お揃いの気持ち

与野高校文芸部

お揃いの気持ち

 死にゆく人間が一命を取り留めるのも、死んではいけない人間が突然死ぬことも、すべては神の気まぐれでできている。人間の運命を捻じ曲げてしまえる神を人は、『死神』と呼んだ。



 50人の運命を変えたら、『死神』ではなくなる……か。神ってものは勝手だな。ま、いいや。俺もあと一人で成仏できるんだ。さっさと終わらせてしまおう……。


『ああ、あと一人だったから、勝手に死神にしといた。そんじゃ、俺はもうこの仕事降りるわ。』


俺が死んだ後、俺を死神に変えた奴がそう言っていた。こんな面倒くさい仕事を勝手に押し付けて、そいつは消えた。俺はあんな風にはならないと決めて、色々な人間の運命を変えてきた。最後に誰の運命を変えるか、悩みどころだな。せっかくの最後の仕事だし、面白いやつを見つけたいが……。そう悩んでいると、とある病院の横を通った。そこの窓から見えたとある少女に謎の既視感があった。最後はあいつにするか…………。

 病室に入ると、中にはさっき見えた少女以外いないみたいだ。だからか、その少女の背中がとても寂しく見えた。


「初めまして、君の名前は?」


背中に声をかけると少女はこちらに振り向く。見た目は、16歳か17歳くらいの高校生のようだ。長袖の病服を着ているが、どこか怪我をしている様子はない。


「あれ、再会するにはまだ早くない?」


再会。つまり、一度会ったことがあるということだ。だが、こんな子には一度もあった覚えがない。


「あ、もしかして覚えてない? でも、無理もないか、17年前の話だもんね」


17年前……。確か初めて死神の仕事をした――――


愛歌あいか!?」

「あ、やっと思いだした。それと、今の名前は『琴葉ことは』だから! そっちで呼んでよね!」


思い出した……。17年前、初めて死神の力を使った相手――愛歌だ。

 もうすぐ死ぬと告げられた人間は、願いを聞かれた時、どうしても生きたいと願う。俺だってそうする。なのに愛歌は、12歳という若さでそれ以外を選んだ。

『来世を生きていたいな。記憶を持って生まれ変わるのはダメ?』

それが当時の彼女の願いだった。やけに頭に残る笑顔だった。17年も経てば忘れるものなんだなとどこか他人行儀で思った。


「誰にも言ってないのか、前世のこと」

「まあね。言ったら人智を超えたものに殺されちゃうって、聞いたからね」


二人の間に沈黙が訪れる。


「……また、死ぬの?」

「そうだな、もうすぐ死ぬ。また、願いを叶えに来たんだ。前と変わらないか?」


うーん、と言いながら顎に手を当てて考える素振りを見せる。彼女の横顔はあの日よりも随分大人びていた。


「特定の音を聞こえなくするっていう願いはどう?」

「また、不思議な願いだな。特定の音って?」

「私、車に轢かれて死んだからさ、車とかバイクの音がトラウマになっちゃったみたいでね。今まで外に全く出てないの。でも、死ぬ前に行きたいところがあるから、外に出れるようにしたいなって」


それもそうだ。12歳という若さで車に轢かれたら、多少なりとも人生を縛られるはずだ。


「あ、そうだ。君も一緒に来てよ。ほら、車の音が聞こえない上に、車イスだと危険でしょ?」

「車イス……?」


近くをよく見ると、車イスが折りたたんで置いてあった。


「あれ、知らないんだ。病気で、あまり運動……っていうか、歩くのもままならないくらい、動けないんだよね。病院の中じゃ誰かが助けてくれるから、車イスは要らないんだけどね」


確かにそう考えると危険かもしれない。


「わかったよ。どうせ暇だしね」

「本当? それなら明日の朝にまたここに来てね」


わかった、とだけ言い残して病室を後にした。



 次の日。病室を覗くと看護師らしき人と楽しそうに話していた。


「あ、今日ね、久しぶりに出かけるの!」

「あら、本当に? 誰と行くの?」

「誰にも言わないでね。……かれし」


少し顔を赤らめながら、まるで知らない単語を教えるように、ゆっくり答えていた。


「あらぁ。若いっていいわねぇ……。そしたら、私はこれで失礼するわね。楽しんでらっしゃい」


それを聞いた看護師の人も楽しそうに答えていた。はーい! という琴葉の元気な声が病室に木霊していた。


「彼氏って?」

「だって、死神と出かける、なんて言えないでしょ?」


確かにそうだけど……まあいいか。


「それで、もう行くの?」

「うん。病院の外で待ってて欲しいな」

「わかったよ」


 暇つぶしに外で周りを見ていた。病院の周りは大きい公園のようなものがあってそこで子供たちが楽しそうに遊んでいる。ワゴン車があるのを見ると、他よりも大きいことを実感する。何のワゴン車なのかと目を細めたところで声がかけられる。


「お待たせ。何か面白いものでもあった?」

「いや、別に。目的地はどこ?」


下から覗き込むようにこっちを見てくる。なんだか不思議とドキドキしている。車イスの後ろ側に回って手をかけ、こっち、と言われた方向に向かって進み出す。


「そういえば、君の名前、まだ聞いてなかったね。なんていうの?」

「わかんないんだよな。死神って、死んだやつが望んでなるんだが、死神になった時、記憶がないやつもいるんだよな」

「それが君?」

「そう。だから、自分の名前は知らないんだよな。まあ今のままでいいよ」


他愛もない会話をしていたら、目的地に着いたようだ。古いとは言いきれないが周りの住宅に比べるとボロい、という印象を受ける家のインターホンを琴葉は鳴らした。しばらくして中から50代くらいの女性が出てきた。


