#68 傑物たち。-欠-(後編)

 イレギュラーの纏う黒いオーラが無数の腕を形作り、九雀に襲いかかる。

 九雀は両手に持っている剣と白雷はくらいで操作している六本の剣で切り払い、応戦していた。

 その激しい応酬は、並の探索者では介入はおろか、目で追う事すら困難だろう。


 フロアに破砕音と金属音が鳴り響く中。

 

 離れた場所で九雀を見つめる白虎は、落ち着いた様子で両手を広げ、スキルを発動させる。

 すると、蛍の光のような小さな光が白虎の周りをふわふわと飛び始めた。


 その後ろで、不思議そうに周囲を見渡している毒嶌ぶすじま

 文字通り目を丸くして、指をくわえている。


「ナルホド分かったわ白虎ちゃん。これは、蛍を生成するスキルね? これで心を落ち着かせた九雀ちゃんをガバっと取り押さえるっていう作戦……ネ?」


 白虎が使用しているスキルは、小さな魔力の粒子を飛ばすというシンプルなもの。

 ひとつひとつを意のままに動かすことが出来るが、攻撃性能は一切無い。

 それどころか何かが触れたり壁に当たったりしただけで、弾けて消える程に脆い。

 しかし、消滅した際に使用者へ信号が送られるため、視覚が機能しないダンジョンや分かれ道に危険が無いか等の偵察に有効なスキルである。


「九雀ちゃんの魔力残量を気にしながら、扱いの難しそうなスキルも同時に扱うなんて。まだまだ若いのに探索者の才能が溢れてるワ……。ねえ、アナタ?」


 毒嶌ぶすじまはしみじみと頷きながら、となりでぐったりとしている久遠の父に同意を求める。

 そんな二人を尻目に白虎は魔力の粒子を生み出し続け、やがてフロアには小さな光でいっぱいになった。

 

 激しい戦闘を続ける九雀とイレギュラーの元に飛んでいった光は、その戦闘に巻き込まれて次々と簡単に消し飛んでいく。

 

 白虎は「よし……」と呟くと、次は腕に着いた探索用ドローンを操作する。

 素早くパチパチと液晶を叩くと、今度は両手を合わせて目を瞑る。

 すると、白虎の体が淡い光を帯び、彼を中心にドーム型の光が広がっていった。


 毒嶌ぶすじまはフロアを包む光を見上げながら、興味津々に目を光らせる。


「あらん! 今度はなに!? 何をしているの白虎ちゃん!? なんだか頭に変な感覚が流れ込んで来た気がするんだけど!? ねえアナタもそう思うわよねえ!? なんだかワクワクするわよねえ!?」


 何故か興奮気味に声を上げ、隣にいる久遠の父へ大迫力の顔面を近づけた。

 流石にこのまま聞き流し続けるのは(久遠の父が)可哀想だと思った白虎は、目を閉じながら口を開く。


「……周囲にいる探索者と僕の感覚を共有するスキルです。これで魔力の粒子が弾けた時に受信する信号を九雀さんも感じ取れるようになり、瞬間移動するイレギュラーを捉える事が出来るはず……」


「成程……この感覚は蛍ちゃんが消滅した信号なのネ。でも、てっきり【蛍の光】は九雀ちゃんの戦いを止めるためのスキルだと思っていたのに。まさかイレギュラーを攻略するつもりなのん? ついさっき九雀ちゃんは負けるって言ってたのにぃん?」


