メイキング・オブ・さくらもち

@a59kik

はじまりのはじまり

 ---と、ボクはニヤリと笑った。

 でも、このニヤリは、いつものやけっぱちのニヤリじゃない。今回ばかりは、いくらボクだって、そう簡単に自分を見失う行動にでるわけにはいかない。ボクのサイズに比べたら、巨人なんて生半可なもんじゃない連中が背後に迫っちゃいるけれど、こっちには【自転車】もあるんだし、それに【彼女】も乗っけてるんだから。

 !

 いきなり、【彼女】に後ろからギュッと抱きつかれたもんだから、ボクはドキッ。でも、その感触をいつまでも喜んでいるわけにはいかない。ボクを腰にまわされている【彼女】の腕をポンポンとやさしく叩いてやった。

 心配するなって。

 誰か、ボクの腕もそんな風に叩いて安心させてくれたらいいんだけどな。

 【自転車】は泥を跳ね上げると、ボクに操られるまま森の中を突っ切る。別に意図して逃げ道をこっちに選んだわけじゃないけれど、いい作戦だと思わない? 大木にまぎれて、少しは連中の目もごまかせるだろう。地面から露出している太い根っこに【車輪】をとられないように【ハンドル】を操り、木々の間をすりぬける。その星独特の硬い木の枝がバチバチを音をたてて顔にふりそそいでくる。

 うげぇっ!

 どこがいい作戦だぁ?

 それでも、できるだけ枝をよけてみせ、ボクはチラッと後方を振り向いてみた。【自転車】の後ろに乗っけてる【彼女】のことも気になったし、もちろん鼻息の荒い追手のことはもっと気になってるし。

 みると、図体のデカイ連中は、枝をバキボキ折りまくって苦労しているところだった。

 へへん、たいしたもんだろ。

 やっぱり、こいつは、なかなかいい作戦だったと、ボクはニ~ンマリ。【彼女】にウィンクしてみせ、前を振り返った。

 ふと、嫌な予感がする。

 一瞬、身体が宙に浮いたのだ。

 確かに。

 ボクは、ゆっくりと視線を下方へ移した。

 予感的中。

 そこに、そう、底に、地面はなくなっていた。

 あらら。

 と思いきや、次の瞬間には、そのなくなっていたはずの地面に叩きつけられる。

 ウゲッ!

 岩の上からの決死のダイビング。

 ボクの【自転車】歴に新しい経歴が加わったわけだ。こんな無茶、【自転車】にしてみればいい迷惑だろうが、その【自転車】から放り出されたボクだってたまったもんじゃない。

 一瞬、【彼女】と目が合う。【自転車】の【後部補助席】に座っていた【彼女】は、もっと、たまんなかったに違いない。【彼女】はなにか言いたそうだったけれど、結局なにも言わず、眉を片方ピクンとあげてみせただけ。

 ああ! だから、【彼女】のこと、好きなんだ!

 こんなときキーキー文句を言いたてる女なんてサイテーだぜ。こっちだって、わかっちゃいるんだから。

 前方不注意。以後、気をつけますとも。

 でも、【彼女】の目に、この大障害レースを楽しんでいる色が浮かんでいるのも確かだ。

 と、尻もちをついたままの地面から、追手の重い足音が響いてきた。座り込んでる場合じゃない。ボクは素早く【自転車】を起こすと、その【動力部】を始動させた。エンジンが生き返る。今の落下運動でも壊れなかったところをみると、この【メーカー】の技術も捨てたもんじゃない。【彼女】が【後部補助席】に素早く飛び乗る。

 【自転車】は辺りに泥を撒き散らしながら発進すると、ぐんぐんとスピードを増し始めた。ボクは後方で追手が、さっきボクたちが落っこちたばかりの巨岩から落下する音を耳にしながら、そのまま突き進んだ。

 この先になにがあるのなんか知りもしない。ただの勘。でも、この勘をバカにしちゃいけない。なんたって今まで十七年間ボクを生きながらえさせてくれている勘なんだから。

 【自転車】の【計器パネル】にチラッと目を落とす。そろそろエネルギーが充填するはず…。よし、広い所へ出なきゃ。追手の目をごまかすにはいい作戦だけど、森の中からじゃ【飛ぶ】ことができない。

 そう思った瞬間、【自転車】は最後の大木に別れを告げ、草原に出ていた。うまいことに晴れ渡った上空には【警備艇】の姿もない。

 いいぞっ!

 ボクは再び【計器パネル】に目を走らせた。【エネルギー充填】OK!

よしっ!

 が、まだ速度が足りないとでも言うのか【飛行可能ランプ】は点灯していない。

おいおい、しっかりしてくれよ!

 ところが、まずいことは重なるもので、追手も森を抜けでたようす。そのバカでかい歩幅を考えれば当然のことではあるが。その連中の足音が異星の怒声とともに近づいてくる。楽観説を支持するボクとしては、そんな音きこえないふりしていたかったけれど、【彼女】の息をのむ気配が背中を通して感じられ、意識しないではいられない。

 それなのに【飛ぶ】ために【最高速度】を要求してくるなんて、なんてわがままな【自転車】なんだ!

 連中の武器である原始的な光線が、耳もとをビュン!と追い越していく。

 頼むよ、【自転車】さま! これからはオイルもけちらないし、メンテナンスにも時間かけるからさ!

 どうやら【自転車】は、かなり取引なれしているとみた。まるで、ボクの思考に返答するかのように【飛行可能ランプ】が点灯したのだ。

 !

 ボクは一気にギアを【宇宙艇】にいれると、後方から湧きあがった怒鳴り声に負けじと叫んだ。

 「【飛ぶ】ぞーーーっ!」

 最後まで叫び終わらないうちに【自転車】はグン!と加速したかと思うと、地上を離れ、空を抜け、一気に宇宙へと踊り出ていた。当然、追手の姿はアッと言う間に見えなくなる。

 へっへーん!

 追手の連中が【宇宙艇ギア】のついた乗り物を持っているとは思えない。こっちのほうが役者が一枚上だったというわけだ。

 ボクはなにか気のきいた一言でも発しようと、【彼女】のほうを振り向き(今度は、ちゃんと前方安全を確認してから)、ギョッとした。

 蒼い月の影から【宇宙艇】が現れたのだ。それも【自転車】もどきの【宇宙艇】ではなく、正真正銘の【警備宇宙艇】で、しかも、その数をきたら…。

 「なんてこと…」ボクの視線を追って振り向いた彼女の顔から血の気が失せた。

 「そういうことか」

 ボクは【ニヤリ】と笑った。



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