VS おとぎ話

うたかた

第1話

バーチャル格闘ゲーム【VSおとぎ話】。


日本の会社が作ったこのゲームは、今や世界中で人気だ。E—SPORTSとして全国高校大会が毎年行われているほど。


参加者がVR内で発現できる力は、幼少期に読んだ本でインパクトのあった場面が由来となる。頭にかぶるゴーグル等が脳に働きかけて固有能力になるのだ。それを武器に、三対三で戦う。

頭部を攻撃されると負けとなり、手足にダメージ判定があると、その部分は一分間動かせない。たがが一分だが、対戦時間三十分のなかではじれったい程、ながく感じる。

また戦闘地は、参加者の能力のもとになった本からランダムで選ばれる。例えば俺の能力が選ばれたら、ゲーム内には鬼ヶ島の風景が広がるだろう。


そう──俺の運命をにぎる一冊は『桃太郎』なのだ。


なぜ運命という大げさな言葉を持ちだすのか。

実のところ、俺は小野と姫川という同級生と【VSおとぎ話】県大会に出場した。そこで、お供で足止めしたところを、刀でとどめを刺す『桃太郎』が大活躍。あっという間に、うちの男子高校が決勝戦に。

明日、千葉県代表の菫女子高校に勝てば優勝となる。日本一だ。この『桃太郎』で運命が決まるといっても過言じゃない。


夕方のファミレスで姫川が、ドリンクバーのコップを掲げた。

「それじゃあ明日の試合をお互い頑張ろう。良いゲームにしましょう」

 テーブルを囲む六名がコップを触れ合わす。プラスチック音が鈍く響く。俺は不思議な気持ちで、姫川をみる。小柄だが大きな瞳と無邪気な笑顔。柑橘類の香水がただよう。

決勝会場が都内ホテルであるため、地方高校である俺たちはそこに前泊する。そして、姫川が同じく泊まっていた対戦相手を食事に誘ったのだ。イケメンは物おじしないから恐れいる。

「じゃあ僕から皆に紹介するね。菫女子高校の灰塚さん達。三つ子なんだって。長女の愛さん。次女の舞さん、三女の美依さん。端正なお顔が似ているでしょ」

 姫川が手のひらを彼女達に向けて、テーブルの右から順に名前をいう。

 すっと通った鼻筋にシャープな顎、女優のような小顔。確かに顔立ちは似ているが、服の好みはそれぞれ異なっていた。

 ショートカットの三女はボーイッシュ。

 髪が顎下にかかる程度のボブの次女は、薄桃色のブラウスを着ている。

 そして、黒い長髪を胸のあたりまで垂らす長女の愛は真新しい白シャツを着こなし、タイトな黒ズボンがすらりとした脚に似合っていた。

 俺も席から立ちあがり、皆を紹介する。

「こっちはチームリーダーの俺、岡山優斗。あと小野要と姫川貴志だ」

 

 次女の舞が店員を呼ぶ。シーザーサラダに山盛りポテトフライ、ピザなど。皆で取り分けられるものを流れるように注文した。

その後は自然と、互いの共通点である【VSおとぎ話】の話になった。これから対戦する相手なので、自分らの能力はあかさずに戦闘の思い出を語りあう。


 こちらが苦戦した相手として『浦島太郎』の話をすると、三姉妹は『眠り姫』の話をした。城を舞台にした戦闘だそう。彼女らはあっさりと一人目は倒して、残り二名を食堂ホールに追いつめた。

 残った二人は『眠り姫』と『マッチ売りの少女』だった。『眠り姫』は部屋奥の洋風ベッドで眠りこけている。

 すると、マッチ売りが『眠り姫』にキスをしたのだ。

 童話のとおり、彼女は目を覚ました。

「あの時は大変だったよ。おっとりした子が食堂を所狭しと、縦横無尽に暴れまわって。捕まえるのが大変だったもの」

 三女の美依が身振り手振りをまじえながら、戦況を説明する。当時を思い出したのか青い顔だ。

「普段大人しい子が怒り出すと本当に怖かったわね。キャーキャー叫んじゃった。でも魔女の呪いで百年寝るねぼすけが、すぐ起きちゃうのは今も腑に落ちないなあ」

 次女の舞が頬を膨らませる。

 


