ヒカリ
さき
ヒカリ
「もう、無理だ。別れよう」
俺、ユウキは付き合い始めて3年目の彼女にそう言い放った。
「え?」
俺の彼女、ヒカリは驚いた顔をしたまま固まる。
「どうして、急にそんな事を言うの?」
「え?」
わけがわからない。ヒカリだって別れることを望んでいるはずだ。
「お前だって俺と別れたいだろ?だって半年くらい前までほぼ毎日喧嘩ばっかりしてたし。今は全然しないけどさ、壁ができちゃったっていうか……」
どうしてこうなってしまったのだろう。半年くらい前まではほぼ毎日俺とヒカリは喧嘩をしていた。あの頃はもうこんな毎日は嫌だと感じていたが喧嘩をしなくなった今はそっちのほうが幸せだったな、と思う。
「あの日、覚えてるだろ?4月のいつかの水曜日」
「う、うん……」
「あの日、俺たちは今までで一番ひどい喧嘩をした。原因を作ったのは俺だった」
あの日、俺は最悪なことをしてしまった。
「お前が怒るのも当たり前だった。でも、俺は変なプライドが邪魔をして謝らなかった」
「そんなこと……」
「悪いのは、俺だった。そしてお前は俺にこうきいた。『どうして、誕生日も覚えてくれてないのよ!』って」
俺は最低だった。どうしてヒカリの誕生日を忘れてしまっていたのかわからない。ヒカリが当たり前の存在になってしまっていたのだろうか。
「そして俺はこう言ってしまった。『うるさい!お前は俺のおかげで生活できてるんだから黙ってろ!』って」
「……!!」
ヒカリがその時のことを思い出したのか、目を見開く。
「そして次の日、そんな酷いことを言ったことさえも忘れて帰ってきた俺を笑顔で迎えてきたのは変わってしまったお前だった」
前のヒカリは表情が豊かで思ったことは俺にポンポン言うタイプだった。それで喧嘩することもあった。昔は嫌だと感じていたがその部分もあったからこそ互いのことを分かりあえていたのだと今になれば分かる。今のヒカリはおどどしていて俺に思ったことがあっても伝えようとしてくれない。口調も若干変わった。
「俺はお前に誓ったはずだった。『絶対にお前を幸せにする』と」
「うん、そうだったね」
ヒカリが急に口を開いた。さっきまで黙っていたから少し驚いた。
「あ、うん。続けて」
「あ、ああ。俺が約束したのは大学生の頃。俺はお前の守りたくなるところに惹かれた」
俺たちは同じ大学で同じ学部だった。中高ずっと男子校だった俺は久しぶりにヒカリという女性と話をした。はじめはおどおどとした口調だったがある日急に素を見せてくれるようになった。俺はその日ヒカリは思ったことはすぐに言い、自分の意見を曲げない人物だと知った。そして彼女はその日のうちに自分の好きなこと、嫌いなことについて全て教えてくれた。
「俺とお前は釣り合わないんだ。お前にはもっといいやつがいる。だから、別れよう」
俺は約束さえ守れないやつだった。今、ヒカリにできることは離婚して幸せになってもらって俺のことを忘れてもらうことだ。
「わかった。じゃあ、最後に私から一つ聞いていいかな?」
「何?」
ヒカリはじっと俺を見つめて言った。
「ユウキさんは今の私と少し前の私、どっちのほうが好きなの?」
「少し前の方だ。あの頃はお互い遠慮しずに話ができてたから」
「そっか」
「もし出会ってからずっと今の私だった付き合ってた?」
「いや、付き合ってなかったと思う」
「そっか……」
ヒカリは下を向く。
「さようなら、ユウキさん。幸せになってね」
ヒカリは悲しそうにほほえみながら玄関の方へ向かう。
「あ、そんな急じゃなくても……」
すぐに出ていけとは言っていない。それにヒカリのものだってまだ部屋にたくさんある。あれが残ったままだと俺の記憶の中にずっとヒカリが残ってしまう。
「お前のものもたくさん残ってるからさ、それも持って行ってくれないかな?ほら、大切にしてたものも多いだろ?」
「あれは私のものじゃない。昔のヒカリのものだから。捨てておいて」
「それはどういう……」
「さようなら、ユウキさん」
バタン。ヒカリが出ていった。追いかける気にはなれなかった。もう互いに別れると言うことで同意しているのだし、別れたほうが互いに幸せになれるということも分かっているからだ。
「さてと……」
俺はヒカリがおいていった物たちを見る。俺はそれをゴミ袋に入れていった。
「さようなら、ユウキさん」
そう言って私は彼らの家を出て走り出した。やっぱり私ではだめだった。「あの子」じゃなくちゃ。分かっていたはずなのに、悲しくて涙がポロポロと流れてくる。ユウキさんは気づいていなかったけれど、私は彼の知っているヒカリではない。彼の愛した人は私ではなく、もう一人の私だから。私は幼い頃から両親に大事にされずに育ってきた。そして学校でも人と仲良くなることができず、ずっと一人で生きていた。気がついたら「あの子」が私の中に生まれていた。「あの子」は私と違って明るくて思ったことをはっきりと言える人だった。
ずっと走り続けているせいで、息が苦しくなってきた。あの場所まであと少し。私は走り続ける。
私とまともに会話してくれたのはユウキさんが初めてだった。私と話して笑ってくれたのも彼が初めてだった。私は彼が大好きだった。彼の為なら何でもできた。
でも、「あの子」も彼を好きになった。私達は相談して『彼が選んだ方が彼の前に現れる』ことにした。彼は「あの子」に告白をした。好きになった理由は「あの子」の明るい性格。それは私にはないものだった。彼が愛したのは私ではなく、「あの子」。私は彼が望んでいる通り、私は彼の前に姿を見せないことにした。
ところがある日、私は彼の家にいた。おかしい。「あの子」が表に出なくなるなんて。近くにあった机には「あの子」が書いた私への手紙が残されていた。彼に傷つけられたこと、もう彼の傍にいたくないこと、あとは私の好きなようにしてほしいということが書かれていた。「あの子」は消えた。彼の愛した「あの子」は。その後私は「あの子」が言ってくれた通り、自分の好きなようにした。彼に手料理を食べてもらったり、出かけたりした。私は幸せだった。でも、彼は違った。彼が愛していたのはやっぱり「あの子」で私ではなかった。彼は最初から私のことなんて好きではなかった。そんなこと、分かっていたのに。
やっと目的の場所にたどり着いた。警報機がブーブーとうるさくなっている。私は足を止め、こちらへ向かってきている電車を確認する。この速さなら私の前で止まることはできないだろう。
「さようなら、ユウキさん」
その瞬間、意識がなくなった。
ヒカリ さき @saki_09
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