第17話:地下遺跡

 まだ思うように動けないので大の字になって寝ていたが、目だけの動きで周りを確認してみることにした。


 見上げると遠くにちいさく空が見えており、先ほどすこし明るくなったのでおそらく朝が来たのだろう。だが、暗くてよく見えない。

 かなりの高さを落下したようだ。よく死ななかったな……。


 地上までは距離があり、この遺構の穴の最深部までは十分な光が届いていない。

 それでも目を凝らせば、うっすらとだがかすかに見えるのは救いか。



 穴に落ちてからしばらく安静にしていたお陰で、ようやくクルトの実によって無理に治した後遺症の痛みも治まり、麻痺もすこしマシになってきた。

 まだ痺れは残っているが、まったく動かせない程ではなくなった。


「そろそろ起き上がって身体の状態を確認するか」


 自分の身体の状態を把握しておくことは非常に重要だ。

 外傷がないか、骨は折れていないか、関節や筋肉の動きは大丈夫か。


 ひとつずつ丁寧に確認していく。


 服はぼろぼろだが、目立った外傷や打撲は見当たらない。

 すくなくとも骨にひびが入るような衝撃を何度も味わったのだが、軽く確認した限りでは大丈夫そうだ。

 関節の動きもおかしくない。

 アシッドブレスによる爛れや炎症も、落ちる途中に負った怪我も、嘘のように治っていた。


 この一ヶ月で上がったステータスや母さんに鍛えに鍛えられたおかげもあるのだろうが、クルトの実がなければ確実に大怪我を負っていた。

 いや、死んでいてもおかしくなかったはずだ。


「村に帰ったらちゃんとお礼しないとな。しかし、この超筋肉痛すーぱーきんにくつうがキツイ……」


 何度も無理やりクルトの実で回復した後遺症だろう。

 多少はマシになったのだが、酷い筋肉痛を更に一〇倍ぐらいに増したような痛みが全身を襲ってくるので、歩くのもままならない。


「それでも生きてる……ははは、ぐぁっ、わ、笑うと腹痛いぃ……」


 笑ったせいでまた腹に激痛が走った……。

 学習能力のない自分に若干呆れながらも、思考を真面目モードに切り替える。


 アシッドワイバーンからはなんとか逃げ切れた。

 だが、まだ満身創痍な上、武器はナイフしかなく、今いるのは現在地すら把握できていない遺跡の地下深く。

 ここが朽ちた遺跡なのは間違いないだろうが、難易度の高い巨大な地下遺跡なので救助を待つのは現実的ではない。


 ただ、少なくともこの辺りはダンジョン化していないというのが救いだった。

 ダンジョン化していれば、地上に通じるような縦穴は塞がれるはずだからだ。


「かといって魔物がいない保証はないからな。油断せずにいこう」


 オレは購入しておいた『光る魔石』を取り出すと、魔力を込めて光を灯す。


 この光る魔石は、魔力を込めるとその魔力が尽きるまで光り続ける。

 使ってるうちに少しずつ劣化はしていくが、繰り返し何度も使える上、その込めた魔力量によって光の強さを調整することも出来る非常に便利な魔道具だ。


 限界まで魔力を込めた光る魔石は、強烈な光で辺りを満たしていく。


「思った以上に広いな……」


 今いる部屋がかなり広い部屋だとは気付いていたが、ここまでだとは思わなかった。

 そして、その照らし出された光景は、古びた遺跡を想像していたオレの予想を大きく裏切った。


「ここはいったい……?」


 視界に現れたのは四方が一〇〇メートルに届きそうな巨大な空間。

 そして何より驚いたのが、その壁面全てに幾何学的な装飾が施されていたことだ。


「ん? あれは何だ?」


 不思議な装飾に好奇心が刺激されて近づいていくと、奥の壁に何か仕掛けのようなものを発見した。


 オレは超筋肉痛すーぱーきんにくつうの痛みに耐えながらもそこまで移動すると、仕掛けの細部を確認していく。


「なにか魔力を感じるな。これは魔法陣なのか?」


 詠唱魔法とは別に、魔法陣を使って発動する魔法がある。

 もともと魔法は、高い魔力制御能力を持つ者のみが使用でき、その都度空中に魔法陣を描いて発動させていた。


 だが、これを特殊な素材であらかじめ物に魔法陣を刻むことで、魔力を流すだけで簡単に発動できるようにしたものが開発され、やがて魔道具として普及していった。


 ダンジョン化していれば仕掛けを起動すると罠が発動する危険性があり、躊躇していたかもしれない。

 だけど、ただの遺跡ならそこまで危険はないだろう。


 そう判断したオレは、その魔法陣に魔力を流し込んでみることにした。


「なっ!?」


 罠が発動したわけではない。

 ただ、咄嗟にすぐに手を離したにもかかわらず、半分近くの魔力をごっそりと持っていかれてしまったのだ。


 オレは普通の人と比べてかなりの魔力量を誇っているので、一瞬でここまで魔力を吸い上げられるとは思わなかった。


 手を放すのがもうすこし遅ければ、すべての魔力を失っていたかもしれない。


 魔力切れを起こせば、今度は精神的に立っていられなくなる。

 ただでさえ肉体的に満身創痍なのに、本当に勘弁してほしい……。


 今のは結構危なかったと冷や汗をかきながら、念のためにとその仕掛けからすこし距離を取ったその時だった。


 ゴゴゴゴゴゴッ……!


 高さ一〇メートルを超える目の前の壁が、地響きをたてて動き出したのだ。


「これって……扉なのか?」


 全体像が見たかったオレは、今いる場所から後ろへと下がってみた。


 ゴゴゴゴゴゴッ……!


「閉まった……」


 またさっきの位置に戻ってみる。


 ゴゴゴゴゴゴッ……!


「じ、自動ドアかよ!? デカすぎるだろ!!」


 信じられない大きさだが、この巨大な壁面は感知式の自動ドアのようだ。


「さっきごっそり吸い取られた魔力は、このバカでかい自動ドアの動力に使われたのか……」


 あせって損した……。


「でも、これで先へは進めそうだな」


 その後、しばらく今いる巨大な部屋を調べてみるが、特に何かあるわけではなかった。


 ここの壁の装飾は一見の価値があるが、この状況で留まる理由もない。

 オレはこの巨大な地下遺跡から脱出するため、生きて街に戻るため、出口を求めて先に進むことにした。

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