俺は小野と目くばせした。

ひょんな所で戦いのヒントを得たものだ。実は戦闘において姫川は──まるで役に立っていない。『桃太郎』の俺が敵に切り込み、『ケルト妖精譚』から能力をえた小野の妖精が遠方から攻撃して、敵を倒してきた。姫川はなんと、登場から寝つづけている。本の名を教えてくれないが『眠り姫』だったのか。キスをすれば起きて戦力となるとは。


「……あぁ、そう言えば、灰塚さんたちは岡山と小野のどっちが好きなタイプ? 僕は皆のアイドルだから恋愛対象にはなれないんだけど、この二人は恋人いないから狙い目だよ」

 眠り姫の話を変えようとしたのか、姫川が唐突に合コンめいた方向に話の舵をきった。

「私は岡山君かな」

 次女の舞がそう言うと、突然テーブルを叩く音がした。山盛りポテトをばくばく食べる小野の手が止まる。皆が音のもとを見た。長女の愛だ。

「そんなことより、本題に入りましょう。互いのチームのうち一人の能力を言いあうの」

 静まり返ったテーブルをとりなすように、舞が補足説明をする。両手を前に合わせながら。

「ごめんね。うちの女子高って姉に憧れる子が多いから、全身に期待を背負っているの。負けるわけにはいかないんだって。だから全員とは言わないけど、一人だけ能力名を教えてくれない? こちらも手の内を明かすから」

 何かの策略だろうか。

だが、それぞれのチームが一人の能力を打ち明けても同条件だ。相手の有利につながるとは思えない。

「試合前に能力名をばらすのはルール違反じゃない?」

 姫川が疑問を呈すると、愛が口早に答えた。

「大会のルールブックを読んだけど‶第三者には明らかにしない〟という文章だから、当事者間で合意のうえなら問題ないわ」

「そうなんだ……リーダー、どうする?」

 姫川と俺は顔を見合わせる。

「悪いわね、姉さんは不安なだけなの。これで安心するだろうから。勝負に関することじゃなければ可愛い人なんだよ」

「舞、余計な事を言わない!」

 愛はうつむきながら、次女のブラウスを引っ張って注意した。その姿は少し微笑ましい。


 俺達は空いているテーブルに移動して、話し合う。

「よし。あいつらに誰の情報を漏らすかだな」

 小野が会話の口火を切った。俺もすかさず先手を打つ。

「桃太郎は主戦力だ。対戦相手に教えるなんて言語道断だ」

「なんだと、俺の妖精だって活躍しているだろうが。遠隔攻撃の能力は秘密にしたほうがいい。姫川の能力を生贄にしよう。寝ているだけなんだから」

 小野が姫川の顔を見る。姫川は人差し指を立て、唇の前につけた。

「ごめん。恥ずかしいから、灰塚さん達には言わないで」

「でも姫川。悪いけれど、その方がチーム全体としては助かるんだ。姫川の能力って『眠り姫』だよな?」

 俺は説得にかかった。だが姫川は質問に答えず、「嫌だ嫌だ。絶対に駄目」と幾度も首を振る。温和な姫川がここまで意地を張るとは。

「相手は眠る敵ともう戦い済みなんだから、構わないだろう?」

 小野が援護射撃をするが、姫川は頑なだった。

 そこからは俺と小野の醜い言い争い。今までの戦闘で『桃太郎』がいかに重要だったか、『ケルト妖精譚』が何度、窮地を救ったか。平行線をたどって一向に結論は出ない。俺が小野の胸ぐらをつかみそうになった時、奴は「うるせえな。もう分かったよ」と俺の手を払った。店内に小野の大声が響く。

「灰塚さんたちよ! コイツ、岡山優斗の能力が『桃太郎』だ。剣道有段者でもあるから油断するなよ。つええぞー」

 俺のことを指さして、三姉妹に本の名をリークする。俺は怒りを通り越して、めまいを覚えた。

「分かったー。こっちは愛姉ちゃんが『シンデレラ』だよ」

 離れた席から、舞の朗らかな返事が聞こえた。


俺達は元の席に戻って、再び六人で向かいあう。不機嫌になった俺は終始無言だった。テーブル内では姫川の美容講座が始まり、舞と美依が興味深げに聞いている。長女の愛は両手を組んだまま会話には加わらない。

