第24話 シケーダフラフト

 博士は毎夜毎夜、十六夜小学校に忍び込んではタイムマシン・カメシマ2000の修理を続けていた。ソルティライトも同行してくれている。

 しかし進捗は芳しくないようで行き詰まっているようだった。

 早朝に帰ってきてからずっとラボに籠もっている。


 来たる8月31日まで1週間を切っている。

 が、急かしてもしょうがない。

 というわけで俺は気が塞いでいるであろう博士のラボを訪ねた。


「はーかーせ、あーそーぼ?」

「は?」


 ラボから顔を出した博士の顔色は青白かった。それにひどいクマだ。

 髪もボサボサで自慢のおかっぱ頭が台無しである。

 清潔だった白衣も油汚れで黒ずんでいた。


「ヤモリ、何の用かね? こんな時間に」

「こんな時間って、もう昼すぎだっつーの」

「今の僕にとっては丑三つ時だね」


 完全に昼夜逆転してやがる。

 そんな博士を気分転換がてら、ラボから連れ出す。

 そうだ。ついでにあのサメヤローも誘おう。

 神社の居住スペースの一室。

 声もかけずに俺は襖をこじ開けた。


「おーい、邪魔すんぜ」

「ちょっ、勝手に入ってくんなしゃめ!」

「おめえは思春期の息子か!」


 驚くべきことにサメタマの目の下には深いクマができていた。

 博士とは違う原因で、だが……。

 顔も青白くなっている。いや、それは元からか。

 締め切った暗い和室。電気は点いていない。テレビモニターの灯りだけだ。

 畳に敷かれた万年床の布団。

 その傍にはポテチとコーラ。エアコンガンガン。リモコンを拾ってみると最低温度の16度だ。

 サメタマの視線はこの部屋唯一の灯りであるモニターに注がれていた。 

 生意気にもヘッドセットをしている。


「こんにゃろ! さっさと氏ねしゃめ! はい~、雑魚しゃめ! チーター乙~! イージーイージー! 証拠スクショ&通報しゃめ! クソ運営よろしゃめ~」


 サメタマはすっかりひきこもりのゲーム廃人になっていた。

 こいつが一番この時代を謳歌してるよな。


「このひきこもりザメが! ちったー外に出やがれ!」


 俺はサメの胸ビレからコントローラーを奪う。


「あっ! 返せしゃめ!」


 ペチペチとサメタマが追いすがってきた。

 埒が明かないのでスイステ5の電源プラグをコンセントから引っこ抜く。

 ブゥンとモニターの画面は真っ暗になった。


「こんなのあんまりしゃめ~! うしゃあああ~ 虐待しゃめよ~!」


 大泣きするサメタマ。

 この部屋が涙の海になりそうな勢いである。


「僕、帰っていいかね?」

「まあ待てって、博士」


 博士を引き止めながら俺はサメタマに向き直る。


「あー俺が悪かったよ。でもサメタマと一緒に遊びたいんだ、博士がな」

「は? 僕は何も――」


 博士の言葉を遮って俺は続ける。


「ポテチとコーラ買ってやるから一緒に遊ぼうぜ、サメタマ」

「ひゃっほうしゃめ!」


 サメタマは枕の濡れた布団の上で小躍りを始めた。


「チョロい」


 所詮はサメだぜ。

 とそこで、カンカンと甲高い音が聞こえてきた。境内のほうだ。

 俺が外に出るとそこにはひとりの少年がいた。日焼けした野球帽の少年の足下には虫取り網と使い込まれたグローブを通した木製バットが置かれている。

 そして少年は片手にデカめの石を持っていた。

 少年の目の前には注連縄を巻かれたご神木。

 そこにはこの時代のセミが留まっていた。


 なんだ、セミ捕りでもしているのか?


 そう思って俺は忍び足で近付く。

 背後からのぞき込むと何やら様子がおかしい。

 セミはウンともスンとも鳴いていない。

 それはメスだからなのかあるいは休憩中なのかもしれない。

 しかし、そのセミは近くに少年がいるにもかかわらず飛んで逃げる様子もないのである。

 そこで俺は気づく。

 このセミはただご神木に留まっているのではない。


 


 なんと驚くべきことにそのセミの背中には細い釘が突き刺さっているではないか。

 野球帽の少年は手頃な石を振り上げて、その釘の頭にカン! と、火花が散るほど強く打ち付けた。

 気づけば、俺は怒鳴っていた。


「コラ、クソガキ! 何やってんだ!」

「うわあ! 逃げろ!」


 次の瞬間、持っていた石を放り投げて少年は逃げ出した。

 しかし逃げた先には白い悪魔が直立していた。

 白いワンピース、麦わら帽子、マスク、サングラスを装着している。

 言わずもがな、不審者の正体はソルティライトだった。

 さらに日焼けした少年は参道側に逃げようとしたが、その先には敬虔な巫女が腕を組んで待ち構えていた。

 お手伝いに復帰したヒバカリばっちゃんである。


「この飛鳥神社の治安は、うちが守るっちゃけん」


 ふたりのレディの包囲網により逃走劇は幕を閉じた。

 俺はクソガキの首根っこを掴む。


「セミを釘で木に打ち付けやがって……。いったいどんな丑の刻参りだ、この野郎!」

「丑三つ時だからね」

「だから今は昼すぎだっつーの!」


 茶々を入れるな、博士。

 俺は悪ガキを問い詰める。


「なんでこんなことしたんだ?」

「それは……なんとなく」


 青い野球帽の少年は答えた。

 青と白のユニフォーム。背番号は17番だった。

 わかっている。理由なんてない。俺にも見に覚えがある。痛いほどに。

 ただセミと釘と石が落ちていたそばに木があっただけだ。

 この子はその場にあったアイテムでクラフトしただけなのだ。

 セミの標本の真似事でもしたかったのかもしれない。

 子供なら誰しもが通る道だ。

 しかし、ここで怒るのが大人の役目だろう。


「一寸の虫にも五分の魂だ。第一これを見た人がびっくりするだろうが!」

「ごめんなさい」


 野球帽の少年は反省した様子だった。

 それから磔刑に処されたセミから釘を抜いたのち、ご神木の下に埋葬する。その上に打ち付けた石と釘を置いて即席のお墓を立てた。

 これもある種、人間のエゴでありクラフトだ。

 ともあれ、その場で手を合わせて供養した。

 子供というのは純粋な残酷さを持ち合わせている。

 だからこそ大人は人工の優しさを教えなくてはならない。それが教育だ。


「この件は神主には内緒にしておいてやる。その代わり一緒に遊ぶぞ」


 俺がそう言うと野球帽の少年は面喰らったように目を見開いた。

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