。

 かつ、感覚も共有しており、偶像が体験したことは全て本体も情報として得ることが出来る。

 しかし、このスキルの最大のデメリットは、偶像を意のままに操る事は出来ず、本体の性格を反映して自由に動き回ること。

 偶像が勝手に玄武へ決闘をけしかけ、自身のクランを景品として差し出している今回の件を例に見ても、そのデメリットは明らかだろう。

 その上、任意のタイミングで消すことも出来ず、偶像が魔力切れを起こすまで消滅させる手段は無い。


 そして今、その偶像に消滅のタイミングが訪れたのだ。


「んマ、アタイは玄武ちゃんに何が起こったのか知れただけで十分ヨ。話してくれてありがとう」


 光が漏れ、まるで蒸発するように少しづつ消えていくその体。

 そこへ、一歩前に出た天璃てんりが、ニヤリと八重歯を見せながら見上げる。


「御前が弱かったのにはカラクリがあったんじゃなー」


「ウフ、そうよ。今度は本体とも遊んで頂戴?」


「うむ、分かった!」


 ウインクしながら拳を突き出す毒嶌ぶすじま

 それに合わせて、天璃てんりも大きなグローブを嵌めた拳を出し、グータッチ。


「じゃあこれで、アタイたちもダチって事でオーケーね?」


「おお、そうじゃな! わらわたちはトモダチじゃ!」


 二人が笑顔で約束を交わすと。

 毒嶌ぶすじまの表情が真剣なものに変わり、差し出された拳を握り占めた。


「アタイはダチの為ならなんだってする。傀僥体かいぎょうたいの事も、必ずなんとかしてみせるワ……!」


「……!」


 毒嶌ぶすじまの体が光の欠片となって舞い上がり、残るは上半身のみ。

 すると一同を見回し、大きく両手を広げると。


「チャオ!」


 最後に別れの挨拶を残し、その姿は消滅した。


 目の前に浮かぶ光を見ながら、天璃てんりは、


「……気持ちだけ受け取っておく。わらわは、宿命に抗いたい訳では無いのじゃ」


 笑顔で小さく呟いた。

 

 

 §



 皆と別れた後。

 玄武は一人、羽古根山にて夜風に当たっていた。

 そこは、かつてラクナと共に五年間修業をしていた場所である。


 探索者として長い年月、苦楽を共にした華嶽かがく銀の引退。

 毒嶌ぶすじまの訪問に、九雀との思い出話。

 奈落での探索失敗や、そこでのラクナとの出会い。

 そして、目覚ましい成長を遂げたすうとラクナの姿。


 様々な想いを胸に、夜空に浮かぶ欠けた月を見上げていた。


 ――ザッ。


 すると、背後から静寂を破る足音。

 一人の男が、ゆっくりと姿を現した。

 玄武は背中を向けたまま、静かに口を開く。


「ラクナが探索者になってから、儂を尋ねて来る者が多くなってしまったのう。これが『身バレ』というやつか? ほっほっほ」


 その言葉に、返答は無い。

 玄武はそのまま立ち上がり、ゆっくりと振り返る。

 男は白髪にサングラスをしており、上から下まで真っ白いスーツ。ファーの付いた白いロングコートに身を包んでいる。

 表情には温度を感じない。

 まさに冷徹、という言葉が似合う。


 対する玄武は目尻を下げ、にっこりと微笑んだ。


「久しいのう、白虎」


 



   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る