#66 傑物たち。-承-

 神式かみじき青龍と毒嶌ぶすじま清十郎。

 最年少で十傑入りを果たした二人は、直後に未踏破ダンジョンを踏破。期待を上回る活躍に、メディアを初めとした世間を大いに沸かせることとなった。

 その後も一週間で特級ダンジョンを九つ踏破、という驚異的な勢いを見せる。中には未踏破ダンジョンも含まれおり、伝説の探索者と呼ばれる玄武ですら驚く記録であった。

 世間の話題は十傑ルーキーの二人に集中。半年後の探索者ランキングで順位を伸ばすことはほぼ確実と目されていた。

 その影には三人目のパーティー――鬼灯ほおずき九雀の存在があるのだが、それを知る者は少ない。



 ――それから、半年が経った。


 

 都内にある探索病院にて。

 九雀はウメと共にメディカルチェックを受診していた。

 マッサージチェアの様な形状の魔素計測機に座り、新聞を読みながら計測中。

「うおぉ、組長が裏切られてはじかれたぁ……今日もアツいな……」

 真剣な眼差しでぶつぶつと呟く。どうやら四コマ漫画を読んでいるようだ。

 その隣ではウメが魔素計数機にセットされたドローンを覗き込み、目を細めながら口を開く。


「アンタ、魔孔まこうが一つしか無いんだねェ……。青龍たちと同じ――いやそれ以上の探索者だと思っていたが、何故ランカー入りすらしないのか……その謎が解けたよォ」


「魔孔? なにそれ」

 

 九雀は視線を動かすことなく、ぼんやりと返事をする。

 するとウメは「ああ」と何かに気付いた様に声を漏らした。


「今の子たちは『スキルロット』って呼んでるんだったか。悪いね、どうもその呼び方は馴染まなくってねェ」


 魔孔――スキルロットとは、体内にある器官の名称。

 基本的には三つ備わっており、そこから魔素を吸収する。加えて、発現したスキルを発動させる役割も持つ。

 例え何十個のスキルを発現したとしても、発動させられるのは魔孔分――三つまでとなる。

 故に魔孔はスキルロットと呼ばれており、基本的にスキルは三つ迄セット出来るということなのだ。

 しかし、稀に魔孔が少ない者もいる。これは先天的であり、後天的に増減することは決してない。そして魔孔は魔素を吸収する器官であるため、魔孔が少ない者は吸収する魔素も少ないという事になる。

 九雀が圧倒的な強さを誇っているにもかかわらず――青龍や毒嶌ぶすじまと共に探索しているにもかかわらず――彼女だけがランカーですらない理由。

 ウメが抱えていた疑問は、図らずもここで解かれることとなった。


「うわ、これ見てよバーバ。青龍と清十郎が一面だ。明日の探索者ランキングで更に順位を伸ばすのはほぼ確実!――だって。すごいなアイツら」


 九雀は新聞を広げ、ふんふんと頷きながら唸る。


「……ねえバーバ」


「なんだい?」


「……魔防護服ってさ、やっぱ動き辛い?」


「なんでそんなことを聞くのさ?」


「……いやまあ。なんか……今思えば、なかなかお洒落でカッコよかったなって」


「ハハ、九雀。アンタがお洒落を気にするタマかい?」


 そう言って、ウメは視線を落とす。

 黒いキャップに半袖のTシャツ、そしてダメージジーンズ。いつ見ても同じ恰好。

 今までオシャレなどに気を使っている様子は感じなかったが――。

 

 ウメは「ふっ」と笑い交じりの吐息を漏らし、ポケットからある物を取り出した。


「アンタにこれやるよ」


 それは虹色に輝く鉱石。自ら光を放つ、不思議な石だ。

 ネックレスのように紐が通してあり、九雀の首にそっと掛ける。


「……なにこれ?」


「ご褒美だよ。青龍や清十郎は十傑って名誉を手にしてんのに、同じくらい凄いアンタだけ何も手にしないのは不公平ってもんさ」


「……なにそれ。あたしは別に不公平だなんて思ってないよ。本当にアイツらが凄いだけだし」


「そうさ、アンタ達は揃いも揃って凄いんだ。青龍は度胸やカリスマ性があるし、清十郎には深い知識がある。そして九雀、アンタは並外れた戦闘力――強さだ。それぞれが十傑――いや、神式かみじき玄武に匹敵するほどのモノを持っていると思ってる」


