23話 種売り場でエルフが興奮しまくる
トッシュ、シル、レインの3人は日本エリアにやってきた。
トッシュとシルは昨日買った自転車に乗ってきた。レインはトッシュの後ろに二人乗りしたから、テンションマックスだ。
だが、日本エリアに入ったので、レインがお店の位置を検索するためにスマホを取りだす。
「あれ? 知らない番号から着信ありました」
「ん。俺もなんか知らない番号から着信あった」
それは、スライムに溶かされてる日人からの電話の不在着信だった。
「SMSってやつも来てる。夜中に何度も連絡着ているけど、仕事関係? 誰だよ。俺、日本語読めないっての」
そのSMSはだいたい「さっきの場所に戻ってきてくれ」「もう一度雇用してやってもいい。早く来い」「助けてくれ」「お前は25日まで社員だ。課長命令だ。従え来い」「さっきはすまんかった」「許してくれ」「スライムに不覚を取った。助けてくれ」「本当に苦しいんだ。今までのことを許すから来てくれ」みたいな内容だ。
本当につらいらしく、たまに謝っている。
たぶん、だれにも電話がつながらないから、彼の位置を知っているトッシュに頼るしかなかったのだろう。
「ギルマスかバカ息子のどっちかから送られてきているっぽいな……」
トッシュは一応目を通したけど、ほとんど意味を理解できなかった。
金星という文字だけはなんとなくわかったが、それだけだ。
トッシュは日本語を話せるが、読めない。仕事の書類は音声入力している。
なんで日本語が話せるかは分からない。トッシュ的には母国語を話しているつもりなのだが、日本で通じている。
一説によると、無限に存在するといわれる異世界で、偶然日本語と同じ言語が生まれて、お互いの世界で同じ言語を話し続けた結果、それが実は神話クラスの呪文詠唱になっていて、世界がつながった……らしい。
この「同じ言語を話す異世界が存在したから、世界がつながった」という説は、割と有力だ。
「あの。私、読みましょうか?」
「ん。どうでもいいよ。本当に重要なことなら、電話してくるだろうし」
トッシュ的には、放置されたシルが退屈し始めているので、そっちの方が気になる。
「それよりも、買い物だ。行こうぜ」
「はい。あっちにホームセンターがあります」
3人は再び自転車をこぎ、ホームセンターに向かった。
レインはトッシュの後ろに乗り、進行方向を指で指し示すという口実で前のめりになった。
ただ悲しいかな、押し付ける大きさの胸ではないため、魅了することはできない。
割とすぐにホームセンターについた。
「何から見る?」
「もちろん、マットレスと毛布ですよ!」
「あー。確かに。使用人室のはおろか、二階の洋室のも、寝具は質が低かったな。埃まみれだったし」
「基本的に武器以外なら、日本の方が品質は格段に上ですからね。異世界品でも十分事足りるんですが、睡眠の質に直結する寝具だけは、ちょっと無理してでも日本製品を揃えるほうが健康にいいです。シルちゃんに学習机を用意するなら、椅子もいいのにしましょう」
「なるほど」
「新居用の家具やリネン類を一緒に探すなんて、まるで、こ、恋人を通り過ぎて、ふ、ふう、ふ、ふふ……」
レインが顔を真っ赤にしてアピールをするが、トッシュはとっくに、シルに手を引かれて離れた位置に移動していた。
「ねえ、トッシュ、これなあに? 日本エリアには武器は無いって言ってたよね?」
「ん。ああ、ここはファンタジーエリアに近いから武器を扱っている場合もある。でも、これは武器じゃなくて農具。鍬や鎌くらい、ファンタジー世界にもあるだろ?」
「分かんない……」
「まー、農作業をしたことがないと見ないかー。たしかエルフって、ドライアドか何かに畑仕事をアウトソーシングしているんだよな」
トッシュは格好つけて、日本で覚えた『アウトソーシング』という言葉を使ってみた。単にイキっただけだ。
「……畑、造るか。田舎で犬を飼って畑を作りたかったんだよなあ。よし、決めた。畑を作る! シル、こっち来い、種と苗を見るぞ」
「うん」
「ほら。この袋に入っているのが種だ。ここに書いてある野菜ができる」
「凄い! こんなに種類があるんだ!」
「何か育てたいのあるか?」
「お花がいい!」
「花か。あのあたり温暖地域だよな? 2月から3月に植えられるとなると、このあたりか……。この、2という文字か、3という文字が書いてあるのを選ぶんだぞ。ここから、ここまで」
「うん。えっとねえ……。これ!」
トッシュはスマホのカメラで種の袋を撮影し、音声読み上げソフトを使う。
『カーネーション』
「カーネーションだって」
「これも綺麗! ほしい!」
「それは……。かすみ草だって」
「あとは……。……! なっ、なにこれ……!」
シルが種の袋に顔を近づけて凝視する。手を伸ばして袋を手にすると、ぷるぷると小刻みに震えだす。
「どうした、そんなに震えて。そこは野菜の種だぞ。そんなに驚くものがあったのか?」
「なにこれ、なにこれ!」
トッシュはシルが掲げてきた袋の写真を確かめる。
それは現物を何度もみたことあるから、音声読み上げソフトを使わなくても分かった。