 だが聞き耳を立てているのだろう、時々わずかに首肯していた。



翌朝、俺達はホテルの試合会場であんぐりと口を開けていた。

 収容人数は千人を優に超えるだろう。設置されたプロジェクターは、巨大スクリーンに鮮やかな映像を映す。どこのコンサート会場なのか。

 真新しいスーツに身を包んだうちの教員が、背筋を伸ばしている。相手チームの女教師と固く握手をかわす。緊張感のあった顔つきが、一気にだらしない笑顔となった。伸ばしていた背筋がふにゃりと歪み、そのかわり鼻の下が伸びた。普段、男子高校生としか接していないから感無量なのだろうけど、なんだかなあ。

「よくやった、お前ら。思い残すことはない。おとぎ話部を指導してきて良かった」

「先生、俺達はこれから戦うんですよ」

と俺は口を尖らせる。

 観客席の半分を、灰塚三姉妹の描かれた団扇をあおぐ女子高生らが埋めている。残り半分はうちの学生に用意されているのだが、三割埋まっているかいないかだ。「愛様―、頑張って」という黄色い声援がけたたましい。

 対して我々チームへ、美しいとは言いがたい低音の応援が地を這う。

 舞台上の六名にVRゴーグル等の機器が渡され、各々がゲームスタートの号令と同時に装着した。


 俺の視界にシャンデリアのぶら下がった、天井の高い洋室が浮かんできた。すぐに部屋のなかを見回す。小野も姫川もいない。片っ端から他の部屋を開けて、仲間を探そう。合流してから三姉妹の誰かと戦えればよい。

 廊下をでると先に階段があり、この建物が複数階建てだと分かった。

恐らくここはシンデレラ城だ。

 隣室の扉を開けるが、キングサイズのベッドがあるのみ。姫川がそこで寝ていることもなかった。次の部屋に足早に移動する。



扉を開けて、シンデレラ城の六部屋め。中にはいると、俺の右脛に激痛が走った。膝を抱えて床を転げる。

「ああ岡山か。悪い」

 隅にある化粧台の裏から、小野がひょこっと顔をだす。奴のレプラコーンに脛を強打されたのだ。小型のハンマーを持つ妖精は何が嬉しいのか、ダンスを踊っている。

「誰か確認してから攻撃しろよ」

 と俺はうめく。痛みを耐えて脛をさすりながら、椅子に腰をかけた。

 小野に今後の作戦を提案する。

「姫川を探して他の部屋を確認しながら、一階に降りていこう。一階だったら広間や食堂ホールとか広い部屋があるんじゃないか。そこなら思うさま、戦えるだろう」

「さすがリーダー。レプラコーンの動ける範囲も広くなるし、桃太郎も剣を存分に振るえるってわけだ」

 急ごう、と俺はドアノブに手をかける。部屋から出ようとしたところ、小野が肩を後ろからつかんだ。

「一つだけ決めておかないといけない。姫川を見つけたら、どちらがアイツに口づけをするか」

 小野はこぶしを強く握って、突きだしてきた。

「これから戦うっていうのに、殴り合いするつもりか?」

「何を言ってるんだ、公平にじゃんけんだろ」

 呆れ顔で小野は手を上にあげる。俺もそれに合わせてこぶしを上げた。

 俺はパーで、小野はグー。よっしゃ、勝った!

「よし、小野。熱いキスを頼んだぞ」

「嘘だろ……。普通じゃんけんは、三回勝負じゃないか?」

「いや。お前にしては珍しく男らしくないな」

 奴の舌打ちを、俺は聞き流す。

「妖精にキスさせたとしても、感触はあるんだよなあ」

 小野はぶつぶつ不平を漏らす。

 次から次へと部屋を確認するが姫川はいない。一階への大理石の階段を降りながら、小野が声をかけてきた。

「なあ『シンデレラ』ってどんな能力だと思う? ガラスの靴、シンデレラを助ける魔法使い、意地悪な継母達……。あまり攻撃の要素はない。だから残り二つの本がキーだよな」

「そうだな。姫川からの情報だと、灰塚家は相当な資産家らしい。だから『ギリシャ神話』などの格式高い系統か。地獄の犬ケルベロスが噛んできたり、ミノタウロスが戦斧を振るったら、こちらはあっという間に全滅だ。童話『長靴をはいた猫』とか可愛らしい能力だとありがたいんだが」

「うーん、何がでてくるかな。まあ、俺か岡山が姫川を見つけ次第キスをして起こす。あとは総力戦か」

 

