贖罪と救済の退魔師

千瀬ハナタ

第1話

 桜舞う学舎。その教室にて、自己紹介を求められた私は立った。


「藍沢ヒトミ。将来の夢は、とある妖を殺すこと。以上」


 シン……と教室中が静まり返る。やがて、私が着席する段階になってようやくまばらな拍手が起きた。学生たちは戸惑い、近くの者と顔を見合わせている。


 ありきたりな挨拶で周囲との関係を円滑に保つ必要はないと思った。私の人生は、その妖を倒してようやく始まるのだから。


 続けて、私の後ろに座する男子が立つ。周囲の戸惑いの表情とは対照的に、彼は薄い笑みを貼り付けていた。


「一ノ瀬チアキ。将来の夢は……」


 彼の瞳がチラリと私を見た。


「とある妖を救うこと、かな」


 気に入らない。


 最初に思ったのがそれだ。人の本気の言葉に乗っかって、それらしい自己紹介にした。


「一ノ瀬って、五大名家の?」


「そうじゃね? 家紋、赤椿だったぜ」


 囁きが聞こえる。なるほど、どこかで聞いた苗字だと思ったが、東方将軍家の一ノ瀬か。


 ひそひそ話に答えるように彼は続ける。


「僕は分家の出だから、気にしないでもらえると嬉しいかな」


 とは言いつつも、醸し出される品の良さといい、余裕の笑みといい、ますます気に入らない。




 ここは、明月めいげつ国一と名高い白桜堂はくおうどう学院である。霊術はもはや生活に欠かせないものだ。あらゆる仕事を自動化したり、遠方と連絡を取ったりとその用途は多岐に渡る。


 その霊術を学ぶ最高機関が白桜堂学院なのである。


 そして、この教室は退魔師を目指す学生の教室だ。


 退魔師を目指す学生は正義感に溢れ、周囲との交流を重視する者が多いと聞く。


 にしたって。


「あんた、物好きね」


 私は、ようやく一ノ瀬に返事をする。


「そうでもないと思うけどね」


「物好きよ。私、ずっと無視していたのに」


 後ろから話しかけて来るので、うるさいと無言の圧を出しつつ無視していたのだが、今度は前方に回ってくるという、稀に見るしつこさだった。


「あはは、僕の勝ちってわけだ」


 何から何まで気に食わないな、この人。


「で、何。何か用?」


「まあね。この学院、二人一組を組むのは知ってるよね」


「まあ、有名ね」


 一年次の前期は二人一組、後期は四人一組、二年次からはさらに多く、と集団戦術を学んでいくのが一般的だ。私は二年次からは個人戦術を選択するつもりなので、一年次の間の辛抱だ。


「要は、一緒にどうだって話」


「いいわよ」


「意外だね。断られるかと思ったな」


「別に誰と組んでも変わらないわ。私ひとりで済む」


「あー、なるほどね」


 笑いまじりに一ノ瀬は反応する。


「藍沢さん、君、協調性皆無だね」


「必要ないわ。どうせ夢を叶えるときはひとりだろうし」


「夢ねえ」


 薄い笑みを浮かべたままの一ノ瀬。この手の人間は、腹の底で何を考えているか分からない。


「じゃあ、組むとして、僕はどの程度使えそう?」


「どの程度?」


 改めて一ノ瀬を見た。


 霊力は少ないか。ほとんど非術師と変わらないように見える。


 体格が良いわけでもない。小柄で細身の肉体からは武術ができそうな様子は見てとれない。


 なら、札使いか? そう思い、私の机の上に置かれている右手を見る。いや、札を作るときにできる書きダコがある様子もない。仮に札使いだとしても、明らかに訓練量が少ない。


 結論、ほぼ使えない。


 しかし、なんだ? あらゆる要素が彼が程度の低い術師だと告げているのに、妙な違和感がある。


「どうだい。使えそうかな?」


「……分からない」


 彼はひょいと眉をあげた。


「きっぱり使えないって言うかと思ったよ。ますます興味が湧いたね」


 何を隠そう、こちらもだ。でも、それを言うのは癪。


「どう、手合わせでもしたくなった?」


 見透かされているのはもっと癪だ。しかし、ここは興味が勝つ。


「……したくなったわね。できれば近いうちに」


「いいね。じゃあ、訓練場を予約しておくよ」


 これが、私、藍沢ヒトミと一ノ瀬チアキの出会いである。




 一ノ瀬チアキという男は、その家柄もあり級友(もちろん私に友人はいないが)の中ですぐに人気者になった。


 その上、成績優秀者でもあるようだ。たびたび女子が彼の机に集まっては教えを乞うている。それは男子からの反感を集めたが、三日も経つ頃にはそれも下火になっていた。


 羨むのが恥ずかしくなるほど、彼は“天才”だった。


 術式回路には寸分の狂いなく、さらには葵式、九字式の二つの方式をいとも簡単に使いこなす。どうやら海外の術式の知識もあるらしく、見たことのない文字列が混ざっていたりする。教師ですら彼に着いていけない。


 彼は、回路師の組に入るべきだったのではなかろうか? 退魔師には勿体無い人材だ。


 そう言うと、彼はあっけらかんと答える。


「そういうのはもうやり尽くしたんだよ」


「やり尽くした? まだ齢十六の若造が何言ってんのよ」


「四十二年くらいはやったね」


「なんでそんな微妙な年数なのよ」


 言いつつも、実際玄人じみた術式を組む彼に頬が引き攣る。


 明日に迫る手合わせに怯えているわけではない。断じてない。


 というのも、実戦で大切なのは知識だけではないからだ。やはり、速さが求められる。ちんたら唱術する時間はないのだ。


 そこに男子の集団が寄ってくる。


「噂で聞いたんだけど、明日一ノ瀬と藍沢が手合わせするってマジの話?」


 誰から聞いたんだそれは。


「あー、本当だよ」


「マジかッ……俺ら、見に行っていい?」


「僕はいいけど……」


 一ノ瀬がチラと私を見る。


「いいんじゃない。好きにすれば」


「おお!」


 彼らは興奮した様子で散っていく。


「明日、一ノ瀬が〜……」


 おい言いふらして良いとは言ってない。


「藍沢さんももう少し愛想良くしたらいいのにね。せっかく美人なんだし」


「お世辞は結構よ、お坊ちゃん」


「はは、そんなに軽そうに見える?」


 軽薄な感じには見えないが、本気で思っているかどうかとは別だろう。

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