『狂人村』

月兎アリス@天戦記参加中💪

第一夜

 えんしょう陽向ひゅうが牡丹ぼたん常葉ときわ想葉そうようが、『狂人村』に集った。

 この中に、騎士きしが一人、うらない師が一人、人狼が一人、狂人が三人いる。


「って言われたら、誰も信じれないんだけどー」


 縁が間延びした声を上げる。


 簡単に彼らの役職を説明しよう。

 狂人は字の通り、狂った人間である。人狼陣営。

 人狼は、全員の命を好きにできる。人狼陣営。

 騎士は味方を守り、狂人を演じる。市民陣営。

 占い師は人狼を演じ、人狼をかたる。市民陣営。


 プレイヤーは昼のうちに、怪しいのは誰かを話し合う。

 そして、投票の時間になったら、誰を処刑するか投票する。そして、得票数が多かったプレイヤーは処刑──殺される。


 最終的に、人狼陣営が市民陣営を滅ぼすか、人狼が他プレイヤーを全滅させれば人狼陣営の勝ち。逆に市民陣営が人狼を処刑するか、人狼陣営を全滅できれば市民陣営の勝ち。


 それが、今回の『狂人村』のルールである。


 🐺 🐺 🐺


 六人は『狂人村』の一角にある洋館に入った。その中の一室に全員が入る。だが、誰も信用できない恐ろしさからか、誰も口を開かない。


 日が真南より西に傾いた頃。


「で、誰が怪しいの?」


 と、縁が言う。皆が顔を上げた。全員、他プレイヤーを疑うような目つきだ。

 仕方ない。ここは『狂人村』なのだから。


「まず言っておく。あたしは……人狼陣営だよ」


 そう告げた常葉の顔を、陽向はわらうように見ていた。実は最初から彼は、誰のことも睨んでいない。


「今夜は誰を殺そうかな」


 常葉が呟く言葉は物騒だった。彼女を疑いの目で見るのは想葉のみである。

 陽向が、血も涙もないことを言う。


「馬鹿。生殺与奪権せいさつよだつけんは俺にあるよ」


 縁がビクッと肩を竦める。恐れ、おののくような、か細い息の声。

 照がたたみかける。


「縁。お前……人狼に殺されるのが怖いの?」

「え? え? 違う! ただ、陽向の言ってることが、怖くて……」

「俺に殺されるのが怖いんじゃないの?」


 縁は言葉を失い、俯く。西向きの窓から、橙色のまばゆい光が差してくる。

 どこからともなく、機械音声がした。


《投票の時間になりました。プレイヤーの皆様は、処刑する人を決めて下さい》


 無感情であり、抑揚のおかしな声。耳障りではあったが、皆堪える。そして、手許にあった紙に、各々、怪しいと思った人の名を書く。


 縁は考える。


(僕を殺したところで、意味なんかない。一人だけ視線が違ったのは……)


 照は考える。


(人狼に殺されるのが怖いやつなんか、市民陣営しか有り得ない)


 陽向は考える。


(最初は関係ない。最後に敵を殺せられれば)


 牡丹は考える。


(怪しくないか? 俺が注意を引く間もなかったし)


 常葉は考える。


(分かんないけど、みんなが怪しいって言うなら……)


 想葉は考える。


(味方? いや、なら何で最初から怖がらないんだろう)


 皆が書き終える。すでに太陽は山に隠れていた。電灯の点き出した室内に響く、無感情な機械音声。


《皆様の回答を見て行きます。縁様から順に、想葉、縁、縁、縁、縁、縁》


 縁が天を仰ぐ。そして、顔を覆った。


《本日処刑されるのは、五票を獲得した、縁様です。処刑方法は、首吊り》


 自身の首に触れる縁の顔は、とうに青ざめていた。入口に近かったプレイヤーから、順に部屋を出る。陽向は最後に、面白そうに嗤うと、縁に手錠を投げつけた。


 🐺 🐺 🐺


 処刑台の横のスピーカーから、不気味な音声が流れる。


《ガ……ガガガ……夜ガ来ル……処刑ノトキガ来ル……》


 四人のプレイヤーが、処刑台の前で俯く。一人、黒い笑顔で処刑台を見上げる男が、中央に。


 縁は、背中に手を回された状態で、手錠をかけられていた。黒子のような人物にしっかりとロックされると、手繰り寄せられたロープの輪に頭を入れられた。


《なお、即死できなかった場合は、真下にある剣山けんざんに突き落とします》


 それを聞いた常葉が顔を覆う。縁は、どっと冷や汗をかいた。


《それでは、今からロープを動かします》


 シュルシュルと黒子がロープを引いた途端、縁の体が持ち上がった。

 虚しい叫び声が響く。


「やめて! 殺さないで!! お願いだから……!!」


 常葉は泣きそうになる。同情の涙ではない。あまりに残酷すぎる、グロテスクすぎるのだ。

 実際、この状況で平気な人は、照と陽向、それから黒子しかいなかった。


「僕は違う!! 違うんだ!!」


 そのとき、黒子が手を離した。正確には、両手でロープを握っていて、その状態から、片手のみを離したのだが。

 すると、


《即死が不可と判断されたため、頂上からロープを切断します》


 上にあった刃物が動き、ロープを切れ味よく切る。


「僕を殺しても何にもならっ──繧a縺ヲ蜉ゥ縺代※!!!」


 言葉にならぬ絶叫の直後。血が飛び跳ねる音、鋭利なものが肉を切り裂く音。

 縁の体は剣山に、深く突き刺さった。


《縁、死亡。残り五人。なお、縁様の役職は、狂人でした》


 五人しかいないのに、どよめきが起きる。

 その中で、一人、冷静に考える照と、北叟笑ほくそえむ陽向。


(味方を失ったが……自分ともう一人が怪しまれなければ、何とかなるだろう)

(俺に怯える狂人なんか要らない。勝てればいい)


 辺りは徐々に生臭い血のにおいに満たされていく。黒子はそそくさと縁の遺体を剣山から抜くと、担架に乗せて、どこかに行った。



 プレイヤーたちは洋館に戻る。

 東の空は、青紫色だった。

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