#2 まずは小手調べ
およそ百年前、全世界に突如として現れたダンジョン。
地下に広がっているものもあれば、塔や遺跡のような姿をしたものもある。
内部には狂暴なモンスターや誰も見たことの無い鉱物が存在し、その無限に広がる『未知』は多くの者を魅了した。
それ故にダンジョンを探索する者は後を絶たず、けが人や死亡事故などが続出。
世界各地で法整備が進められ、探索はライセンス制となった。
ライセンスには世界基準も設けられ、探索者をE~Sにランク分けをして探索できるダンジョンを制限。
ダンジョンは潜入した探索者のデータを元に、内部の構造や生息するモンスターの危険度を基準として初級・中級・上級・特級と区分された。
尚、特級には未踏破のダンジョンも多く含まれている。
探索者の目的は様々だ。
モンスターを倒した際に得られる魔石や鉱石を売り、稼業とする者。
未踏破ダンジョンへ繰り出し、誰も見たことが無い素材やモンスターを探求する者。
探索を配信などで発信し、インフルエンサーを目指す者。
そして新米探索者である
彼女の目的は人気者になって、友達を作ること。
命の危険と隣り合わせの探索者にとって、その目的は他人が聞いたら少々軽いものかもしれない。
しかし、本人はいたって本気であり、そのために五年間準備をしてきた。
そしてその第一歩を歩み始めたのである。
ラクナの進む初級ダンジョンは比較的にモンスターが少なく、かつ危険なモンスターがいないと判断された場所。
加えて、ダンジョン内の構造も単純でほとんど迷うことは無い。
まさに初心者用のダンジョン。
それでも、初探索をソロで挑む者は稀である。
「……あ」
何事も無く順調に歩みを進めていたラクナが、初めて足を止めた。
――ブウゥゥゥゥン。
目の前には行く手を阻むようにモンスターが空中を舞っている。
全長50センチはあろうかという巨大な蠅型の、バグズというモンスターだ。
ゆらゆらと体を左右に揺らしながら、羽音を鳴らしていた。
「……ダンジョンの中にも虫っているんだ」
初モンスターに遭遇しても、特に驚いている様子はない。
ただポツリと呟くと、背中のリュックを下ろして中を漁り始めた。
あった、と言って取り出したのはスプレー缶。
両手でぶんぶん振ったあと、勢いよく自分にかけ始めた。
「虫よけスプレー持って来てよかった」
目を瞑り、爽やかな表情でスプレーしていたのも束の間。
そんなことなどお構いなしにバグズはラクナに向かってくる。
探索初心者の配信にはお馴染みのバグズ。
虫が巨大化したような見た目のモンスターは、大方初心者の悲鳴を誘う。
さほど危険も無い事から、一部の『悲鳴愉悦民』視聴者からは『悲鳴製造モンスター』として親しまれていた。
しかし。
探索初心者ラクナは手に持っていたスプレー缶を振りかぶり、襲い掛かって来たバグズに向かって振り下ろした。
ぱん、と破裂音がする。
同時にバグズの体は消滅。
代わりに小さな魔石がいくつか地面に散らばった。
「わ。ダンジョンの中だと、虫も石になって消えちゃうんだ。モンスターみたいに」
もちろん、バグズは虫ではなくモンスターなのだが。
ほえー、と誤情報に納得の声を上げると、再びリュックを担いで歩き出す。
が、今度はその奥にいるモンスターを発見し、すぐに足を止めた。
小さな猪型の、ウリボンいうモンスターだ。
ウリボンはラクナを捉えて、じっと見つめている。
「あ、あれはモンスターかな。でも見たことない。……よ~し」
呟きながら、地面に落ちている石を拾う。
「まずは小手調べ!」
言いながらモンスターへ投げつけた。
石が当たったと同時に、ぱん、と破裂音が響く。
先ほどのバグズ同様、ウリボンは一瞬で魔石に代わった。
「え!?」
投げた本人が驚きの声を上げる。
そして暫く口を半開きにして沈黙。
あまりよく分かってない様子のまま、とりあえず再び歩き出す。
そのあと二匹のモンスターに出会うも、
それ以降モンスターに出会うことはなくなり、ひたすら歩き続けていた。
「……っていうかやっぱり広いなあダンジョンって。……どうしようお腹減ってきちゃった」
ダンジョンには必ず核となる大広間が存在する。
通称ボス部屋。
そのボス部屋にいるモンスターを倒すとダンジョン内が鎮まり、以降一週間はそのダンジョンからモンスターが湧くことは無くなる。
ちなみに現在潜っている初級ダンジョンのボス部屋は鉄扉を開けた先にあるのだが、ラクナはそれに気付かず同じところをぐるぐると回遊していた。
普通であればすぐに気付きそうなものだが、残念ながら何度も素通りをしている。
彼女は、絶望的に方向音痴だった。
「……うーん。よく分からないけど、モンスターにも会わなくなっちゃったし、もう帰ろうかな? お腹すいたし……」
お腹をさすりながら、帰り道を探そうと周囲を見回す。
すると、突然なにかに気付いた様に目を見開いた。
「……あ……!」
曇っていた表情をパッと明るくさせ、小走りで壁へ駆け寄る。
ごつごつした岩の壁に耳を当てながら、「ここだ」と小さく呟いた。
そして次の瞬間、
――ドカァァァァァァン!
ダンジョン内に大きな振動と破壊音が響き渡った。
壁に向かって拳を突き出しているラクナ。
そして壁には、人ひとり通れそうなぽっかりと空いた穴。
周囲には、破壊された壁の瓦礫が散乱している。
「やっぱりあった。帰り道」
ダンジョンの壁を拳でぶち壊し、満足そうにムフーと頷く。
背中の巨大リュックが詰まりながらも自分で切り開いた穴に潜り、なんとか通り抜けることに成功。
ふぅと息を吐き、歩き出そうとすると。
『――ビビー。警告。ダンジョン内にて『接続』が発生しました。現在このダンジョンは上級ダンジョンに区分けされています。大変危険ですので速やかに――』
入口にいた赤いドローンが、警告音を鳴らしながら迫って来ていた。
後ろからとてつもないスピードでやってきた赤いドローンに、ラクナは、
「いやああああああああああっ!」
と大絶叫し、振り向きざまに平手打ちを繰り出した。
――ッパァァァァァァァァン!
マッハ平手をくらった赤いドローンは、高速スピンをしたまま地面に落下。
ゴロゴロと転がり、青白い電気を
その後プシューと体から黒煙を立ち上げ、そのまま動かなくなった。
ラクナは青ざめた顔で、クシャクシャになった赤いドローンを恐る恐る覗き込む。
「……びっくりしたぁ……。いきなり話しかけてくるんだもん、人だと思って咄嗟に殴っちゃった……。どうしよう……」
眉を八の字に下げて、少しの沈黙。
しかし、すぐに前を向き直して首を横に振る。
「まぁこうなっちゃったものは仕方ないよね……。うん、とりあえず今日はもう帰ろう。お腹空いたし。で、ごはん食べたら謝りに行こう」
両手で拳を作り、「うん!」と大きく頷く。
そしてそのまま、ダンジョンの奥地へと進んでいくのだった。
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