 白虎は(――僕のスキルに変な名前を付けないでくださいよ)という思いで眉をピクリと動かすが、そっと胸にしまった。


「……もちろん、が来たら止めますよ。でもそれまでは、イレギュラーを倒すために、僕が出来る事をします。九雀さんの決意を邪魔したくはありません」


「アラいい男」


「それに、イレギュラーがダンジョンを自由に徘徊できるのなら、ここで仕留めた方が良いのは間違いない。九雀さんのクランが遭遇した悲劇を生み出さないためにも」


「ふふ、流石は玄武ちゃんの血を引いているだけはあるわネ」


「……一緒に倒そうって言ってくれなかったことは残念ですけど……」


 言いながら、「はぁ」と溜息を吐く。

 そんな彼の背中を眺めていた毒嶌ぶすじまは、訝し気に目を細めた。


「それにしても白虎ちゃん。アナタいくつものスキルを同時発動しているわよネ。どういうからくりなの? アタイの探究心が疼くんだけど」


 詰め寄る毒嶌ぶすじまに、白虎は首を横に振る。


「からくりなんてありません。単純に、僕は魔孔が六個あるだけです」


 その言葉に、毒嶌ぶすじまは後ずさりをした。

 驚きに口を押さえ、震えながら久遠の父に視線を送る。


「ま、魔孔が六個なんて……聞いたことあるアナタ!? あの子ヤバくなぁい!? ……てゆーかよく考えたらアナタ誰っ!?」


 驚くのも無理は無い。

 別名スキルロットと呼ばれる魔孔は基本的に三つといわれている。

 加えてその個数は先天的と言われており、決して増えることは無い。

 逆に魔力切れなどで魔孔が潰れて欠損することはあるので、九雀のように一つしか無い者はそこまで珍しくもないのだが。

 

 つまり白虎は、九雀が一つしかスキルを使えないのに対し、六つ同時に使うことが出来るという事である。

 

「……あとは、この信号について九雀さんにどう伝えるか――」


 白虎は目を開き、今もなお激しい戦闘を繰り広げている九雀へ視線を向ける。

 そしてすぐに、その異変に気付いた。

 

 先ほどまでよりも九雀の動きが格段と良くなり、イレギュラーの攻撃を剣で切り払うことなく躱していたのだ。

 

 これはつまり、既に白虎のスキルに順応していることを意味していた。

 

 イレギュラーから伸びる闇の腕で弾かれる光の粒子の信号により、攻撃の軌道を予測。

 これにより剣を使うことなく、最小限の動きだけで回避しているのだ。

 

 無論、白虎は自身のスキルを彼女に説明したことなど一度もない。

 にもかかわらず九雀は脳に送られてくる信号を即座に理解し、戦闘に組み込んでいた。

 もはやそれは理解力の高さなどでは無く、戦いにおける天性の勘――センスである。


「……やっぱりあの人は、天才なんだ……」

 

 元々並外れた強さを持っていた天才は、窮地によって更なる覚醒を遂げた。

 恐らく今の九雀は、戦闘力だけで言えば玄武にすら手が届きそうなほどの極致に至っている。

 

 そんな彼女を見て、白虎から漏れた言葉。

 それは、感嘆などでは無く。

 

 自分では到底手の届かない遠い存在になってしまったような――そのまま何処かへ行ってしまいそうな――。

 そんな恐怖だった。


 しかし、


『――でも、お前だって凄いじゃん。そこまでスキルの精度が高い奴初めて見たよ』

 

 九雀がくれた言葉を胸に拳を握り、目の前に広がる異次元の戦場へ一歩踏み出した。


 §

 

 イレギュラーから伸びる黒い腕を、九雀は白雷はくらいを纏って躱す。

 先ほどまでの黒い球体を飛ばす攻撃と比べ、その速度は桁違い。

 とてもじゃないが、白雷はくらいを常に使用し続けなければ回避出来ないほどだ。

 加えて何本も伸びているため手数が多く、防戦一方を強いられていた。

 

 ――ズガガガガガ!


 躱された黒い腕が壁や地面にぶつかると、その表面はごっそりと削れ、破片をまき散らす。

 

 黒い球体が吸い込む力だとすれば、反対に黒い腕は吐き出す力を持っているのかもしれない。

 激しい戦闘の中で冷静に攻撃を分析した九雀は、それならばと両手の剣に力を込める。


 ――ガキィィィィン!