城の一階にある礼拝堂の扉前に、俺と小野はしゃがんでいる。

 このチャペルに姫川がいた。

 扉の隙間から小さく縮んだ妖精に入ってもらったら、部屋に姫川を発見したのだ。

「中央奥に講演台があって、その前で姫川は寝ている……最悪だ。三姉妹が全員いるぞ。講演台に立っているのが長女で、両脇を次女と三女で固めている。姫川を人質に、待ち構えている形だな。レプラコーン、姫川の近くに寄ってみてくれ」

 しばらくすると、小野が顔を手で覆って天をあおいだ。

「岡山、アイツは戦える状態じゃない。布団につつまれて縄でしばられている。すやすや寝ているわ……」

「レプラコーンでこのまま、姉妹に攻撃できないのか?」

「宙を浮いているから、ばれないだろうけど今は数センチの小人だ。頭部を攻撃しても、ダメージ判定にならないだろう」

「分かった。もう、レプラコーンを戻してくれて構わない」

 妖精が帰ってくる間に、小野に部屋の構造を聞く。

 姉妹と姫川のいる礼拝堂の奥まで、三十メートル程度。中央に広めの通路があり、その左右に背付きの長椅子が、十列ずらりと並ぶ。部屋の両脇にも狭いが、通り道がある。

「部屋に侵入したら、まず最後列の椅子の背に隠れよう。俺は右、お前は左。両端の通路をばれないように進む。三列目にたどり着いたら、能力を発現して敵に突進だ」

 レプラコーンが戻ってきた。

 収縮自在の身体を、屈んでいる俺達と同じ大きさにする。妖精は絶望的な状況だと言うように、眉目をよせて左右に首をふった。

扉を少し開けて、俺と小野は室内に滑りこむ。長椅子の裏に全身をおさめる。長女の愛は正面入り口を黙ってにらみ、次女の舞と三女、美依は話に興じていた。

「残り時間が十分を切ったけど、まだ来ないね」

「レディーを待たせたら駄目よね。そう言えば美依。最近、勝手に私のヘアオイル使ってるでしょ。あなたのくせ毛だと、使っても意味無いんだって。勿体ないから、やめてよ」

 中腰にかがんで移動している俺達は、三列目の椅子裏まで来た。

互いに目くばせして、中央通路に躍りでる。まず意気込む長女を負かせば、あとの二人の戦意はそがれるだろう。

 俺達は愛に向かって前進した。彼女は驚きで目を見開く。

 だが、美依が俺達と長女のあいだに割りこんだ。小さな唇から『ガラスの靴』という言葉が発せられる。俺と小野の運動靴が、透明なハイヒールシューズに変化した。犬と猿にもぴったりサイズのガラスの靴があてがわられる。

 とんでもなく歩きづらい。

 だが、これは想定の範囲内だ。俺達は千鳥足になりながらも、キジと『レプラコーン』で愛を、上空から狙う。

そこに次女の舞が両手のひらをキジとレプラコーンに向け、『午前0時』と叫んだ。

 ‶魔法の解ける午前0時か〟

 俺は自分の耳を疑った。途端、キジと妖精は消えた。猿と犬もいなくなり、あまつさえ俺の刀まで無い。ガラスの靴も同時に消えさったが、足がもつれる。そこに追い打ちが来た。

 愛が『かぼちゃの馬車』と唱えたのだ。

驚くほどの勢いで、デカいかぼちゃの馬車が俺と小野をはねた。頭部は問題なかったものの、両手両足にダメージ判定がでて、身体を自由にできない。ゲームルールで一分間は動けない。

 騙された。特化型だ!

 長女の愛だけが『シンデレラ』ではなくて、三人全員が『シンデレラ』だったんだ。食事会でのあの質問は、うちのチーム能力を一つ知りたいというだけではなかった。本来の狙いは、俺達に《シンデレラが一人だけ》で、他の能力の持ち主もいると思わせたかったのだ。

 見事な誘導だ。

確かにこっちはシンデレラと他の能力の組み合わせを熟考して、全員がシンデレラだとは思いもしなかった。三つ子であれば、親が寝かしつけに読む本が一緒ということは十分あり得るというのに。

 