「あら、どちら様かしら」

「こんにちは。高校の友達の琴葉です」


相手の女性は驚いたように目を開いたあと、少しずつ琴葉に近づいていた。


「もしかして、愛歌なの……?」


琴葉は微笑みながら少し下を向く。愛歌の母親らしき女性は涙を流しながら琴葉に抱きつく。


「17年前あなたが言った事の意味がやっとわかったわ……! おかえり、愛歌」

「ただいま。お母さん」


しばらく抱き合う状態が続いていてしばらくしたら離れて要件を聞いていた。


「今日は物を取りに来たの」

「わかったわ。中に入って」


琴葉がこっちを見てきたので入らないという意志を込めて手を振る。そのまま中に入り、かなりの時間が経った頃に琴葉が出てきた。


「また今度、そっちの病院にも顔を出すわね」


そして、独り立ちする我が子を心配する親の如く、質問責めをした後、別れた。いつの間にか道路にまで出てきていた両親が見えなくなったところで俺が質問責めする時が来た。


「あれ、愛歌のお母さん? 前世を直接伝えずに別の方法で伝えると死なないんだね」

「死ぬ前に、私の高校の友達を名乗る人が現れたら、私だと思ってねって言ったからね」


愛歌は12歳で死んだよな? 小学校6年生がこんなこと考えるのか……。


「あ! あのお花、今の時期にしか見られない花なんだよ! あ、あれはね――」


興奮気味に花の名前と花の特徴を答えていく。


「君って、花とか好きだよね。このまま花畑でも行く?」


花畑、という単語を聞いた途端、琴葉の目が輝いた。

行く! という元気のいい返事を聞いて、近場の花畑に向けて車イスを動かした。


 琴葉は車イスから乗り出すように手を伸ばしていた。はしゃいでる姿を見て、可愛いと思ってしまう。この感情を俺は知らない。


「あ、あれサクラソウじゃない?!」

「さくらそう?」

「そうそう! サクラソウって、上から見たら輪っかになるように咲くの。あ、それとか!」


琴葉が指さした花は一つ一つの花が輪っかを作るように咲いていた。


「この花の花言葉はね『初恋』なんだよ。」


恋。この言葉が胸にストンと落ちた。俺は、琴葉に恋をしているのか。だから時々、胸が苦しくなるのか。


「あれはね――。あ、それはね――」


琴葉の言葉を聞き流しながらこの感情に恋というレッテルを貼った。



 病室にいる琴葉を眺めながら恋というものについて考える。俺はこの感情を知っている気がした。琴葉は今、医者らしい白衣を纏った男と楽しそうに話している。琴葉は死んでもいいと言っていたが、恋心を寄せている相手には死んで欲しくないと思うのが自然だろう。俺は、琴葉に何も言わずに、死を回避するように運命をねじ曲げた。


 愛歌があの願いを選んだ理由を今更思い出した。


『まだ、一緒に居たい人がいるからさ。私の1番、大切な人』


そう言った時の彼女の顔は、今話している医者へ向けている顔と同じだ。これが失恋というやつなのだろうか。だが、この感覚も知っている。確か俺が死ぬ前の――――



       *          *           *



「誕生日だって聞いて……。これ、プレゼント……」


俺は人生で恋をしたことが、一度だけある。小学生から続く幼稚な恋を、高校まで引きずっていた。初めて好きになった子に誕生日プレゼントにツバメのキーホルダーを贈った。隠れて同じキーホルダーを買い、一人でお揃いというものに浸っていた。


「ありがとうね、想太そうたくん」


そう言って顔を赤らめる結香ゆうかに勘違いをしてしまいそうになる。

 すぐ終わると思った恋だったが、意外にも中学へ上がってもまだ続いていた。そのまま諦めることも出来ず、高校も結香と同じ所へ行った。



 高校での結香は成績優秀、運動神経抜群、分け隔てなく接する明るい性格、それに加えて美人。校内で噂になるほどに人気だった。そんな結香が俺に恋心を抱くわけがなかった。クラスの女子同士の会話。その1部がドア越しに聞こえてしまった。


『結香、春樹のことが好きらしいよー!』


その言葉を聞いて目の前が真っ暗になった。春樹は、うちの学校で1番顔がいいと言われるほどのモテ男だった。やっぱり、初恋なんて叶うわけが無い。それ以上の会話を聞きたくなくて駆け足で学校を飛び出した。帰り道、俺は人気のない場所で泣いて、泣いて、泣き喚いた。



 俺は癒えない傷を抱えながら翌日学校に来ていた。机の中に今日使う教材を入れようとしたら、1枚の紙が手に当たった。プリント類はきちんとファイルにしまっているはずだから、机に紙があることはおかしいはずだ。その紙を取り出すと、手紙の形をしていた。中身を開くと結香からの手紙だとわかった。告白の雰囲気を漂わせる手紙に俺は心を踊らせて読もうとした。だが、その後すぐに先生が入ってきて朝のホームルームを始めた。そのまま周りを見渡すと、結香の姿がない。カバンもない。その直後に知らされたのは、結香が死んだという事実だった。


 手紙にはいじめを受けていたこと。耐えきれなくなったこと。俺だけにこの事実を伝えることが書かれていた。それから俺は学校に通えなくなった。結香のいない状態で楽しそうに笑うやつらを見ると、殴りかかりそうになってしまう。赤の他人が笑っているだけで、その衝動が抑えられなくなると知ってから、もう社会に馴染むことすら出来ないと悟って結香を追いかけるように、俺も首に縄を通した。



 死ぬ前の記憶。今更思い出してしまった。死神としての仕事は、琴葉で最後の1人だった。琴葉の願いを叶えたから、俺はもう成仏するんだな……。乾いた笑みが零れる。



「バカみたいだな……。俺は、片思いばっかりだ……」

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