 迫り来る攻撃を薙ぎ払うと、稲妻を帯びる剣が火花を散らし、黒い腕を弾く。

 吐き出す力ならば剣で受けることが出来るかもしれない、という九雀の読みは正解だった。

 

 同時に、突然頭の中に様々な情報が流れ込んできた。不思議と敵の攻撃の軌道が読める。


 すると即座に九雀は前のめりとなり、敵を目掛けて前進。

 無数に迫る黒い腕を、白雷はくらいで繋ぎ止めた六本の剣で応戦しながら距離を詰める。

 

 ここまでほんの数秒の刹那。

 九雀の動きもイレギュラーの攻撃も、最早常人では目で追う事すら出来ない領域。

 

 しかし。

 彼女の瞳に映る光景は、体が感じる時間は。

 とてもゆっくりと、ゆったりと流れていた。

 

 

 凶悪なモンスターを目の前にして、九雀の脳裏を過るのは――。

 

 彼女が探索者になったばかりの時に起きた事件だった。

 

 武器だけをダンジョンに残し消失したクランメンバー八人の仲間たち

 壁や地面は抉れ、戦闘の痕跡はあるが、モンスターの足跡はどこにも無く。

 それでもいつか謎を解明し、必ず仇を討つと誓い。

 九雀は仲間の武器八本の剣をその背中に担いだ。

 

 魔孔が一つしか無く、探索者に向かないと言われた九雀が、それでも強くなろうと決意した日の出来事だ。

 

 そして。

 突然ふらりとダンジョンに現れた、三つ首髑髏のモンスター。

 その攻撃方法は、あらゆるものを一瞬で吸収し、己が糧としてしまうというもの。

 吸収されれば跡形も残らない。残るのは、まるで空間を丸ごと抉り取ったかのような痕跡だけ。

 

 そう。

 眼前にいる三つ首の髑髏は、恐らくその仇で間違いないのだろう。


 ただ、同時に九雀は自責の念にも駆られていた。

 なぜなら仇討ちの事も、強くなろうと決意した日の事も、時間と共に薄れてしまっていたからだ。

 イレギュラーに出会いたいという想いも、自分の強さを試したいという気持ちに移り変わってしまっていた。


 きっとそれは、探索が楽しいと思い始めていたから。

 そして、楽しいと思えたのはきっと――


「――……アイツらと出会ったからだな」


 そう呟くと、彼女の脳裏には二人の仲間友達の顔が浮かぶ。

 神式かみじき青龍と毒嶌ぶすじま清十郎。

 

 復讐の為だけに研鑽を重ね、辛く苦しいだけの探索。それを、二人が楽しいものに変えてくれた。

 

 ――二人のお陰で、あたしの探索人生は楽しかった。

 

 心の底からそう言える――と、九雀は口元を綻ばせる。

 

 と、同時に。


「ごめんな、みんな。でも、忘れていたわけじゃないよ」


 己が携える八本の剣に向かって、小さく呟く。


「あたしが強くなろうとした原点、そして終点は――こいつを倒すことだから」


 探索者の頂点にいる者たちが、揃えて口にする話がある。

 戦いが極限にまで高まると、まるで景色がスローモーションのように感じ、それまでに積み上げてきたものが映像として頭に流れ込んでくることがある、と。

 

 玄武が『ゾーン』と呼んでいる現象だ。

 きっとこれが、そのゾーンなのだろう。


「ただの走馬灯じゃない事を祈るね」


 そう笑い交じりに呟きながら、前進を続ける。

 黒い腕の軌道は読み切り、もう剣で弾くことすら必要なくなっていた。

 最小限の動きでひらりと躱しながら、気付けばイレギュラーはもう目の前。

 九雀は懐に潜り込み、イレギュラーへ剣を突き出す。

 

 しかし、その斬撃は当たらない。やはり瞬間移動で躱されてしまった。

 だが――。


(――いや、分かる――!)

 

 イレギュラーのその移動先が九雀の頭に流れ込む。

 それは、白虎の飛ばす魔力の粒子がもたらしたもの。


 


 ――バチィッ!


(――分かるぞ! 白雷はくらいを通じて、アイツに突き刺した剣の在処が正確に!!)


 九雀は、白虎が使用した『感覚を共有するスキル』に天啓を得た。

 そして無意識に、『白雷はくらい』を更なる高みへと昇華させたのだ。

 

 一瞬で切り返し、イレギュラーの眼前へ。

 その速度は、最早瞬間移動と差異は無い。


 ――バリバリバリバリ!

