20話 楽しい新居祝い
ダンジョン出口のわきにあるショップでレッドドラゴンを換金したら、そこそこのお金になった。
ネイとシルと合流したトッシュは、普段「安い食品のステータスを上げている」が、この日はちょっと贅沢に、お高いカフェオレを飲んだ。
元のステータスが高いから、編集後の上限値も高いため、カフェオレはめちゃくちゃおいしかった。
それから、帰って送別会兼転居祝いの準備をした。レッドラ金で、普段絶対買わないような高い酒を買った。
お祝いには、ギルド『ブラックシティ』の戦闘支援課を中心にして、同じチームに所属したことのある者が15人ほど集まった。
一階パーティーホールにはテーブルがふたつ並び、トッシュの居る方にはシルの他に、特に仲の良かった同僚が集まっている。
トッシュの上司、藤堂ネイ・ヴィー。
腰まで届く黒髪や豊満な胸よりも、腰に巻いた一〇本の妖刀の方が悪目立ちする美女。
トッシュの同期、
クマのような大男。新人研修で一緒に地獄を見た(ネイにしごかれた)仲だ。
トッシュに日本の価値観(主にサブカル方面)を教えこんだ。
トッシュの後輩、
トッシュに好意を寄せているがまったく気づいてもらえない不憫少女。
肩まである髪の毛先は、イルカの尻尾みたいにぴょこんと左右に跳ねている。
ギルドは服装自由だが、彼女は真面目なのでいつもスーツを着ている。
トッシュの後輩、リオン・ド・ヴァーミ。
レインのことが好き。レインがトッシュに好意を寄せていることに気付いているため、トッシュのことが嫌い。
隙あらばトッシュを陥れようと思っているが、悪人ではない。
トッシュの後輩、
レインやリオンの同期。無口な常識人。常識人故に苦労が多い。
表情や声音から感情を読むのが得意なので、新人ながら課内の恋愛事情に詳しい。
事務員、
ギルドの事務員の一人。トッシュが首になった日に話しかけてきた人。日本人男性から『事務なのにネモ』と言われ続けたため、ガノタになった。本人もネタにしており、合コンで『事務なのにジオンでネモで~す』と言っている。
パーティーホールは同僚達が持ち寄った飲食物の匂いと、談笑で充満していた。
トッシュが仕事仲間と思い出話をしていると、レインがこそこそっとシルの隣に行き腰を落として、視線の高さを合わせる。
「シルちゃん、こんばんはー。私、トッシュ先輩の後輩、弓美麗音です。レインって呼んでくださいね」
「こんばんは。シルです」
「トッシュ先輩と一緒に暮らしてみて、どうです?」
「どうです?」
「先輩、優しいでしょ?」
「えっと……。うん! 初めて会った日に、ちんちん見せてくれた」
シルは、レンジでチンの略「レンチン」を、間違えて覚えていた。
「え? え? え? ち、ちん……見せてくれた?!」
「すっごい温かかった!」
「触ったの?!」
「それから……。トッシュがシルのこと『綺麗だよ、だから脱いで』って言った」
トッシュは確かに言った。シャワーを浴びせる時に「汚い」と言ったら傷つけるから「綺麗だよ」と言ったのだ。
それに「脱いで」ではなく「シャワー浴びよう」と言ったはずだ。
「え?! え?! あ、あー。あれですよね。ナーロッパ出身者って、微妙に言葉を間違えて解釈するから」
レインの目から見ても、シルは超絶美少女エルフだ。今はロリだから可愛い印象が強めだが、数年後、確実にあらゆる男を振り向かせる絶世の美女になる。
そう確信できる。そんな美形ロリエルフだから、ロリ性癖が少しでもある人なら、悪戯したくなってしまうかもしれない。
レインは頭の中で『私はわりと童顔で幼児体型だから、同年代より幼く見えるし、なんなら今でも中学生くらいに思われるから、定義の上ではロリになれるかもしれない。トッシュさんはロリ好きであってほしかったんだけど、待って。だったら、私よりシルちゃんの方がタイプなの?!』と理論を組み立てた。
それじゃあ、やっぱり、シルちゃんにエッチなことを?!