 九雀は話を聞きながら視線を落とす。その先には、七色に光を放つ輝石。


「それにねェ、アタシゃ嬉しかったんだよ。あんなに楽しそうに探索をする奴ァ、アンタと玄武を除いて他に知らないからねェ」


「……バーバ……」


他人ひとの目なんて気にすんな。アンタにゃ似合わないよ」


 九雀は漸く顔を上げる。

 するとウメは優しく、にっこりと微笑んだ。


「いいねぇ、よく似合ってる。今のアンタはお洒落でカッコいいよォ」


「……ありがと」


 九雀は輝石を握りながら、笑顔を返すのだった。

 


 §



 次の日。

 探索者ランキングと共に、雲類鷲うるわしウメの引退が発表された。

 今後は地元の神奈川で、静かに暮らしていくらしい。


 そして青龍は十傑No.7、毒嶌ぶすじまはNo.8と順位を伸ばした。

 たった半年での快挙。

 しかし、彼らが探索した功績を見るに、まだまだ低いと疑問の声も多く上がっていた。

 そして浮上する三人目の人物。それがランカーですらない無名の存在と噂が広まると、パーティーを組んだ際の『魔素の分配』による弊害が巻き起こった。

 世間から『無名の三人目が足を引っ張っている』や『二人でパーティーを組んで欲しい』などという声が上がり始めたのである。




「ああああああ~! バーバァー……!」

「あばぁ! ああああばばばばああああ! ウメぢゃんんんんんんん!」


 その後ダンジョン庁の庁舎タワーにて行われた、雲類鷲うるわしウメの引退式。

 著名人のみが集まった式は無事に終わり、現在は屋上にて青龍と毒嶌ぶすじま、そして九雀の三人が集まっていた。

 大声を上げて咽び泣く九雀と毒嶌ぶすじまに、冷ややかな視線を送る青龍。


「泣くなよ……みっともねえな……」


「うるさいぞ青龍! この冷血! 人でなし!」

「青龍ちゃんのいけず! ファザコン!」


 涙を流しながら睨みつける二人を尻目に、青龍は深いため息を吐く。


 ひとしきり泣いて、ようやく落ち着きを取り戻すと。

 九雀はフェンス越しに都会のビル群を眺めながら口を開いた。


「言い忘れてたけど、ランクアップおめでと。やっぱお前らは自慢の仲間だわ」


 年の瀬を知らせるように、冷たい風が三人の間を通り抜ける。

 銀色の髪を靡かせる九雀の背中に、青龍と毒嶌ぶすじまは口を噤んだ。

 探索を通じて知り合った三人は、もう出会って三年になる。

 しかし、ずっと探索を共にしてきた九雀だけは、十傑はおろかランカーにすら入っていない。

 加えて、世間からの風評。

 しかし、魔素数が分配されているとはいえ、九雀が足手纏いなどということは決してない。

 それは青龍と毒嶌ぶすじまが誰よりも知っている。

 そんな彼女からの祝福に、二人は返す言葉とかける言葉を必死に探した。


「九雀ちゃん、配信しましょう!」


 そして、毒嶌ぶすじまがひとつの提案を唱えた。

 思いがけない言葉に九雀は振り返り、キョトンと目を丸くする。

 毒嶌ぶすじまは「キッ」と眉を吊り上げ、顔をこわばらせている。鼻息も荒い。


「九雀ちゃんが足手纏いだなんて、アタイあったま来ちゃった! あのバカみたいな九刀流を見せて、そんな奴等全員黙らせてやるのヨ! ちょっとアンタのドローン貸しなさい!」


「なんだよバカみたいって。……てゆーかちょっと待て! いいよ配信とか!」


 九雀は拒否するも、毒嶌ぶすじまはずかずかと近寄り――腕につけたドローンを無理矢理剥ぎ取ると、ポチポチと操作を始めた。

 その勢いに気圧された九雀は、肩をすくめて大きなため息を吐く。


「だいたいあたしは何を言われようが気にしてねーって。別に誰かに認めて欲しくてやってるんじゃない。あたしが楽しいからやってるだけだしー」


「……ホントにィ?」


「ほんと、ほんと。この石に誓って!」


 そう言って、首元からぶら下げた輝石を取り出す。

 それを見た毒嶌ぶすじまは、驚きで大きく口を開けた。


「すっごおい! それ『超虹石ちょうこうせき』じゃないノ! 貴重な回復薬を作り出せる超希少素材! たしか日本で手に入れたのはウメちゃんだけだったはず! いったいどうやって手に入れたのヨウ!?」