 

 そして九雀は白雷はくらいにありったけの魔力を注ぎ、八本の剣で全力を叩き込んだ。

 


 ――ドン。

 


 その時、九雀の体に衝撃が走った。

 それは、完全なる意識外からのもの。

 イレギュラーの猛攻を全て躱せる程に、感覚が研ぎ澄まされていた筈なのに。

 

 身動きが、取れない。


「すみません、九雀さんッ!」

 

 その声に、はっと我に返る九雀。

 気付けば、衝撃を与えたのは白髪の青年。

 彼から伸びる両腕が、自分の体をがっちりと抑えていた。


「……白虎!?」


 驚きつつも頭の整理が追い付かず、とりあえずその名を叫ぶ。

 そしてそのまま二人はごろごろと地面を転がった。


 砂埃が舞う中。

 鬼気迫る表情で、九雀がすぐさま上半身を起こす。


「ばかやろう! 死にたいのか!?」


「すみません、時間切れです!」


「何言ってんだ! いいから離せ――」


 そう言って体から腕を剝がそうとするも、出来ない。

 

 ――白虎のスキル?

 

 一瞬そんな考えが頭を巡るが、答えはすぐに分かった。

 白虎の力が強いのではない。自分の体に力が入らないのだ。


「……魔力切れ……?」


 そう。

 そもそも最後の一撃は、放つことすら出来ていなかった。

 

 白虎が止めに入らなければ、白雷はくらいの切れた状態でイレギュラーに突進していただろう。

 

 本来、魔力残量など自分自身でも計り知れない。

 故に、魔力切れを起こす探索者が続出する。

 

 それを、まるで切れる瞬間を知っていたかのようなタイミングで止めに来た白虎。

 当たれば即死の凶悪な猛攻を潜り抜け。

 白雷はくらいを使い光速で動く九雀に向かって。


「お前……あたしを助け――」


 そんな会話を遮るように白虎は眉を吊り上げ、九雀を抱きかかえるようにして立ち上がった。

 珍しく「うわ!」と声を上げる九雀。


「話している時間はありません。すぐに奴の攻撃が来ます。逃げますよ、九雀さん」


「何言ってんだ! あたしを囮にして、お前だけでも――」


「貴女は死なせません! どんな手を使っても!」


「どんな手って……なにをするつもりだ白虎――」


 すると、二人の足元が青白く光り始めた。

 

 そして、その直後――。

 

 ――フロア全体が光に包まれた。


 壁や天井が、ライトアップされた様に光を放っている。

 眩しさに目を細める九雀。


「え……? お前、本当に何を――」

 

 言いながら、視線を下ろす。

 

 が、当の白虎も目を丸くしたまま天井を見上げていた。

 気付けば、三つ首髑髏のモンスターの姿も消えている。

 これは――


「――祝福……?」


 ダンジョンが踏破された際に起こる祝福という現象で間違いない。

 とはいえ、何が起こったのかは全く分からず。

 二人はぽかんと口をあけたまま目を合わせた。


「んんんん大丈夫う二人ともお!? いったい何が起きたのお!?」


 そこへ駆け寄る、毒嶌ぶすじまと久遠の父。

 誰もが今の状況を理解できていない様だ。


 ――カツーン……。


 すると、足音と共に奥から人影がゆっくりと姿を現した。

 千鳥足の様にふらつきながら、こちらへ向かってくる。

 それは青髪短髪で、筋骨隆々の男――。


「……兄さん……?」

「……青龍……!」


 ――神式かみじき青龍だった。


「青龍ちゃん!? 青龍ちゃんがダンジョンを踏破してくれたの!?」


 毒嶌ぶすじまが、目を輝かせながら声をかける。

 しかし、


「……そうしたかったのは山々だが……ここのボス部屋はフェイクだった……」


 青龍はそう言って、力なく膝から崩れ落ちる。

 立っていられない程、疲労困憊の様だ。


 ――それなら、いったい誰が……?


