第23話 スイッチステーション5

 この時代の東京タワーは赤かった。スカイツリーは高かった。

 あれから1週間後の昼下がり。

 俺は知っているはずなのに知らないような街に繰り出した。

 この時代において初めての給料が入ったのだ。

 その額は20万円である。


 未来の郵便配達員を舐めるなよ。


 信号に引っかからない裏道。人通りや渋滞情報も頭に入っている。朝飯前だぜ。

 優秀すぎてすぐに正社員に昇格しないかという連絡が来た。

 当然断ったが悪い気はしない。


 近所のゲームショップ、ゲロに来た。

 俺の他にソルティライト、サメタマが同行している。本来宇宙人が人目についていいはずがないのだが、どうしても付いてくると言って聞かなかったのだ。

 いちおう変装はさせている。

 サメタマはホオジロザメの子供用パジャマを着用している。ギザギザの歯を模したフードを目深に被っていた。

 一方のソルティライトは白いワンピースに麦わら帽子と厚底サンダルを合わせた、ザ・夏コーデだった。しかし色白の顔にはデカいサングラスと不織布マスクを着用している。

 桜痘禍なので違和感はいくばくか緩和されている。

 ソルティライトは白い扇風機の前でジッとしていた。

 マネキンと間違えられなければいいが……。


 さておき、俺は店内を物色する。

 この時代の歴戦のゲームたちが陳列棚を飾っていた。

 ダルゼ。スマッシュシスターズ。スターモンハンター。トマ鉄。プニプニ。マリコカート。オクトゥーン、メタルギガソリッド5。

 未来ではプレミアがついているお宝ばかりだ。

 大塩害によってほとんど錆びてるからな。

 余談だがそれと反比例して錆びることがない純金の価値が高騰していたりする。

 とそこで、すこし目を離した隙にサメタマが消えていた。

 棚をいくつか跨ぐとゲームコーナーの一画にいた。

 サメタマはヨダレを垂らしながらとあるゲームハードを見上げている。

 それは白と赤のカラーリングをした――スイッチステーション5だった。

 未来ではもはや幻となっているゲームハードである。

 たしかカメシマにも搭載されていた。

 するとサメタマの横にもうひとり子供が現れた。スーパーマリコのキッズ服を着た男の子だ。この子もスイステ5を狙っているようだ。

 しかしスイステ5は残り一台である。


「ママ~、ぼくこれほしぃ――」


 男の子がそう言いかけたところで、サメタマはフードの下の鋭い歯を剥き出しにして「シャーッ!」と、威嚇した。


「マ、ママ~」


 そんな鬼の形相を見た男の子は走り去っていった。


「大人げねえ」


 ペットだけど。


「一生のお願いしゃめ! リモヤベカサオ!」

「断じて断る」

「まだ何も言ってないしゃめ!」


 人の名前もロクに言えん奴の頼みをなぜ聞かにゃならんのか。


「どうせこのスイステ5を買ってくれって言うんだろ?」

「いかにもしゃめ!」

「嫌だよ。自分で働いて買えよ」


 俺は腕を組んで固い意志を示した。


「あっし、ひと狩りいきたいしゃめ!」

「どっちかっつったら、おまえは狩られるほうだけどな」

「なんでしゃめ!」


 するとこちらに購入する気がないとみるや、サメタマは喚き散らしながらゲームショップの床を泳いだ。

 というより、欲に溺れてやがる。


「ほしいしゃめ! ほしいしゃめ! ほしいしゃめ!」

「バッカおめェー! ちっとは宇宙人のペットとしての自覚持てや!」 


 サメタマは床にギザギザの歯を突き立てはじめていた。

 もはや駄々こねるっていうレベルじゃねえぞ。

 他の客の視線が痛い。

 

 この駄々ザメがぁ~!


 しかし、気づけば俺はスイステ5をレジに通していた。

 とうとう根負けしてしまったのだ。


「なんで俺が……」


 まあこの時代の人間に宇宙人のペットだとバレるわけにはいかねえからな。

 さっきの駄々ザメが嘘のようにサメタマは立ち直った。


「……まさかおまえ、最初から俺に買わせるつもりで付いてきたのかよ?」

「さあ、なんのことしゃめか~」


 確信犯である。


「俺の過去での初めての給料8万円が……」


 白い扇風機の前で身じろぎひとつしていないソルティライトを回収してから俺たちはゲロを出た。

 俺はスイステ5の入った箱を持って歩く。

 飛鳥神社まではすこし距離があるため、昼食と休憩も兼ねて〝サイゼリヤ〟なるファミレスに立ち寄った。メニューを開いて俺はたまげた。


「安っ!?」


 ミラノ風ドリアが税込み300円だと?

 この時代はすべてのものが安い。未来だともっと物価が高騰しているというのに。

 つくづくこの時代の人々は幸せ者である。

 未来では人工肉やフーズドライが主流だ。

 サメタマはエスカルゴを殻ごとバリバリと貪っていた。

 ソルティライトはワインをストローでガブ飲みする。酔っ払う様子はなく顔が赤くなったりもしないらしい。

 当然、俺の奢りである。

 まあどうせ未来には持っていけないお金だ。


 飛鳥神社に帰る頃にはサメタマはあまりの猛暑に溶けていた。

 なんかアンモニア臭え。

 逆にソルティライトは汗ひとつ掻いていない。ソルト人は汗を掻かないのかもしれなかった。

 神社に着くなり和室のテレビにスイステ5を接続した。

 オンラインアカウントの初期設定をする。

 さて生年月日はどうするか。

 俺は2069年生まれなので設定できない。

 すると、ちょうど病み上がりのヒバカリがたまたま通りがかった。


「ヒバカリちゃん……あんたの生年月日って、いつだっけ?」

「え? ……6月6日ばってん? 2014年の」


 俺はばっちゃんの生年月日を打ち込んだ。

 身内だから別にいいだろう。


「へーんなの」


 そう言ってばっちゃんは廊下を歩いて行ってしまった。


「ヤモ~、はやくゲームしたいしゃめ~」


 サメタマは胸ビレ同士を叩く。


「今やってんだろ、このサメヤロー。ただでさえこんなペットに人間のゲーム機はもったいねえっつーのによ」

「あっ! サメ差別しゃめ!」

「だいたいそのヒレでどうやってコントローラー操作すんだよ?」

「ふふーん、あっしには立派な歯が生えてるしゃめ」

「壊しても今度はマジで買わねえからな」

「わかってるしゃめ、わかってるしゃめ」


 というわけで俺とサメタマはコントローラーをそれぞれ持つ。

 まずはファイアーイレブンというサッカーゲームだ。


「かはは。宇宙人のペットごときが人間様に勝てると思ってんのか?」

「シャククク、そう言ってられるのも今のうちしゃめ!」


 結論から言って俺は完敗した。

 40対0である。

 俺は悔しくて他にもスマッシュシスターズ、オクトゥーン、マリコカートで勝負を挑んだが、いずれも大敗した。


 このサメ、ゲーム強いんかい。


「あっし、プログラミングもできるしゃめよ」


 ゲームを創る側でもあるらしい。

 俺との勝負に飽きたのかサメタマはオンライン対戦に潜っていった。


「レッツ、チーター狩りしゃめ!」


 俺はプライドがズタズタにへし折られて、その部屋をあとにした。

 正直立つ瀬がない。

 俺が買ったゲームなのに……。

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