迷路から住宅街へ――そして外へ

@mia

第1話

――昔、この町の土地は軍の所有地だったってカズキも知っているだろう。

 住んでいたのは軍の関係者やその家族だけだったんだ。出入りの制限されている地域だった。私たちの通う中学校のある場所に軍の研究所があったこととか、町役場は軍の本部があった場所とか知られているよな。でも研究所で何が研究されていたかは詳しくはわかっていない。

 今知られている戦争の戦略を研究してたっていうのは、研究所じゃなくて別の場所だよ。研究所でしてたのは強い兵士を作る研究、キメラの研究を戦争が起こるずっと前からやってたんだ。

 人間に別の動物の特徴を持たせるんだ。犬の鼻の良さは敵を探すのに、亀の甲羅の硬さは自分の身を守るのに役に立つ。そんな風に色々なキメラの研究が行われ、成功したんだ。たまたま成功したのか、天才がいたのか、悪魔と契約したのかはわからないけどね。

 キメラの実験が始まった。その兵士たちの実験場が五丁目の迷路と言われていた場所なんだ。

 五丁目は家が建っているが迷路のように入り組んだ作りになっていた。そこでキメラたちの能力を確認していたんだ。キメラの能力を確認して、そのとき一番優れていたのが蛇のキメラだったんだ。迷路に潜んで人を殺した。

 第一研究班は蛇のキメラの研究の中心だったが、他の班では研究に恐れを抱いて中止するように言い出した研究員も出てきた。でもその人たちは他の地区の軍の施設へ異動となって研究所からいなくなった。

 反対する人がいなくなって、研究は進められた。 

 

 人間を丸呑みして跡形もなく消す。その能力者を増やすために繁殖の研究が始められたんだ。数人の蛇のキメラから十人の子どもが作られた。

 でも生まれたばかりでは能力がわからない。ある程度、成長させる必要があった。    

 成長させてわかったのは十人の子どものうち、能力を受け継いでいたのは一人だけだった。そしてその子は五丁目の迷路で優秀さが確認されたんだ。他の普通の子どもがどうなったかは不明だ。

 そしてその優秀な子が繁殖可能になると研究者たちはすぐ子どもを作った。その一部に他の能力を付けた。強くなった兵士が死なないように。まあ死なないのは生き物として無理だから、ケガが早く治るとか長生きするとかだ。

 その代の子ども達が成長し繁殖を始める頃に戦争が始まったが、キメラが戦争に投入される前にこの辺りで大規模な火災が起きた。徹底的に焼き尽くされたんだ。もしかしたら、研究のことが敵に漏れていたのかもしれない。

 その跡地にできたのが今のこの町だ。

 当時の人たちは軍人も何も知らない家族もほとんどの人が亡くなった。生き残った 全てのキメラは機密保持のため軍人たちによって全員処分された。

 処分されたはずだったんだが、蛇のキメラたちが生き残った、軍人を返り討ちにして。

 そして自分たちで繁殖を始めた。生まれてきたのは一人だったがとても強い能力を持った子どもだった。

 蛇のキメラたちは新しくできたこの町を住処にして、なじんでいった。そして繁殖して今も暮らしている。


 ☆  ☆  ☆


 僕は話をしているアキラに声をかける。


「今日は宿題をやろうって言ってきたんだから、ちゃんとやろうぜ。もう少しで終わるんだし」


 話の続きは気になるが、明日僕は順番からいくと指名され回答しなければならない。こっちの方が重要だ。

 アキラは頷いて、また宿題に取りかかった。

 宿題が終わりお菓子を食べ始めるとまたアキラは話を始めた。


「今もキメラはそこで人間を食らって暮らしている」

「何言ってんだよ、アキラ。この町で殺人なんて聞いたことないぞ。人が死んでいるなら大騒ぎになってるだろ」

「誰にも気づかれない。丸のみなんだから証拠は残っていない」

「でも、行方不明者も聞いたことないぞ。たまに防災無線で、お年寄りがいなくなったって流れているけど、その後に見つかりましたって放送もされているから行方不明者はいないはずだろう」

「いなくなっても誰も気にしない人たちがいる」

「は? そんな人いないだろう」

「昔の迷路の五丁目は今の町でいうと三丁目だ。迷路の町から普通の町になった三丁目さ」

「さ、三丁目」


 三丁目と聞いて僕は息を飲む。

 三丁目はこの町の触れてはいけない場所だから。

 いつからなのかはわからないが三丁目はとても治安が悪い地区と言われている。親や学校からは「三丁目には絶対に近寄らないように」と注意されている。だから僕は三丁目に近寄ったことはないが、ネットで三丁目のことは知ってる。

 すれ違っただけで「目が合った」とか「ぶつかった」とか言い出して殴り合いのケンカが始まるらしい。

 ネットに上げるために三丁目に引っ越してきた人もケガをして予定より早く元の家に戻ったそうだ。

 治安が悪いから引っ越してくるのはそういうのを気にしない人だけど、そういう人たちの中には借金などのトラブルで夜逃げする人もいる。そんな夜逃げした人を探す人はいない。


「夜逃げした人達って本当は食われているってこと?」

「今まで夜逃げした人、全員かはわからないが確実に食われている人がいる。蛇のキメラは現代に適応しているからバレていない」

「何でアキラはそんなに詳しく知っているのさ」

「……私の曽祖父が研究員だったんだ」

「なんでちゃんと証言しないの。戦略の研究をしているって嘘だったんだろ。そんな危ない兵士の研究してたってちゃんと言わないと」


 大火事で資料は焼けてしまい生き残ったわずかな人の証言で、中学校が研究所の場所だったとかがわかった。今知られているのはそれほど重要なことではない内容ばかりだ。一番大事なことが秘密にされていたなんて!

 話を信じたわけじゃないけど、アキラの真剣な表情につられて僕も真面目に返してしまう。


「自分の経験を他人に話して今後に役立ててほしいと願う人もいれば、口にしたくない忘れたいと願う人もいるんだ。それに話を聞いた人に非難されるだろうし、危害を加えられるかもしれない。強制はできない」

「それはそうだけど……」

「今までは一人しか生まれなかった蛇のキメラの繁殖に変化があった。一人の母親から五人の蛇のキメラが生まれたんだ。あいつらは今までの世代より蛇の能力が強い。今まではまだ人間としての思考が強かったが、あいつらはそうじゃない。人間の姿をしているが今まで以上の怪物だ。今の私たちは彼らの行動を予測できない。今までは丸呑みで済んだがこれからはどうなるかわからない。五人には今、親が食事を与えているがあと数年で自分たちで食事を始める。自分たちで狩りを始めるんだ。あいつらが全員狩りを始めたら、五丁目だけでは足りなくなる。だから逃げた方がいい。狩りを始める前に遠くへ」


 部屋の空気が重く、息が苦しいような気がした。

 雰囲気を変えようと『アキラ、それって小説でも書くの』と言いたかったが、言えない。真剣なアキラを見ると。

 でもさ、引っ越しなんて僕がどうこうできることじゃない。


 アキラとはあの日以降キメラの話はしていない。どうして僕に話したのかもわからない。聞いてみたいが今更聞きづらい。

 高校は別々になり会わなくなった。 


 三丁目以外で初めて行方不明者が出たのは、あれから一年も経っていなかった。

 もう狩りが始まったのか?

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