レインの中で憧れの先輩であるトッシュ像が揺らぐ。
だが、育んだ信頼のおかげか、日頃の行いか、彼女はシルの言葉を真に受けず、トッシュを信じた。
「ほ、他にはどんなことしたのかな?」
「えっとね……」
シルは上機嫌だった。
何故なら、周りがシルの知らない話題で盛り上がっている中、レインが色々と聞いてくれるからだ。
自分を構ってくれるレインを気に入ったシルは、面白い話をしたくてしょうがない。
「トッシュがね、私に『ママになって』って言ったの。甘えん坊で困っちゃうわ」
「ほげぇあ?!」
もちろん、トッシュはシルに『ママになって』なんて言っていない。
未成年ふたりで家を買うと怪しまれるかもしれないから、大人のフリをしようと言っただけだ。
しかし、シルはレインとのお話が楽しいから、話を盛っていく。
「夜なんて、ひとりで寝るのが怖いから、一緒に寝てって、ママに抱きついてきたの。ソファをスキルで広くしてまで一緒に寝たのよ」
「あ、あががが……」
レインはチャームポイントでもある大きな目を限界まで見開き、口から泡をこぼしかねないほどの精神的衝撃を受けていた。
確かに、心当たり、いや、懸念はあったのだ。
レインの目から見て、トッシュは藤堂ネイ・ヴィーを意識しているようだった。
一回り近く年上のネイのことを好きなのでは?
年上好きなのでは?
大きな胸に母性を感じているのでは?
そう疑っていたレインなので、シルの「トッシュが私に『ママになって』って言った」という言葉を信じてしまった。
「昨日の夜なんて、シルがトイレに入っていたら、トッシュが怖くて泣きながら『俺も中に入れてよー』ってドアをどんどん叩いてきたの。トッシュ、すっごく怖がりなんだよ。おもらししたらいけないから、私がしーしー、してあげたのよ」
盛った。シルはレインの反応が楽しくて、またしても話を盛った。
その結果、レインの精神は限界を迎えた。
「おぎゃあアアアアアッ!」
レインは叫び立ち上がり、テーブルをバァァンと叩く。仲間たちが持ち寄ってくれたテイクアウトの料理達が激しく揺れる。
「トッシュ先輩ッ! 幼いシルちゃんに悪戯するなんて最低です! 尋問です! 何をしたのか尋問します!」
レインの大声はパーティーホールに居る全員の視線を、トッシュに向けさせた。
トッシュは、誤解が生まれていることに気付いていない。
「まー、確かに悪戯(ゾンビごっこ)したなあ。楽しかった」
「江藤先輩! 捕獲!」
「おう」
クマのような巨漢、江藤ドルゴがトッシュの両肩をガシッと掴んだ。
体格に見合った怪力なので、ステータス2倍のトッシュでも拘束を解くことは出来ない。
「ロン君! おでんを温めてください」
「……何故」
「いいから、早く!」
「……分かった」
ロンは火炎操作のスキルが使えるため、おでんを温めることは容易い。
しかし、コンビニのプラスチック容器を直接燃やすわけにもいかないので、テーブルの上で、不燃性の容器を探す。
「……ふむ」
日本酒のワンカップがあったので、それを使うことにし、おでんの中でも特に熱くなることに定評のある餅巾着ばかり3つもチョイスした。
加熱は一瞬だ。
ロンが持ったワンカップのガラス瓶の中で、おでんの汁が湯気を発し、ぐつぐつと泡立つ。
「ロン君、ごくろう」
実は微妙に酔っているレインが熱々の餅巾着を箸につかみ、トッシュの口に近づける。
「お、おい、やめろ。レイン。何故俺はこんな拷問を受ける。離せドルゴ。おい!」
「諦めろトッシュ」
「そうです。諦めてくださいトッシュ先輩」
「熱っ。おい、しゃれにならん。熱っ。ンあーッ!」
レインがトッシュの口に熱々の餅巾着を突っこむかに思えた、その寸前!
事態を静観していた、もうひとりの後輩リオンがやってくる。
「トッシュ! 貴様! レインの箸でおでんを食べて間接キスをしようとするなんて、この私が許さん!」
リオンが横から割りこみ、代わりに餅巾着を食べようと顔を突きだす。
「あっ」
レインの箸から餅巾着が飛び、リオンの顔にビタンと張りつく。
「熱ぅぅぅぅっ!」
リオンが飛び跳ね、肘がトッシュの鳩尾にめりこむ。
「ぐふうっ……」
防御力2倍のトッシュでも急所への攻撃は大ダメージだった。
思わず口を開いてしまったところに、レインが餅巾着をズボッと投入。
「あばばばっばばばばっ」
顔を真っ赤にしたトッシュは声にならない悲鳴を上げ、地団駄を踏む。
ネイや事務のネモはそんな様子を見て愉快そうに笑う。
笑い声がいっぱいでうれしくなってきたシルも元気に声を出して笑う。
こうして楽しくて騒々しい送別会は夜遅くまで続くのであった。
その間、まだ完全に溶ける前だった日人はスマホから会社のパソコンにリモートデスクトップ接続して社員名簿からギルメンの携帯番号を調べて、プライドを捨てて電話をかけまくっていた。
だが、みんなパーティーが楽しくて、スマホをチェックしなかった。
父親の金星は高速道路を運転しているため、応答しない。
日人はゆっくり溶けていく下半身を見ながら、「恐怖で意識を失い、痛みで意識を取り戻す」ことを何度も繰り返した。
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