6話 トッシュ解雇後のギルドでは
トッシュの策略にはまったシルがコンビニトイレのウォシュレットで半泣きの可愛い悲鳴をあげている頃、ギルド『ブラックシティ』では、トッシュの元上司金星日人が11時に重役出勤していた。
「トッシュが作製した報告書はこれか。へったくそだな。書いたの小学生かよ。四級スキルのあいつが毎日定時上がり出来ていた程度の案件なら、二級の俺様なら楽勝だろうな。過去の作業者名も俺様に書き換えておくか……」
日人はあろうことか、報告書を書き換えて、退職前のトッシュの成果を横取りしていた。
「あの野郎、数だけはこなしているな。どうやら随分と運良く楽な仕事ばかり担当していたようだな。……変更終了。これで俺様は、部下の管理をしつつ、自ら現場で作業に当たっていたことになる。パパ、いや、ギルドマスターからの覚えもいいだろう。次期ギルマスとして今のうちから実績を積んでおかないとな。くっくっくっ」
日人は昔から課長という立場を利用し、気に入らない部下の業績を掠めとっていた。
そのため、普段は常にオフィスに居てゲームをしているだけなのだが、職務経歴書は現場でバリバリに戦闘をこなしていることになっている。
「んー。トッシュめ、有給休暇が丸ごと残っているな。取得していたことにするか。この日と、この日、この日も休んでいたことにしてやる!」
こうして日人の企みにより、トッシュの有給休暇は消滅した。
「くっくっくっ。これであの生意気な全身ポケットゴボウかじり野郎は、今月の給料なしだ!」
日人の嫌がらせにより、トッシュは今月、成果もなし、出社(出張)もなしになっったため、給料は0円になってしまった。
業績の掠め取りと嫌がらせを終えた日人はオフィス内をぶらつき、社員のデスクまわりをジロジロ眺める。
オフィス内には30人分の座席があり、その職務の性質上、在席している者は少ない。
ダンジョン探索支援業務が多く、ほとんどのギルメンが現場へ出向いており、数名の事務員が残っているだけだ。
日人は無人のデスク上をチェックする。
「ほう。美味しそうなチョコレートだ」
日人はちらりと事務員の方を確認し、こっちを見られていないことを確認する。
「ひとつ貰っておくか。うん。美味い。もう一個貰おう」
日人は課員の机からチョコレートを取り勝手に口の中に入れた。
「いくつもいけそうだが、たくさん食べるとバレるからな。リオンめ、乙女ゲーの貴族の転生者だかなんだか知らんが、新人のくせに高いチョコレートを食べやがって、生意気な」
さらに、デスク上をじろじろ見ながらオフィス内をぶらつく。
「む。こいつ、高いたばこを吸っているな。一本、貰っておくか。くっくっくっ。トッシュが盗ったことにするか」
常習犯である。
日人はいつも、部下の机から小物を盗んでいる。
「俺のパパが給料を払っているんだから、その給料で買ったものはほぼ俺のものだからな。くっくっくっ」
日人は事務員の方をチラッと見てから、自分の席に戻った。
オフィス内は禁煙だが、先程盗んだたばこに、早速火をつける。
煙をくゆらせていると、オフィスのドアが開いた。
入ってきたのは、ネイ・ヴィー。24歳。
腰まで届く黒髪よりも、腰に十本も佩いた日本刀の方が目立つ快女。もう、武器というより、下半身用の鞘プロテクターだ。
鞘ばかり気にして、彼女が和服を着ていることに気づかない人も多い。彼女は異世界出身の異世界人だが、日本文化に触れて、和装を好むようになった。
トッシュが入社した当時の、直属の上司だ。
ネイはピンッと背筋を伸ばし大きな胸を張り、顎をやや引き、一本芯の通った姿勢で、カッカッと踵を鳴らして奥へ入ってくる。
不思議と、刀の鞘がぶつかりあう音はしない。
ネイは日人のデスクまで来ると軽く会釈した。
「お疲れ様です。日人課長」
「おう。ネイ君。ご苦労様」
日人は鼻の下を伸ばしながら、ネイの大きな胸を凝視する。自分の方が偉いしギルドマスターという後ろ盾があるから、セクハラ色濃厚な気持ち悪い視線を隠そうともしない。