「……え、まじ? はは、何にも知らずに受け取っちゃった。……さっすが清十郎! バーバも褒めてたよ、あんたの博識なとこ」


「あらやだ。なんで直接言ってくれないのかしラ。ウメちゃんのいけず!」


「……そういう反応するからじゃない?」


 毒嶌ぶすじまは体をくねらせながら、恍惚な表情を浮かべている。

 九雀は呆れたように冷ややかな視線を送り、「もういい?」と一言。

 毒嶌ぶすじまは「あらヤダ」と笑みを浮かべながら、持っていたドローンを九雀に返した。


「九雀ちゃんのチャンネルを作っておいてあげたワ。いつでも配信しチャイナさい!」


「うげ。まじ? ってゆーか十傑って配信禁止みたいな風潮なかったっけ? 結局お前らといる時は配信できないじゃん」


「そんなの関係ないワヨ! そんなクソみたいな風潮より、全世界に鬼灯九雀アタイのダチを知らしめる方が大事なのヨウ!」


 すると、今まで腕を組んだまま静かに佇んでいた青龍が「いや」と口を開いた。


「九雀の言う通りだ。十傑は日本の探索界のトップ。格式高く高尚な存在が、配信などと言う世俗的な物で簡単に姿を晒していい筈が無いだろう」


「なにヨウ。じゃあ青龍ちゃんは反対ってワケ?」


「当たり前だ。だが俺はルールや風潮だのという、軽薄な理由で反対しているんじゃない」


 青龍は眉間に深い皺を刻みながら、淡々と問いに答える。

 その言葉に九雀と毒嶌ぶすじまは首を傾けた。


「ん? じゃあなんで青龍は配信に反対なんだ?」


「無論、神式かみじき玄武がやっていないからだ」


「「は?」」


神式かみじき玄武は探索界の伝説。いや、もはや探索界そのものと言っていい。その神式かみじき玄武がやっていないんだ。ならやるべきではない。神式かみじき玄武こそがルールだ」


「なに言ってんのヨウ! ついさっきルールは軽薄な理由とか言ってたくせに! 真面目に聞いて損したじゃないノッ!!」


神式かみじき玄武に震えろ……!」


「アタイは今アンタに震えてるわヨウ! このファザコンッ!」


「あはははは!」


 ふたりのやり取りに、九雀は腹を抱えて座り込む。

 涙を浮かべて暫く笑っていたが、ふと何かに気付いて顔を上げた。


「あ、そういえばお前らこのあと十傑の会議だったっけ?」


「そうヨ。んで! それが終わったら、三人で探索行くわヨ!」


「え、まじ?」


「当たり前ヨウ! 絶対行くワよ! 行くったら行くワよ!!」


「わかったわかった。んじゃ、下で待ってるわ」


 そういって、屋上を出て行く九雀。

 それを見送った青龍はその後ろ姿を眺めたまま、不思議そうに眉を寄せる。


「なあ清十郎……あいつ半袖で寒くないのか……?」


 九雀が立っていたフェンスには、彼女の上着が掛かったままだった。

 毒嶌ぶすじまは首を横に振りながら、「はあ」と溜息を吐く。


「寒いに決まってるでしょ。心ここにあらず……あれは相当堪えているワね。アタイたちに心配かけまいと、平気な振りをしているだけヨ」

 

 再び、年の瀬の凍えるような風が二人を襲う。

 

 少し間を置いた後。

 青龍は黙ったまま、自分の腕に装着しているドローンを手に持つと、


「清十郎……俺にも教えてくれ。配信のやり方」


 真剣な面持ちでポツリと呟く。


「アラ。そういうトコ好きよ、青龍ちゃん」


 毒嶌ぶすじまはニヤリと口角を上げて、ドローンを受け取った。

 


 §



 九雀はダンジョン庁の近く、港区をぶらぶらしていた。


「へっくし! ……あれー、あたし上着どこやったっけ……?」


 震えながら、キョロキョロと暖を取れそうな場所を探す。すると、見上げる程の高い建物が真っ先に視界へ飛び込んで来た。

 特級ダンジョン『鰐ノ門』。高層ビルが立ち並ぶ都会の中に、同様に天を衝く高階層の塔である。

 青龍たちを待っている間の暇つぶしも兼ねて、ふらりと立ち寄ってみることにした。

 