「あー。それはキャベツだ」
「これがいい! すごい! 格好いい!」
「えええ。キャベツが恰好いいの? エルフの価値観どうなってんの……」
「こ、ここはユグドラシル? すごい。わくわくが、とまんない!」
「キャベツが、エルフ的にテンション爆上がりポイントなのか」
「すごすぎて、おしっこ漏らしそう!」
「漏らすなよ。本当に漏れそうなときは言えよ」
トッシュは種の袋を受け取る。
シルが次の種を探し始めると、すぐにカッと目を見開き叫びだす。
「わ、わああっ! わあああああっ!」
「おいおい、危ない。転ぶぞ。そんなに仰け反ってどうした。それはいったい何を見つけたテンションだ」
「トッシュ、やばい、これ、やばい」
「エルフが『ヤバい』って言葉を知っている方が俺的には『ヤバい』が。ん? それは、ブロッコリーだぞ」
「ブッコロリー!」
「言えてない。ブロッコリー」
「ブッコリー……。つぶつぶ、ヤバい……。丸いのもヤバい」
「そ、そうか。なんとなくエルフのばかうけポイントが分かったぞ。ほら、シル、これ見ろ。レタスだぞ」
「なにこれなにこれ! キャベチじゃないの? これもほしい!」
「よし買うか!」
祭りのようにはしゃぐロリエルフを見ているうちに、全身ポケット作業服男もテンションが上がってきて、踊るように種の物色を始める。
ふたりが周りの迷惑顧みずテンション爆あげしていると、ようやく妄想から復帰したレインがやってきた。
「ふたりとも、どんだけ大きな畑を作るつもりですか……」
「家の周り、全部畑にするかなあ。土地、余ってるし」
「するー! 畑にするー!」
「冗談だと思いますけど、先輩、本気ならカルチベーターでも買ったらどうです?」
「カマンベールチーズ?」
「シルちゃんと似たような反応しないでくださいよ。知らないんですか? 日本語だと耕運機です。園芸用品がここだから、直ぐ近くの売り場にあると思いますよ」
レインが歩きだすから、トッシュとシルも視線をあわせ頷きあってから、後を追う。
レインはすぐに目的の物を見つけて立ち止まった。
「あった。これです」
「あー。耕運機って、手押し式の小さいやつあるんだ。車みたいにでかい奴は高いだろうし持てあましそうだけど、これなら……。お。値段も手頃。いいな、これ」
「先輩のお家って、電気、通っていませんよね? 電動ではなくガソリンで動く機種にした方がいいですよ」
「詳しいな」
「一応、日本生まれ日本育ちなので」
「そっか。レインが居ると助かるな。価値観も近いし、現代知識の誤解もないし」
「え、えー。えへへ」
いい雰囲気になりつつあるからレインは嬉しさが漏れてしまい、腰をくねらす。
「俺たちけっこう気が合うよな。もしもっと早く出会っていたら、俺、絶対、お前にこ――」
待って、待って、いったい何を言われるのか、とレインの胸が高鳴る。
気分的に耳の穴が倍くらいに膨らんだレインは、トッシュの言葉の続きをドキドキしながら待つ。
しかし――。
「トッシュ! あっちから、お花の匂いがする! 来て来て!」
「ん。おー。行く行くー」
期待をすかされたレインが発狂して「おぎゃあああっ!」と、幼児化絶叫した。
「レイン、うるさい。いきなり叫ぶな」
「レイン、うるさい……」
トッシュだけでなくシルもドン引きした。
ついでに他の客も「なんだ、あいつうるさいな」という視線を向けてきた。
そして、彼女を見た多くの男性が『可愛い子なのに、なんであんなアホっぽい顔で泣いているんだろう』と思った。
レインは涙を流しながら、シルに詰め寄る。
「シルちゃぁあん?! なんてタイミングで声をかけてくれるのぉ?!」
「え、えええ……」
シル、ドン引き。
さっと踵を返し、シルはトッシュの手を引いて、花や苗の売り場へ向かって駆けだす。
来たときは資材売り場に近い入口から入店したため気づくのが遅れたが、他の入口近くには、エルフが大好きなお花コーナーがあったのだ。もう、シルは、地下アイドルコンサート最前列くらいのノリと勢いだ。
「あっち! いっぱいお花の匂い! 早く! トッシュ! 早く!」
「シル。それが、ホームセンター入り口の守護神、花屋だ」
「花屋! 凄い。外は寒いのに、お花がいっぱい咲いてる! なんで?! なんで?!」
「おー。店員さんに日持ちしそうなのを聞いて、少し買ってくかー」
トッシュとシルは花屋にあった小さな温室に入った。
外で取り残されたレインが叫び続けているが、その声は届かない。
「トッシュ先輩、今の言葉の続きは?! 『お前にこ―』の続きは?! 告白?! 交際?! 恋人になってほしい?! 婚約を申し込む?! 子供を産んでもらいたい?! 言ってくださいよおおっ!」
「あ、あの、お客様……」
「あ、はい。すみません」
店員がやってきたので、レインは、すん……とテンションを落とした。
こんな感じでレインはギルド時代からトッシュへの好意が丸出しだったのだが、いつも間が悪くて、想いは伝わらないのであった。
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