 一同が目を合わせ、首を傾げる中。

 地面に突っ伏した青龍が、ぷるぷると震えながら人差し指を掲げた。


「……配信サイトを見てみろ……」


「配信……?」


 言われた通り、毒嶌ぶすじまはスマホを取り出し配信サイトを覗く。

 

 そこには『5分前に配信開始』と書かれた――、


『――ほっほー。これ見えとるんか?』


 画面に向かって陽気に手を振る、神式かみじき玄武の姿だった。


「と、父さん!?」


 毒嶌ぶすじまのスマホを覗き込みながら、白虎は思わず驚きで叫び声を上げた。

 しかし、これは通話ではなく配信。

 白虎の声が届くことは無い。


『――いやあ、配信なんぞ初めてじゃからよう分からんくてのー。探索はもう終わってもうた。すまんすまん』


 まさかの伝説の探索者による初配信。

 瞬く間に噂は広がり、開始五分にして視聴者は既に十万人に上っている。


「探索が終わったって……まさか……」


「……父上が踏破してくださったんだ……接続によって無数に広がったダンジョンで、フェイク部屋をしらみつぶしに当たってな……」


 ちなみにこの時、特級ダンジョン『鰐ノ門』は接続されたダンジョンの一つに過ぎず、フェイク部屋となっていた。

 しかし、感知スキルを持たない玄武はボス部屋の在処が分からない。

 そのため、とにかく手あたり次第ボス部屋らしきものを踏破し続けた。

 その数は、九つに上る。


『――なんかめっちゃ接続されとってのう。ボス部屋におったモンスターも金色の卵から出てきたし、知らんヤツじゃったし。なかなか面白いダンジョンじゃったぞい。まあ、ちぃとばかし時間がかかってしもうたけどのー。ほっほー』


 常人には計り知れない探索を飄々とやってのけ、まるで世間話のように聞かせる伝説の探索者。

 視聴者からのコメントも賞賛や羨望の言葉は勿論、それを通り越して畏怖や混乱にも似た感情が次々と投げ込まれていた。


 青龍や毒嶌ぶすじま、九雀の様なトップ探索者をもってしても『鰐ノ門』で手一杯だったというのに。

 一同は、格の違いをまざまざと見せつけられた気分に陥っていた。


 それぞれが配信を見ながら黙り込むなか、毒嶌ぶすじまが「うふ」と笑い交じりに口を開く。


「まぁアタイたちが居たから、被害が最小限に抑えられたワケだし? 玄武ちゃんものびのび探索出来たってワケじゃないの。ネ、九雀ちゃん!」


「……いや、あたし別に何も言ってないけど?」


「顔が何か言いたげだったわヨ?」


「てゆーかさ……そもそも十傑は配信をやらないっていう暗黙の了解があったよな?」


 九雀が首を捻りながら告げた言葉に、毒嶌ぶすじまが首を横に振る。


「それは、アナタのためヨ九雀ちゃん」


「……あたしの……?」


「十傑会議のとき、青龍ちゃんが言ったのヨ。『九雀のために配信をしたい。アイツの強さを世に知らしめてやりたい』って」


「……おい、言うな……」


 地面に伏したままの青龍が口を挟むも、毒嶌ぶすじまは無視して進行する。


「そしたら玄武ちゃんが『自分が始めるから、そのあとに続け』って言ってくれたのヨ。配信のやり方も知らないのにネ」


 十傑の『探索配信をしない』という暗黙のルール。

 それを十傑になったばかりの青龍や毒嶌ぶすじまが破るのは、世間からすればかなりの悪印象を与えるだろう。

 玄武は二人を守るため、そして九雀のために、その選択をしたのだった。


 九雀が小さく「お前ら……」と零す。

 その横で、

 

「結局、僕はなんの役にも立てなかった。やっぱり、父さんと兄さんにはかなわないや……」


 大きく肩を落とし、深いため息を吐く白虎。

 相変わらずなその姿に、九雀は「ふっ」と息を漏らした。


「……お前がいなきゃ、あたしは今ここに居ないよ……」


「……はい? 九雀さん、なにか言いました?」


「……なんでもない。てゆーかさ、白虎……そろそろいい? この恰好、恥ずいんだけど……」


「え?」


 そう言って白虎は視線を下ろす。

 そこには、お姫様抱っこに頬を赤らめる九雀の姿があった。


「うわああああ! す、すみません!」


 絶叫し、顔面蒼白の白虎。

 とはいえ九雀を放り出すことも出来ず、その場でわたわたと慌てている。

 

