僕は、不死身になったみたいです

椿野れみ

第1話 不死身になった僕

 僕の瞼が微かに震える。


 すると「ジョン! 今、瞼が動いたわ! この子の瞼が動いたわ!」と、ママの興奮気味な声が真っ暗な世界に貫いた。その後にすぐ「落ち着いてくれ、ジュディス! 喜ぶのはまだだ!」と、パパの怒った様な声が続く。それでもやっぱり、ママと同じ様な興奮が滲み出ていた。


 そんな二人の声に促されて、僕の瞼がグーッと押し上げられる。


 光が差し込まれて、大きくあけた視界に、ママの嬉しそうな顔とパパの困った様な顔が真っ先に現れた。


 そんな二人の顔に、僕は「ママ? パパ?」と目をパチパチと瞬きながら尋ねる。

「あぁ、そうよ! そうよ、ママよ!」

 ママが涙をぶわっと溢れさせて叫んだけれど、「ジュディス!」とパパの力強い声が重なった。

 パパは、込み上げた興奮に突き動かされて僕を抱きしめようとするママをグッと抑えながら、僕に顔を向ける。それも、少し怖い顔を。


 ……怒る前の顔に似ているけれど。僕、何かしちゃったのかな?


 僕はそんなパパの顔にゴクリと息を飲んだ。

 するとパパが「自分の名前を言ってみてくれないか?」と、厳めしい面持ちのまま僕に尋ねる。


 どうしてパパはそんな事を聞くのだろう? って思ったけれど。とても怖い顔をされているから、僕は自分の疑問をすっ飛ばして「ノア」と答えた。

「ノア・ブローニュだよ……ジョン・ブローニュとジュディス・ホワイトの息子の」

 自分の名前を言ってから、弱々しくパパとママの名前を付け足す。


 するとパパを振り切って、ママが「ノアッ!」と勢いよく抱きついてきた。ぎゅううっと力強くて、一気に身体がママの腕の中で小さくなる。

 けれど、とは感じない様な強さだった。きっとママがセーブをかけてくれているのだろう。


「ああ、ノアッ! 私の可愛いノアッ、良かった! 良かったわ!」

 ボロボロと流す涙に滲んだ声でママが叫ぶと、「ノア!」とパパも僕の名を叫んでガバッと覆い被さってきた。


 その姿でパパが怒っていないと分かって、僕はちょっとホッとする。

 その時だった。

「お前が本当に良かった!」

 パパが涙ながらに叫んだ言葉に、僕はグッと引っかかる。


 生き返ってくれて良かった……? そ、それってつまり


「ぼ、僕、死んじゃってたの?」

 そんな馬鹿なと言わんばかりに、二人に向かって問いかけた。


 前の力がゆっくりと離れて行く。ふるふると涙をいっぱいに溜めた目が、僕をまっすぐ捉えた。


「えぇ、ノア。貴方は一週間前に病気で死んでしまったのよ」

 ママの口から、淡々と紡がれた事実に僕は言葉を失ってしまう。


 嘘だ。そんな事……いや、でも、待って。僕の心が「そうなんだよ」って、告げている。最後に思い出す景色が、感情が、一度訪れた「死」をじんわりと心に広げているのだ。


 だからもう、その話が嘘だとは思えない。


 僕が状況を飲み込んだと分かったのだろうか。パパが「でもな、ノア」と優しく言った。

「お前は死を乗り越えたんだ」

「えぇ、そうよ。今のノアは普通の人じゃないの。不死身なのよ」

 パパの力強い言葉に、ママが直ぐさま重ねる。とても信じられない単語も、毅然とした口調で吐き出した。


「僕が、不死身になった?」

 僕は呆気に取られたまま、弱々しく確認する。


 パパとママは同時に首を振った。縦に力強く、うんうんと。


 ……嘘みたいだし、夢みたいだけど。これは全部、本当なんだ。


 

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