ネイは日人の視線がどこに向いているか気づいているが、無視する。不愉快ではあるが、揉めても意味がない。
彼女は戦闘支援課の元課長だ。
日人がコネ入社した際に課長の地位を奪ったため、ネイは課長補佐に降格している。
なお、日人は、そのことについては、なんら引け目を感じていない。
自分の方が有能だと思いこんでいるためだ。有能な人間が上の立場につくのは当然なのだ。
さらに日人は、自分よりスキル評価が高い女を部下に出来たことにより、自尊心をこじらせている。もう、『俺様は世の中の規格では計れないほど優秀だ』と思いこんでいる。
「何か用かな。ネイ課長補佐」
和服の厚い生地から乳首が透けるはずもないのだが、日人の卑猥な視線は、ネイの胸をねっとりとなめ回す。
「トッシュ・アレイが現場に来ていないと報告がありました」
「あー。あいつは勤務態度に問題があったため、昨日時点で解雇された」
「解雇?」と、このときばかりは冷静で物静かなネイも少し声を荒らげてしまった。
「トッシュの勤務態度に問題が? 彼はナーロッパ出身のため、日本人の価値観からは多少ずれたところがありますが、不真面目なわけではありません。任務……特に仲間に対して誠実です。たとえ短期間の案件でも彼は依頼者を仲間として大事に扱います。勤務態度に問題があったとは思えません」
ネイにとってトッシュは目をかけていた後輩だ。
人となりを知っているから、日人の言葉を信じなかった。
性格の悪い日人は、少しでも自分の株を上げてトッシュの株を下げるために、苦悩するような表情を見せる。
「私も部下を信じたいんだけどな。どうも客からの評価が良くなかったようだ。ここ暫く成果を上げていなかったようだしな」
「……トッシュが成果を上げていない? 考えにくいですね」
「何を不思議がる? 元部下を信じたい気持ちも分かるが、所詮やつのスキル評価は四級。辞めても我がギルドになんの影響もない。トッシュの業務は私が引き継ぐ。なんの問題もないだろう」
「それは……」
ネイはトッシュを高く評価していたので、言い返したいことは山ほどあった。
だが、それを日人に言っても意味はないと分かっていたし、そもそも日人のことをあまり好きではないので、会話を続ける気もなかった。
「何を気にしているのかは知らないが、ネイ課長補佐は私よりも評価が低いとはいえ、我がギルド唯一の一級スキル持ちとしての自覚を持ち、頑張ってくれ給え」
「……承知致しました。トッシュの引き継ぎですが、もし問題があるようでしたら早めにお知らせください」
「問題など起きないさ。所詮四級がやっていた仕事だからな。私が引き継いだのだ。戦闘課の課長である、私がな。さて、さっそく現場に行って、軽く前倒しで片付けてくるよ。なにせ私は名ばかりの管理職ではなく、現場の業務もこなすエリートだからな」
日人は立ち上がり、席を離れる。
立ち去る背中を見送ると、ネイは眉を顰め、表情を曇らせる。
「日人課長にトッシュの代わりが務まるのか? あいつのスキルが四級なのは、ただの手違いで低く評価されているだけだぞ……」
ネイは壁に掲げられたギルドメンバーリストに視線を向ける。
リストは級ごとに分けられていて、彼女だけが一級にリストアップされている。
リストは一級、二級、三級、四級で分けられており、解雇翌日なのにトッシュの名前はもうどこにもない。
部屋の隅で作業をしていた事務員が立ち上がり、日人が戻ってこないかドアの方を警戒しつつ、ネイの横にやってきた。
彼女もネイと同じ物に視線を向ける。
「あーあ。トッシュさんを解雇するなて、上の人達、何も分かってないですね。本来なら、一級の上に特級の枠を追加すべきなんですよね……」
「ああ。あいつなら、私たちの世界の評価基準でA級になるのは間違いない。いや、世界に数人しかいないとされるS級に認定されても不思議はない」
ギルドメンバーに良き理解者は多い。
しかし、無能な上層部だけがトッシュを正しく評価していなかった。
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