 が、入口の手前で喧騒が聞こえ、足を止める。

 どうやら男女二人が揉めているようだ。


「こら、危ないから!」

「はなせ馬鹿ー! 中にお父さんがいるんだー!」

 

 小学校低学年くらいの紫髪の幼い少女が両手をばたばたと動かし、ダンジョンへ侵入しようとしている。それを高校生くらいの白髪の少年が後ろから羽交い絞めにし、懸命に止めている。

 ダンジョン前ではあまり見かけない光景だ。


「もうすぐ救援が来るからもう少し待ってって!」

「そんなの待ってられない! じゃああんたが助けにいってよ!」


 紫髪の少女が更に暴れ、幼くも鋭い蹴りが白髪の少年の脚に当たる。

 そこへ、九雀が近寄り声をかけた。


「おう、白虎おとうとじゃん。ひさしぶり」

「あ、く、九雀さ――いだっ!」


 九雀が挨拶をすると、それに気を取られた白髪の少年――白虎の顔面に紫髪の少女の拳がクリーンヒットした。

 彼は神式かみじき白虎。神式かみじき玄武の息子であり青龍の弟である。九雀は半年前にダンジョン前にて面識があったが、それっきり。神式かみじき家の次男という印象以外はあまり記憶に残っていない。

 

 顔を押さえながら地面に崩れる白虎を見ながら手を叩いて笑う九雀。

 いったい何をしているのかと尋ねると、地を這いながら説明を始める白虎。

 どうやら紫髪の少女の父親が探索から戻らないらしく、彼女は勇ましくもダンジョンへ入ろうとしたようだ。当然入口の赤ドローンにワイヤーで縛られ捕獲されていたところを、たまたま白虎が出くわし、救出。そこで少女から父親の救助を求められた白虎だったが、彼はまだBランク。特級ダンジョンを探索する権限が無く――救助が来るまで此処で待とうと説得したところ、少女が暴れ出し――現在に至る。


「――おっけー。事情は大体わかった。ならあたしがこのお兄ちゃんの代わりに行って来るよ」


「ほ、ほんと!?」


 そう言って、九雀は赤いドローンにライセンス証をかざす。


『――ビビー。警告。現在このダンジョンは警戒レベル3が発令されています。警戒レベル3では探索を許可された者以外、ダンジョン内へ立ち入ることは出来ません。このライセンスでは許可が下りていないため、侵入を許可できません。尚、こちらは探索規制法第八条第六項で定められており、違反した場合六十日間のライセンス停止、又は――』


「おっと。けっこうやばい事態みたいだね」


 その様子に、眉を下げる紫髪の少女。

 その頭を撫でながら、九雀はにっこりと微笑んだ。

 腕に装着していた探索用ドローンを起動させ、自分の隣に浮遊させる。搭載されたカメラは九雀を捉え、画面にもしっかりと自分の姿が映し出された。そしてぎこちない手つきで操作すると「よし、大丈夫そうだ」と小さく呟き、紫髪の少女へ向き直る。


「それじゃ、行って来んね。えっと、キミの名前は――」


「す、すめらぎ久遠!」


「久遠ちゃんね。悪いんだけどダンジョンの中を映すからさ、もしお父さんがいたらコメントで教えて貰えるかな?」


 そう言って、久遠に自分のスマホを手渡した。画面には九雀の配信が流れている。


「あ……う、うん。わかった!」


 言葉を交わし、九雀はダンジョン内へと歩を進める。

 すると、


「ちょちょ、ちょっと九雀さん!? 警告音聞こえてなかったんですか!?」


 焦った様子の白虎が制止した。


「もちろん聞こえてたよ」


「マズいですって! 救助が来るまで待ちましょう!」


「そう、警戒レベル3って結構マズいんだよ。だから救助が来るまでの間はあたしが出来る限りのことをしなくっちゃ」


「そうじゃなくて、マズいのは九雀さんです! ライセンス停止させられちゃいますよ!?」

 

「あはは、あたしは大丈夫。白虎、悪いんだけどその子のことよろしくね」


 白虎の忠告を余所に、九雀はウインクして特級ダンジョン『鰐ノ門』の探索を開始した。





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