 その様子に九雀は「ぷっ」と噴き出すと、

 

「……みんな、ありがと」


 小さく呟き、笑顔を灯す。

 胸から下げた、虹色の石ご褒美を握りしめて。


 

 §



 外に出ると、幼い紫髪の女の子――久遠が、無事救出された父に抱き着いた。

 そして、すぐに毒嶌ぶすじまの背中でおぶられている九雀へと視線を移す。


「お父さんを助けてくれてありがとう! おねーちゃん、すっごくかっこよかった! 途中で配信観れなくなっちゃったけど!」


 満面の笑みで見上げる久遠。

 九雀がお返しに笑顔でピースを作ると、久遠は眉を吊り上げファイティングポーズを取った。


「わたし、探索者になったら、おねーちゃんみたいな人になる!」


「ホント? 楽しみだなあ」


「えへへー」


 和やかな二人のやり取り。

 しかし、九雀たちの後ろにいる白髪の青年を見つけるや否や、睨みつけるように目を細めた。

 白虎はその鋭い視線に思わず「うっ」と声を漏らす。


「……一応アンタもありがとう」


「……あ……え?」


 予想外の感謝の言葉。

 また蹴りの一つでもお見舞いされると覚悟していた白虎は、素っ頓狂な声を出した。

 

 久遠は腕を組み、プイッと顔を逸らす。


「まあ、迷ってるおねーちゃんを助けに行ってくれたのはじじつだし」


「はは……ありがとう」

 

 頬を掻きながら肩をすくめる白虎。

 そんな二人を見た九雀は、

(――そう言えばこいつら、出会った時めっちゃ喧嘩してたよな……)

 と心に浮かべて微笑んだ。

 

 すると、九雀と白虎の視線が合い。

 白虎は伏し目がちに頭を下げる。


「……すみません、九雀さん。僕のせいで、イレギュラーを逃がしちゃって……――」


 ここに来て、相変わらずの調子に呆れ顔の九雀。

 やれやれといった表情で口を挟もうとする。


 と、白虎が顔を上げ、真っすぐな視線を九雀へ向けた。


「――でも、絶対に償います。そのためなら何でもします! 僕の一生を、九雀さんに捧げます!」


「え」

「む」

「ん?」

「あらん」


 その言葉にどよめく一同。

 九雀も眉間に皺を寄せながら、瞬きを繰り返している。


「お前、何言ってんだ……?」

 

「……え?」


 白虎が何のことか分からず首を傾げていると。

 毒嶌ぶすじまが満面の笑顔でウインクをする。


「うふ。皆の前でプロポーズなんて、男を上げたわネ白虎ちゃん?」


「え!? いやいや! ちょっと何言ってるんですか毒嶌ぶすじまさん!」


「ふざけんなー!」


 久遠の蹴りが白虎に放たれる。


「痛ぁ! ちょっと、なんで蹴るの!?」


 ダンジョン前で白虎の悲痛な叫びが木霊し、周りが笑いに包まれる中。


「大丈夫だよ、白虎。お前は気にしなくていい――」


 ――バチィッ……。


「――アイツの居場所は、もう分かってる……」


 誰にも聴こえない小さな呟きと共に、九雀の瞳から青白い電流が伝った。




 

 §




 

 ――二十年後――現在。


 鬼灯ほおずき組と保安契約が結ばれている、西東京のとあるダンジョン。

 その最奥――ボス部屋にて。


「グガアァァァァァァ!」


 巨大な熊を模したモンスターが、両手を振り上げ大きく口を開ける。

 そこから放たれる咆哮は大気を振動させ、衝撃波を巻き起こした。


 対するは、顔色ひとつ変えずに佇む星帝騎士団レグルスのリーダー――すめらぎ久遠。

 紫色の髪を靡かせながら、腰に携えた二本の剣をゆっくりと引き抜く。


 ――バチィッ!


