第37話 盗まれたタイムマシン

 8月15日8時過ぎ。

 この時代では空飛ぶ乗り物は珍しくない。

 見慣れた街並みを抜けて俺は古巣に着陸した。

 シロヤギ郵便局の裏手である。


「一応こいつも持っていくか」


 自分にばったり会うわけにはいかないので念のため青い獅子舞を被っていく。


「光学迷彩が故障中しゃめから早く戻ってくるしゃめよ」

「おうよ」


 俺は裏口のセキュリティー扉の前に向かった。

 扉横のパネルに右手のひらを押し付けて掌紋認証を突破する。続けてマイクに向かって声紋認証を済ませる。


「忍壁家守」

「認証しました」


 電子音声が機械的に処理してガチャリと錠が開いた。

 俺は元職場に侵入する。

 裏口からまっすぐのところに仕分け室がある。入室すると長机には仕分け前の郵便物が積まれていた。隅には大きめのダンボールが置かれている。

 俺は内ポケットから死海手紙を抜き出す。

 そして勝手知ったる港3710号のボックスに死海手紙を忍び込ませようとした――まさにそのタイミングで問題発生。

 仕分け室に近付く足音が聞こえてきたのだ。

 続けて聞き馴染みのない声が尋ねる。


「レオパ……兄さん?」


 いや、このセリフ聞き覚えはないが、言った覚えがある。

 これは俺の声か。自分の声を外から聞くと違って聞こえるものだ。

 そういえばあの日、俺は仕分け室で人影を見たのだった。

 まずい。

 逃げるか。

 それとも隠れるか。

 仕分け室の出入り口はひとつしかないので逃げる場合は絶対に自分に見られることになる。

 ならば隠れるしかない。


 どこか仕分け室に隠れる場所はないか?


 とそこで、俺は大きなダンボールに目が留まった。

 深さ70センチ、幅70センチ、長さ100センチ。宛先はソルトキャッスルとある。

 幸いにも中身は空っぽだった。


「これなら」


 迷っている時間はない。

 俺はダンボールの中に身を潜めた。ダンボールの手持ち穴から外をのぞく。ガチャリと仕分け室に自分おれが入ってきた。警戒した足取りだ。

 一方、俺の心臓はバックバクだった。

 チクタクという時計の音がなければ聞こえてしまっていたかもしれない。

 すると自分の足音は俺の入っているダンボールの前で立ち止まった。

 まずい。

 このままでは見つかる。

 俺が覚悟した――まさにそのとき、クルッポークルッポー! と鳩時計が鳴った。


「……もうそんな時間か」


 自分の足音は去って行った。

 俺はダンボールから飛び出た。


「さすがに焦ったぜ」


 握りしめたために死海手紙には手汗が滲んでいた。カモフラージュとして仕分け前の郵便物に死海手紙を挟み、俺の担当地区ボックスに投函した。

 言うなればエロ本を一般書籍で挟むみたいなものだ。世代じゃないのでエロ本など触れたことも見たこともないが知識だけはある。


「よし、これでいい」


 あとはもうひとりの自分に任せよう。

 俺は仕分け室から青い獅子舞の顔だけ出して外を確認する。

 クリア。誰もいない。

 俺は唐草模様のマントを翻しながら、泥棒のように抜き足差し足忍び足で脱出した。

 裏口を出るとカメシマが停車している。

 駆け足で向かおうとした――その次の瞬間、カメシマがエンジンを吹かした。

 雪煙を巻きあげ、宙に浮いて発進する。


「お、おい! ちょっと待てや!」


 まさか盗難? 

 俺が走って追いかけると、透明な甲羅の中に見知った顔があった。

 それはなんとシロヤギだった。


「誰かわからんが一足遅かったのう」


 なんでシロヤギが……?

 そうか。

 あのラジオ体操をギックリ腰で抜け出したときか。


「返して欲しければ2024年まで来るんじゃな。わっはっは!」

「たすけてしゃめー!」


 そんなサメタマの声が聞こえる。

 所詮はナビプログラムなので操縦者のほうが権限は遙かに強い。


「あんのアゴヒゲ野郎!」


 まさかタイムマシンを盗難されるとは想定外すぎる。

 おそらく周辺の監視カメラの映像からバレたのだろう。

 受付アンドロイドのアンジューならハッキングなどたやすい。


「つーか、人工心臓も積んでんじゃねえかよ!」


 しかし時すでに遅し。

 シロヤギは盗んだタイムマシンで走り出す。行く先もわからぬまま…………いや、行き先は2024年と言っていたか。

 俺も直接見てるはずだ。

 つまり2024年に会ったシロヤギがさっきのシロヤギなのだ。

 俺は呆然と駐車場に立ち尽くしていた。


 とそこで、トッケイトッケイ! と左の義手から奇妙な音が鳴った。

 手のひらを開くと博士からの着信だと表示されている。俺は義手の人差し指を耳珠じじゅ軟骨に押し当てた。人差し指は骨伝導イヤホンになっている。


「首尾は?」

「すまん、博士。計算外のことが起こった」


 俺は先ほどのあらましを説明した。


「タイムマシンを盗まれただと?」


 こめかみを押さえている博士の顔が目に浮かぶ。


「いやはや、しかし……やはりそういうことか」

「やはり?」


 俺の疑義を無視して、博士はまるで見ていたかのように続ける。


「仕分け室にダンボールはなかったかね?」

「あーそういえばあったな」

「そしてそれはソルトキャッスル宛てのはずだ」

「ん? どういうことだ?」

「念には念を。この時代からの脱出経路を僕はもうひとつ用意しておいたのだよ」


 博士は老獪ろうかいに笑んだ。

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