第27話 誘拐

 それから急いで俺は十六夜小学校へ向かう。

 万年桜の下にタイムマシン関係の連中が雁首そろえていた。

 そのうちの博士は口を尖らせた。


「遅かったじゃないかね、ヤモリ」

「すまん。女児と添い寝してたらつい……」

「……今日が最後だからって犯罪はいただけないね」

「ロリコンしゃめ」


 サメタマにまで言われてしまう始末。

 ソルティライトは無反応だ。


「勘違いすんじゃねえよ。家族水入らずの時間を過ごしただけだ」


 軽薄にいなしつつ、俺は本題に切り込む。


「んで、博士、タイムマシンは直ったのか?」

「僕を誰だと思っている? 天才だぞ?」


 博士は丸眼鏡を押し上げた。


「理論上……いや、机上の空論上は直っているはずだ。鍵はカメシマに搭載された特殊なエンジンだった。そうだね、四次元エンジンとでも名付けようか。その四次元エンジンが損傷し、ゴミ、要するに桜が詰まってしまっていたのだ」

「バードストライクみたいなもんか」


 つーか、桜をゴミ扱いかよ。

 ロマンチックのカケラもねえ。


「ともあれ、直ったんならあとは……」


 地震待ちだ。

 こんな不謹慎な奴はどんな時代に置いてもいないだろう。

 とはいえ未来にも十六夜小学校はあったから地震でも無事なはずだ。


「俺の郵政カブは頼んだぜ、博士」

「暇なときにでも解剖してやるさ」

「それをいうなら解体だろ? つーか俺の愛機をいじるんじゃねえよ!」


 このマッドサイエンティストが。


「でも明日から登校だろうに悪りぃな、博士」

「遅刻したらきみがタイムマシンで迎えに来てくれたまえ」

「無駄遣い過ぎんだろ」


 しかし、本当にタイムマシンを直してしまうとはな。素直に感心する。


「あっそうだ、博士から預かったスマホ返しとくぜ」


 そう言って俺は郵便局の制服のポケットからスマホを取りだした。

 ちょうどそこで、ピコンという電子音とともにスマホの画面が光った。

 どうやらスマホにメッセージが届いたようだ。

 バイト関係だろうか?

 画面をタップして何の気なしにメッセージを開くと、そこには衝撃の写真が添付されていた。


「なんだよ、これ……」


 なんとそこに写っていたのは、ガムテープを口に貼られた――ヒバカリばっちゃんだった。

 さらに後ろ手に縛られている。


「ヤモリ……?」


 博士は不審に思って、俺の手を引っ張りスマホの画面を強引にのぞき込んだ。


「これは……」


 さすがの博士も冷や汗を掻いている。

 送られてきたのは写真だけで身代金の要求などは一切ないのが、かえって不気味だった。

 そんなことを知ってか知らずかサメタマは言う。


「早く地震こないしゃめか~? さっさと帰りたいしゃめ」

「バカザメ! こんな状況で帰れるわけねえだろうが!」


 俺は写真を穴が空くほど見る。


「畜生……! どこだよ、ここ……!」


 ばっちゃんが誘拐されたなんて話、未来で俺は聞いたこともねえぞ。

 するとソルティライトは伽藍堂の複眼で写真を見たあと、ポツリと漏らす。


「特定。背景、夜景」

「そういうことかね!」


 博士はピンときたように俺に指示する。


「ヤモリ、背景を拡大したまえ」


 俺はいわれたとおりに写真の夜景をピンチアウトして拡大する。


「この夜景はフジテレビ……つまり、ここはレインボーブリッジだ」

「レインボーブリッジだって?」


 たしかその吊り橋は太平洋大震災で崩落するんじゃなかったか?

 2094年に老婆が再建の署名活動をしていたはずだ。

 まずい。

 地震まで時間がねえ。


「つーか誰がこんなことを……」

 

 よりにもよって俺のばっちゃんを誘拐するとは……。

 単なる偶然じゃない気がする。

 意図。恣意的。私怨。

 歴史に干渉する力を感じる。

 明らかに何らかの罠だろう。

 すると博士は言いにくそうに口を開く。


「実は犯人に心当たりがある」

「ほんとか? 博士?」

「うむ。ここ数日、視線を感じてね。怪しい人影も見た」

「なんでそのときにさっさと言わねえんだよ!」

「ソルティライトがいるから大丈夫だと思ったのだよ。それに警察沙汰にすると何かと動きづらくなるからね」


 今さら言ってもしょうがない。


「……で、どんな奴だ?」

「青い獅子舞だ」

「なに?」


 それってあのコスプレ会場にいた。

 いや、今はそれよりも。


「とっととレインボーブリッジに向かうぜ」

「待ちたまえ」

「なんでだよ、博士」

「こういう状況だからこそ冷静になりたまえ。あの写真はディープフェイクかもしれない」

「そーいや、この時代はまだあるんだったか」

「一度、神社に戻ってヒバカリを確認したのち、カブに乗ってレインボーブリッジに向かいたまえ」

「博士は?」

「僕はタイムマシンの最終調整をする」

「わかった。そっちは任せたぜ」


 博士は万年桜に脚立をかける。

 それに俺は背を向けてグラウンドに歩きだした。


「博士、絶対にばっちゃんを助けるぞ」

「愚問だね」


 それから俺は飛鳥神社に駆け込んだ。

 息を切らしながらばっちゃんの寝室の襖を開け放つ。


「……ッ!」


 するとそこには争った形跡が残されていた。

 蚊帳が引き裂かれて敷かれた布団がめくれ上がっている。障子は突き破られていた。

 悪い虫が侵入してきたのだ。

 俺は拳を握りしめてから踵を返す。

 駐輪場に停めている郵政カブに飛び乗った。


 そこでふと気づいたが、隣に停めてあったはずのオンボロ自転車が消えていた。


 処分したのか?

 まあいいや。

 俺はエンジンをかけてアクセルをフルスロットルで回す。そのまま夜空に飛び立った。

 過去の法律なんざ知るか。

 港区の夜景を眺める余裕もなく、俺は空を駆けた。

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