 その体に紫の稲妻が迸ると、そこに久遠の姿は無く。

 モンスターが瞬きする間に、紫電を纏った光は地面を駆け抜け。

 一瞬で、その背後を取った。

 

 背中合わせのまま――カチン、と剣を鞘に戻す音が響く。


「……ガ……アァ……?」


 モンスターは両手を挙げたまま、次第に上半身だけが斜めにズレていき――。


 ――カシャーンという破裂音と共に、その身は大量の魔石へと変わった。

 

 フロアが明るく照らされ、訪れる祝福。

 後方でただ眺めるだけに終わった団員――毘沙丸びしゃまるが、「瞬殺やん……」と引き気味に零す。


「……お疲れさんリーダー。壱郷いちごう達の方も無事終わったらしいですわ」


 耳につけた話すイヤホンを指で差し、通信があったことを伝える。

 久遠は振り返るとただ一言、「そうか」と涼しい顔で返事をした。

 


 この日、星帝騎士団レグルス鬼灯ほおずき組と保安契約を結んでいるダンジョンを踏破して回っていた。

 一度踏破して祝福が起これば、ダンジョン内に溢れて凶悪になったモンスター達も全てリセットされる。

 これにより、行政も鬼灯ほおずき組と保安契約を結ぶ必要が無くなるのだ。

 こうして鬼灯ほおずき組の資金源を奪い、無力化をする。

 副リーダーの時雨しぐれが提案した、至って平和的な作戦だ。


 久遠の『虎を潰す』宣言により世間では全面抗争が叫ばれ、厳戒態勢が敷かれていた東京。

 しかし、その後の久遠がおおやけで告げた言葉通り、星帝騎士団レグルスはあくまで便に作戦を遂行していた。

 

「このまま行けば、ホンマに鬼灯ほおずき組との抗争は無血で終わりそうやなぁ。お国もお金を毟り取られ続ける心配が無くなるし、みーんな笑顔でニッコニコや。流石時雨さん、天才やで」


 ダンジョンを出た二人。

 すっかり日の暮れた景色は、祝福を受けたダンジョンより暗い。

 周囲を見回しながら軽快に話す毘沙丸びしゃまるに、久遠は首を横に振る。


鬼灯ほおずき組が……、このまま黙って指をくわえている筈が無い。警戒は怠るなよ」


「分かってますて」

 

 星帝騎士団レグルスが最も警戒しているのは、ラクナとすうが巻き込まれてしまう事。

 その為に監視役兼守護者として副リーダーの時雨を羽古根に置いた。

 すうが協力を申し出てくれたが、それも断った。

 

「にしても、珍しいですよねえ。リーダーがそない怒ってはるの」


「そうか?」


「まあリーダーに化けて陥れようとしたんは鬼灯組アッチやし、徹底抗戦はええねんけど。なんか鬼灯ほおずき白虎にやたら固執してるような気がして。……ただの気のせいやったらすんません」


 毘沙丸びしゃまるの疑念に、久遠は「ふっ」と息を漏らし、口角を上げる。


「……そうだな……。きっと私は、虎が『あの人の剣』を何処の馬の骨とも知らん奴に模倣コピーさせたことが許せないんだろう」


「なんや、他人事みたいな言い方して」


 自分でもよく分からないといった久遠の態度に、毘沙丸びしゃまるは思わず噴き出した。

 

「ほんで『あの人の剣』ってなんですか? リーダーが使うとる『紫電』って、元々は別の誰かの技なんでしたっけ?」


「……ああ。この技は、私が憧れた人の剣を真似たものだ」


「憧れた人……? 雷スキル持ちでリーダーより強い探索者なんて、聞いたことないですけどねえ?」


 顎に手を当て首を捻る毘沙丸びしゃまるを尻目に。

 久遠は物憂げな表情を浮かべて小さく呟く。


「……今どこで……何をしているのかな。……九雀ちゃん」


 闇夜を明るく照らし、青白く輝く。

 欠けた月を見上げながら。


 



 

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