特化型とは好きな話が同じ者が集まって、作るチームの事だ。

 往々にして同じ場面に心動かされていて、能力が被るために強さを発揮できないケースが多い。

だがこのシンデレラ特化型はどうだ。三段攻撃のコンビネーションが見事だった。

「舞、彼らに止めをさして」

 愛の命令で、次女の舞が俺達に近づく。「お疲れ様ぁ」と声をかけ、俺と小野の頭部をぽんと叩く。

 参った、ゲームオーバーだ。悔しさで頭に血が昇るのを感じる。もう打つ手はないか? かすかに動く首を、姫川の寝る布団の方に向けた。舞は愛達のもとに戻っていく。

「美依は姫川君の頭を叩いて」

「こき使うなあ」

 美依はぼやきながら、布団を覗く。すまきにされている姫川の頬をなぞった。

「綺麗だな。仮想現実でも消しちゃうのが惜しいくらい」

「早くやっちゃいなさい。それで完全勝利なんだから」

 もたもたする美依を愛が押しのけて、姫川を始末しようとした。だがそこには布団が広がり、傍らに千切れた縄が転がっていた。さっきまでいた姫川がいない。

「ごめんね。女の子に手をあげるなんて、心底したくないんだけど」

 いつの間にか舞の背後に立った姫川が、彼女の頭頂部を軽く打った。えっ、と舞が状況を把握する間もなく、姫川は続いて美依の頭部も押す。残された愛は頭を隠すように両手で覆い、周囲を見渡す。どこにも姫川は見当たらない。

「分かった。キスもなしで眼をさましているってことは、あなた『眠り姫』じゃない。三年――」

「そう。僕は『三年寝太郎』なんだ」

 腰をかがめながら高速移動した姫川が、長身の愛に飛びつく。彼女の手を優しくどかせて、頭頂部を叩いた。

「日本の昔話じゃ、華麗な僕のイメージが崩れるよね」

 俺と小野は目を白黒させながら、その光景を目にしていた。もう体の半分以上が消えかかって口もなかったから、湧き出る疑問を姫川に訊くこともできない。

「そこまで。勝者は岡山チーム」

 菫女子高校の女教師が宣言した。


「嘘だろぉ。なんで勝てたんだー」

 現実世界に戻った小野が、体育館にこだまする大声をあげた。観客の女生徒達も、自分の高校の象徴が敗戦したことに衝撃を受けたらしい。奇声をあげてパニック状態だ。「まさか愛様が負けるなんて」「卑怯な手を使われたんだ」と嗚咽がもれ、阿鼻叫喚の様相をていしていた。

 当の灰塚三姉妹も悲痛に満ちた面持ちで、へたりこんでいる。三女の美依などは膝を抱え込んで、顔を隠していた。肩が小刻みに震えている。

 長女の愛は眉を寄せて、ショックに耐えているようだ。だが切れ長の瞳は滲んでいる。

 しおらしくしているとやはり綺麗な人だな、と俺は思った。しかし、愛は思い出したように、俺を睨んで糾弾しはじめた。

「だましたな。百年寝る眠り姫じゃなくて、村人のピンチで起きる三年寝太郎じゃないか」

 それはだました姫川に言って欲しいのだが、なんで俺に恨みをぶつけるのか。前言撤回。そんなに可愛くない。

 うろたえる俺は救いを求めるように姫川の方に体を向けた。

「ごめーん。僕の煌びやかなイメージが和風じゃないから誤解するよね。恥ずかしいから誰にも言えなくて」

 姫川は両手を合わせて、灰塚愛に謝罪する。悪気はないだろうが、相手の神経を逆なでしていないか? 姉妹全員が下唇を噛んでいるけど。

「本当に酷いぞ。こっちも、お前は『眠り姫』だと思っていたじゃないか。俺は親父の仕事の都合でアイルランド育ちだから、妖精童話のとりこになったけど。お前は何で三年寝太郎なんだよ?」

 小野が横から口をだす。

「いやー小学生の時に、母親の肌荒れが気になっていてね。三年寝太郎を読んだら、長時間眠れるのが羨ましくって。絶対に美肌だよ、寝太郎は」

「……何を言っているんだ、姫川。さっぱり理解できない」

 小野が首を捻った。


観戦していたうちの男子生徒が、思いだしたかのように「うおおー」と野太い勝利の雄たけびをあげた。腹の底に響く歓喜の声。


 それを耳にした俺は、ようやく日本一になった実感が湧いてきた。


 この後世界大会に招待され、ベルギー戦で三姉妹が応援しに来てくれる。アイディアをもらい、見事な逆転劇を演じるのだが、それはまた別の話。

とりあえず、めでたしめでたし。

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